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久遠の輪廻 ―アオイ妖忍伝―  作者: 優木悠
第一章 地獄恋歌

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一之五

「まったく、どこで油を売っているかと思えば」

 嘆くようにつぶやく男の渋い声が三人の耳に聞こえた。

 三人が眼を向けると、川原にはいつの間にか、白髪に口髭を蓄えた老人が立っていた。

 彼女たちは、まったく気配も感じさせず突如としてあらわれた男にいっせいに振り向いたが、だからといって慌てるふうでも、怒るふうでもなく、素裸の胸も恥部も隠そうともしないのだった。

「これは、又左衛門どの」

 碧は岩の上からおりて立つと、その男に頭をさげた。

「お師匠様」と嵐も川中に立ってかしこまるし、鶫もふかぶかとお辞儀をした。

 加瀬又左衛門は、彼女たちの忍術の師であった。

 伊賀の上忍の家系である碧からすれば家来筋にあたる人なのだが、彼に対して敬意をもって接するのは、なにも男に対して謙譲の姿勢をあらわしているわけではない。

 碧の父は常に多忙で、亡くなるまで働きづめで娘をあやす暇もないほどだった。そんな碧にとっては又左衛門は師であるとともに父親がわりでもあった。しぜん、畏敬の念をもって接するし、それは嵐と鶫も同様だった。

 三人とも、物心つくかつかないかのころから親よりも彼とともに過ごす時間のほうが長いくらいであったから、又左衛門は彼女たちの裸などは子供のころから見慣れているし、当然、まさに水がしたたっている美しい肢体をみても、この男の心に兆すものはなにもないようであった。むろん、彼女たちのほうにしてみても、裸体を見られても羞恥心のかけらも湧いてはこないのである。

 又左衛門は、眉間に皺を寄せて三人をただ厳しい眼差しで見つめた。

「任務が終わったらすぐに帰って報告しろと、いつも云っておるに」

「いいじゃないか」とふてくされたように云うのは嵐だった。「汗かいたんだから、水浴びぐらいゆるしてくれよ」

「だまらっしゃいっ!」

 まだ何か言葉を続けようとしていた嵐は、一喝されて首をすくめると、その不満顔のまま黙り込んでしまった。

「まったくお前は口のききかたがなっとらん。何度口をすっぱくして教えれば直るのじゃ。だいたい姫」と又左衛門は碧をそう呼ぶのであった。「あなたがこの者たちの手本とならんでなんとする。あなたには自覚というものがありませんぞ。名門たる自覚が。このさいだから申し上げるが、あなたは伊賀の上忍たる藤林家の息女。品位と品格とを持ち、いついかなるときも毅然とした態度でいなければならぬ。いいかな、この者たちは姫の家来なのですぞ。それをさも朋輩のように、いっしょになって川遊びとは、この又左衛門、あきれて、情けのうて……」

 と老人が、息をふっと吸った隙間を割って、

「あの、又左衛門殿、わざわざここまでご足労とは、なにか急用でもおありなのでは?」

 碧が飛んできた火の粉を払うべく、ひきつった顔をせいいっぱい朗らかに笑わせて、静かに問いかけた。

 常日頃から彼の長説教には辟易している三人であった。このさいだから、などと彼は今さっき云ったが、その、このさい、と付く同様の小言をもう十数年、毎日のように聞かされ続けてきたのだからたまらない。ゆえに彼女たちには、話をそらす呼吸のようなものが、おのずと身についてしまっているわけであった。

「うむ、それよ」

 又左衛門はちょっと顔を曇らせた様子を見せたが、すぐに、その雲気を払うようにすっと背筋をのばした。

 彼は第一線から退いて久しく、もう十年以上も後進の指導役を続けていたが、その筋骨に老衰の気振りは微塵もみえず、六十六歳という年齢を全く感じさせない、かくしゃくとした体躯をしていた。

「三人ともはよう着物を着ろ。頭領がお呼びだ」

「兄上が……。何か新しいご命令でしょうか?」碧が問い返した。

「それについては、他聞をはばかる。お屋敷に帰ってから、直々にお訊きになるがよい」

 云って又左衛門は背を向け歩き去っていく。

 ――これはなにかあったな。

 と三人はしばらく顔を見合わせ、うなずきあって川原へ上がった。

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