九之八
「かけまくもかしこき、伊邪那岐の大神、筑紫の日向の橘の、小門の阿波岐原に、みそぎはらえたまいし時になりませる、はらえどの大神たちに、もろもろの禍事、罪けがれあらんおば、はらえたまい清めたまいともうすことを聞こしめせと、かしこみかしこみもうす」
おきまりの祝詞が終わっても、まだマホシヒコの祈祷は続く。碧の位置からは、よく聞き取れなかったが、内容は、神よ、魂をささげるので天の浮橋をつたって地上に降りてきて、この世の邪悪なるものをすべて払い去ってくれ、というような文言であった。
その長い祈祷が終わると、また奏者たちが太鼓や笛を奏ではじめる。巫女の三人は、音楽にあわせてマホシヒコの周りを歩きながら、手をふり腰をふり、踊り始めた。踊りつづけるうちに、彼女らの着物が一枚一枚脱げ落ちていき、やがて全裸となって、その白い四肢をあますところなく、マホシヒコに、大勢の信者たちに、そしておそらく神たちに、ささげるようにすべてをさらすのだった。彼女たちは、なにかトランス状態にでも入っているのか、若々しい身体を衆目にさらして恥じることなどいっさいせず、一心不乱に踊りを続けるのだった。
もうすでに紫紺の絵の具がにじみわたった冥暗たる空のもと、篝火の光に照らされて、みっつの白い肢体が身体をくねらせて、乳房をゆすり、なまめかしく幻想的に、そして徐々に激しさをましていき、飛び跳ねるように舞台のうえで乱舞する。
やがて、ふたたびマホシヒコを囲んで集まり、まるで全身の体力も気力も使い果たしたように脱力して、倒れるように頭を床にすりつけてかしこまった。
「オノゴロー、オーノーゴーロー」
地をはいずるような声で唱えながらマホシヒコが槍を天にかざすと、ひれ伏す巫女たちの身体から、霊気のような白い靄が湧き出し、その靄が槍の物打ちにつけられた青色の石へと吸い込まれていった。
そのときはじめて碧は槍に宝石がはめ込まれていることに気がついた。
――あれは、魂魄石ではないか。
青色の魂魄石は黒い靄を吸い尽くした。とたん、吸いとったエネルギーを放出するように濃紺の光を放ちはじめる。
その妖しい光彩は、会場の人々の顔を陽光のように照らし、男と女と老人と若人とすべての瞠目する面容を、篝火よりも明るく強く、黄昏の底に浮きあがらせた。彼らはみな驚きで満ちて茫然とし、言葉を失ってまばゆい光を、吸いつけられるようにひたすらに見つめている。内心の興奮のために瞳を揺らしながら。
輝きが頂点を極めた瞬間、まるで風船が破裂するようにはじけ、観衆の頭上に光の花びらを舞い散らせた。
会場は不気味なまでにしんと静まり返っている。何百人もこの空間につどっているのに、呼吸の音すら聞こえない深海のような静けさだった。
その静寂のなか、死んだように倒れ伏していた三人の巫女がふらりと立ちあがった。
彼女たちは、魂が抜けた抜け殻のようになって、ゆらゆらとした足取りで自分たちがもといた舞台の端へと去っていった。周囲の人たちがその身体に着物をかけてやっている。
その三人の女性の姿を目の当たりに、碧ははっとした。
――あの人と同じだ。
服部半蔵が藤林の屋敷に連れてきた、かすみという女を思い出していた。彼女はまるで心を病んで童女にかえったようにみえたが、思い返してみれば、彼女の挙措には魂のようなものが感じられなかった。ひょっとすると、かすみも、いまの三人の巫女と同様に魂を吸いとられたのではないのか、そんな気がした。
「あらたに、みっつの清純無垢なる魂が、神のためにささげられた。神の顕現は近い。待望せよ、待望せよ、皆の衆。十数日ののち、東の空に吉瑞があらわれるであろう。そうして、ひとりひとりの切なる想いが天に届くとき、かならずや、神の尊容を拝することとなるであろう」
どっと会場が沸き立った。
マホシヒコは両腕を大きく広げ、全身に信者の喝采を浴びている。喝采を浴びる己に酔い痴れている。
――邪教め。
碧は心でののしった。人々の純粋な信心を利用し、みずからの野望をかなえんとする邪教主め。これはもう、あぐり姫を助け出すだけで終わりにしてはいけない。潰さなくてはならぬ。このような人心をたぶらかす組織は絶対に潰さなくてはならぬ。




