表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
久遠の輪廻 ―アオイ妖忍伝―  作者: 優木悠
第一章 地獄恋歌

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/99

一之六

 藤林家の本拠地である東湯舟という土地は、伊賀の北部にあって、山をひとつ越せばもう甲賀(こうか)という、云ってみれば伊賀北方の要衝であった。小高い山々を縫うようにしてある狭隘な土地に田畑が広がる、年中のどかな田舎である。

 伊賀と甲賀と云うと、住民たちが常にツノを突き合わせて、その境界あたりでいつ果てるとも知れない死闘を繰り広げていた印象があるかもしれないが、実際はそのようなことはない。

 戦場や潜入先でばったり、などという場合ならばともかく、ライバルだからと云っても、そこは当たらず障らず、住民同士の交流もあれば、物の売り買いもあり、平穏無事にみんな普段の生活を送っていたのであった。

 互いに諜報活動に携わる商売である以上、もちろん任務上の秘密は厳守であるし、男女の恋愛関係も禁忌とされてはいるが、碧たちの世代になると、そのあたりのルールも、どこか時代錯誤の感もしなくはない。

 それでも藤林の屋敷が、周囲に堀を巡らしていたり、高い土塀で囲んでいたりして一種の城砦(じょうさい)のような造りになっているのは、戦国の世の名残りでもあり、治にいて乱を忘れずという忍の特性のようなものであって、けっして、敵の襲撃や侵入者を警戒し続けて、常にぴりぴりと神経を尖らせているわけではなかった。

 ちなみに、当然と云うべきか、いかにも忍者屋敷らしい、どんでんがえしに隠し通路に隠し扉など、からくりや仕掛けが至る所に施されてはいるのだが、忍たちは常からそんな仕掛けを使用しているわけでもなく、平時はごく一般的な、少なくとも傍から見ただけでは、いささか厳めしいだけのありふれた土豪の屋敷でしかなかった。


 (あおい)(らん)(つぐみ)は、又左衛門(またざえもん)の後に続いて、普通に門をくぐって、居館にあがり、奥にある座敷に並んで座った。もう忍装束(しのびしょうぞく)ではなく、普通の田舎娘のような格好である。

 座ると、彼女らを待ちかねていたように、すぐに、当主であり碧の兄である、当代の藤林長門(ふじばやし ながと)が唐紙を開けて入ってきて、落ち着かなげに、座についたのであった。

 碧と長門とは母が違うし、年齢も二十くらいのひらきがあったから、彼女にとっては兄というよりも叔父くらいの感覚の人ではあるが、三十六の若さで、すでに伊賀の三家と呼ばれる内の一家を束ねる頭領としての威厳と風格と器量を備えた、堂々とした人物であった。

 そろって頭をさげる三人に向かって、

「わざわざご苦労」と長門は挨拶するのもわずらわしそうに早口で云った。「伊賀崎と城戸の娘たちもいっしょだったか、ちょうどよかった」

「常ならぬ急なお呼び出し、なにか大事でもございましたか」

 碧がいぶかしそうに、訊いた。

 すると長門は、まだ話していなかったのかとでも云いたげに又左衛門をじろりと見てから、

「花神が帰ってこぬ」

 とずばり云った。

 碧はその名を耳にし、ぞっと青ざめる思いがした。

 花神恭之介(かしん きょうのすけ)は、先ほど嵐と鶫のからかいの対象になった、碧の許婚(いいなずけ)であった。

「さて、どこから話そうか」長門は碧の心中を気づかうように、声の調子を落とした。「先日……、というのは五日ほども前の話だが、鳥羽の九鬼様から、直々にご依頼があった」

 その依頼というのは――。

 九鬼家が藤林家に依頼をするさらに数日前、志摩のとある岬の、岸から一町ばかりの浅瀬に、イスパニア(スペイン)のものと思われるガレオン船が漂着した。

 それだけならば、どうということもない。先年発布された禁教令によってキリスト教の宣教は禁止されているとはいえ、不幸にも難破漂流した南蛮船の乗り組み員を無下に処罰する必要もない。幕府に届け出て、長崎の平戸にでも送ってそこから国へと帰せばいいだけの話であった。

 ところが、鳥羽藩の者が監視を続けても、いっこうに船員は姿をあらわさない。どころか、人が乗っている気配すらしないことに、監視の者たちははたと気づいた。

 ――船員たちは見知らぬ異国の者たちを警戒して降りてこないのか、はたまた最初から無人であったのか。

 そこで数人の藩士を選抜し、探索または交渉のために船に向かわせた。

 だが、だれも帰ってこない。

 翌日、また数人を送る。

 帰らない。

 ――これはおかしい。

 と監視役はやきもきし、そして冷や汗をかく思いで浜から船を凝視していると、ひとりだけ、船べりから小舟に落ちた。それは彼らが乗っていった小舟で、ガレオン船の脇に着けてあって、そこには梯子がかけてあったのに、それを使わず、船の端からころがるように落ちたのだった。

 慌ててその者を助けに行くと、落ちた拍子によるものなのか骨折や怪我を負っていたが、それだけではなく、なにか恐怖に取りつかれたような、云ってみれば精神が崩壊したような異常な様相で悲痛な叫び声をあげ、うめく。その場にいた全員が息を飲んだ。そしてすぐに、彼は絶命した。

 時はあたかも大坂の陣前夜。

 正体不明な南蛮の難破船一隻ごときに、いつまでもかかずらっている場合ではない。

「そんなしだいでこちらに探索の依頼が舞い込んだわけだ」とひとつ長門は苦笑した。「こちらも暇を持て余しているわけでもないのだがな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ