九之七
――マホシヒコ……。
彼が教祖であろうか。碧は彼の、白い肌をした少し童顔の、整った顔を凝視した。
手には長槍をにぎり、それを仰々しくなにかシンボルのように、信者たちに見せつけ、床に突き立てている。
穂先は大きく、つけ根で三つ叉に別れていて、両側に突き出た鍵状の刃がずいぶんいかめしい。七尺ほどの柄の先には金であろう分厚い物打ちが取り付けられている。もう少し、碧が眼をこらしてその物打ちを注視していたら、そこに親指大の宝石がはめこまれていることに気づいたであろう。
青い色の魂魄石であった。
「信者たちよ!信心深き無垢なる信者たちよ!」
マホシヒコの、奇妙に赤い唇から叫び声がほとばしる。同時に太鼓がやみ、信者の歓声がきえ、静寂のなか篝火の燃える音だけが広場にこだました。
「今日は我らが真聖神惶教の祝福あふるる日である。我らに天幸のふりそそぐ吉日である」
みな、息をとめ、食い入るようにしてマホシヒコに視線の光をそそいだ。
「ついに、ついに、我らがもとに陽女神子さまが降臨なされた!」
おおとか、ああとか、溜め息とも興奮ともつかない声が信者たちの口からもれでた。
その群衆のどこかから、
「神子さま!」
癇走った叫声があがった。男か女かさえもわからぬ。それはつぎつぎに周囲へ、さらに周囲へと伝播して、またたくまに会場全体が喚声につつまれた。
神子さま!
神子さま!
人々が叫ぶ。その叫びは狂喜の渦となって、場の空気をゆさぶり、気流を起こし、つむじを巻いて、まるで大風が吹き荒れるようだった。
マホシヒコが手を空にのばして一振りすると、会場は水を打ったようにいっせいに静まり返る。
「我らのここに至る道のりは、平坦ではなかった。無知蒙昧なる愚民どもにあざけられ、神への信心を持たぬ俗人に白眼視され、それでも我々は尊崇を捨てはしなかった。天上へ続く架け橋を目指し、歯も砕けんほどに噛みしめて、困難に堪え、苦難にあらがってきた。その我らの苦衷と信仰に、神が慈愛をもって答えてくれたのである。降臨された陽女神子さまこそその証である。さあ皆の者、刮眼してそのまなこに、うるわしきお姿を焼きつけよ。ここにましますは、神の化身たる陽女神子様である!」
海の底のような静けさに沈んでいた人々が、にわかに色めき立った。
マホシヒコの招く手の先の暗闇に、幽鬼のような白い影が湧き出てきた。その影は、篝火の明かりが照らす、まばゆい世界へと漂うように幻出した。
それは少女であった。
四尺半ほどの背丈で、頭を垂髪にして太陽を模した冠をかぶり、大袖の衣のうえから貫頭衣を着けて、裾の長い裳(スカート)を履いている。首には勾玉の首飾りをかけて、その磨かれた翡翠の珠が篝火に輝いた。
碧は眼を見開いてその姿を見、息をのんだ。
「姫様……」
真田左衛門佐の娘、あぐり姫であった。
だが少女の、いつものほがらかな笑顔はまるでない。
眼の焦点はさだまっておらず、なかば眠っているように――まさに夢遊病者のようにゆらりゆらりと舞台へと出てきた。
「陽女神子さま!」
台上に立つ少女に向けて、ふたたび信者たちが連呼を始めた。
「時を経ず」
マホシヒコの大声をうけて、いっせいに口をつぐむ。
「我らが神は、陽女神子さまの身体を依代として顕現される」
会場に感嘆の声がいくつかあがった。また陽女神子さまと叫声もあがったが今度は散発的であった。他の者たちは、じっと耳をすませてマホシヒコの次の言葉を待っている。
「そのためにはさらなる信仰を天に示す必要がある」
そう云って槍を人々に見せつけるようにして、石突きを床にどんと突いた。
「これまで、この天之瓊矛に皆の清らかな心魂を込めてきた。だがたりぬ。神はさらなる無垢なる魂を欲しておられる。さあ、神にその魂を捧げんと望む者やいずこに」
声に答えるようにして、舞台の端にいた巫女の三人が前に進み出た。そうして、
「ここに」
と彼女らは口をそろえて覚悟を示した。それらの声は自然な抑揚だったが、心胆の奥深くからわきあがる決意があらわれているような声調だった。
三人はそそとした足どりでマホシヒコの近くまで歩き、教祖を囲むようにしてひざまずく。
マホシヒコは彼女らにうなずいて、両腕をひろげて天に向かって敬仰すると、祝詞を唱えはじめた。




