第43.5話 友という名の檻を壊して(セルガ視点)
城下町から戻り、少しだけ毒気の抜けた顔で自室へと戻っていくコノエの背中を見送る。
その姿が廊下の角に消えるのを見届けた後、俺は出かける前とは打って変わって、冷え切った殺気を帯びた魔力を解放した。
「……ナツカ、ライゼルとフォロスそれと守備隊の各長も集めろ。今すぐだ」
ナツカが一瞬だけ真剣な目で俺を見たが、何も言わずに闇へ消えた。
あいつも分かっているはずだ。
市場でコノエの心を一時的に救えたかもしれないが、城内に蔓延り始めた『歪んだ視線』は未だ無くなっていない。
だからこそ、今ここで王として叩き潰さなければならない。
◇
執務室に集まったライゼルとフォロス、そして隊長たちは俺が放つ威圧感に、音を立ててその場に膝をついた。
「報告は受けているな。広場での、あの王子の醜態を」
ライゼルが静かに頷く。
「はい。隠蔽魔法が破られた瞬間のやり取り、そしてコノエ様の首に刻まれた隷属の紋章の由来について。広場にいた兵を通じて、城内、ひいては城下の一部にも既に話が広まっております」
「兵たちの様子はどうだ」
「……一言で言えば、憤怒です」
フォロスが低く唸るような声で続けた。
「陛下が慈悲で保護した異邦人が、実は人間領に家畜同然の鎖をかけられ死の森へ捨てられた英雄だった。情の深い我が兵にとって、それは耐え難い侮辱です。コノエ様への深い同情と、人間への激しい敵意が渦巻いています」
同情、俺が危惧していた言葉の一つだ。
「笑わせるな」
俺の声で室内が震える。
「あいつに同情など、一滴たりとも必要ない。弱者が強者を哀れんでどうする」
立ち上がり、俺の前に膝をつく者たちを黄金の瞳で射抜く。
「兵たちに伝えろ。あの首の鎖は、人間たちが抱く恐怖の証だ。あの男を鎖で繋がなければ御せぬほどに恐れていた、臆病者どもの残した痕跡だとな。……そして定義を書き換えろ。コノエは人間領に使い潰された犠牲者ではない。人間に捨てられた至宝を、俺が拾い上げた。そして俺がただ一人、唯一無二の寵愛を注ぐと決めた存在だ」
『寵愛』その言葉の意味を理解し、ライゼルが目を見開く。
「あいつが『王妃の間』を使っているのは、俺がそう望んだからだ。あいつが俺の隣にいるのは、俺が誰よりもあいつを求めたからだ。コノエは、魔王セルガが人間領から奪い取り、この手で再生させた『王の半身』である。そう通達しろ」
「御意!我が主の寵愛の対象を、侮る者は一人として出しませぬ!」
フォロスを筆頭に隊長たちが退室していく。
彼らの足取りは、先ほどまでとは見違えるほど力強かった。哀れみの視線は、王の選んだ至宝への敬意へと塗り替えられていくだろう。
そして会議室には俺とライゼル、ナツカだけが残った。
ライゼルは去り際に何かを言いかけて口を噤み、静かに扉を閉める。
後に残ったのは気まずいほどの沈黙と、壁に寄りかかってニヤニヤとこちらを見ているナツカだった。
「……何だ、その面は」
俺が不機嫌に声をかけると、ナツカは待ってましたと言わんばかりに壁を蹴って歩み寄ってきた。
「いやぁ、魔王様。かっこよかったぜ?『俺の寵愛』だっけ。あんな恥ずかしいこと、大勢の前でよく堂々と言えるよな」
「兵を統率するための言葉だろうが」
「はいはい、そーですね。……でもさ、セルガ」
ナツカが茶化すような笑みを消し、至極真剣な表情で、こちらを真っ直ぐ見る。
「……ようやく、口にしたな」
その一言が、心臓のど真ん中に突き刺さった。
「……何のことだ」
「とぼけんなよ。コノエと再会してからのお前の目、ずっと普通じゃなかったぜ。『友達』を心配する目じゃなくて大事なものを奪われた子供みたいな、すごい執着に満ちた目をしてた。……ま、改めて言葉にしたことで、やっと踏ん切りがついたみたいだけどな」
軽やかな足取りで部屋を出ていくナツカ。
扉が閉まる間際、「がんばれよ、独占欲の塊さん」等と揶揄る声が聞こえた。
静寂が戻る。
一人残された室内で俺は自分の手のひらを見つめた
癪だが、ナツカの言葉は正論だった。
この世界でコノエに再会してからの日々。
変わり果てた姿、刻まれた傷、そして何よりも心を擦り切らせたあいつを見た瞬間にかつての『友人』という枠組みなどとっくに砕け散っていた。
救いたい、守りたいという願い。
だがその裏側にあったのはもっと昏く、重い焦燥だ。
あいつが自分以外の誰かに笑いかけるのを冷めた目で見つめる自分。
シエルの前に立ち、コノエを背後へ引き寄せた瞬間の心臓が跳ねるような高揚感。
「……ああ、そうだ。その通りだ、ナツカ」
再会してからずっと、ただの友という枠を超えていた自覚はある。
だが改めて王として、一人の男として『寵愛』を口にした時、ようやく心が決まった。
俺はあいつをただ保護しているのではない。
俺の国で、俺の城で、俺の隣で。
あいつがかつての英雄としての義務を捨て、ただのコノエとして息を吸えるように。
その代わりに俺という王の熱を、逃げ場のないほどに注ぎ込んでやる。
たとえ今のあいつが俺を友として信頼してくれていたとしても。
その信頼さえも糧にして、俺の色をあいつの芯まで染み込ませていく。
俺は立ち上がり、コノエが待つ『王妃の間』へと歩き出した。
暗い廊下を歩く俺の影はどこまでも長く、独占欲を孕んだ獣のように伸びていた。
ご一読いただき、ありがとうございます。
明日明後日は投稿をお休みします。
度々お休みをして申し訳ありません。
完結まで走り抜けられるよう、一話一話大切に更新してまいります。
もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】で応援いただけると、執筆の大きな励みになります!
次回もよろしくお願いいたします。




