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第40話 偽りの追悼、真実の隷属


 一触即発の緊張が、外郭広場を支配していた。


 ボロボロの白銀の甲冑を纏ったシエルは、肩で荒い息を吐きながらもその視線だけは真っ直ぐに俺を捉えて離さない。

 彼の瞳に宿るのは狂気にも似た純粋な救済の意志だ。


「コノエ様、今すぐそこから離れてください……! その魔族たちは、貴方を騙しているだけだ!」


 シエルが剣を構え震える足で一歩踏み出す。

だがその歩みを止めたのは、俺を抱き寄せたセルガの低く重厚な声だった。


「――レナトゥリア王国第一王子。貴様、王位継承者の身でありながら自分が何をしでかしたか理解しているのか?」


 セルガの金色の瞳には、魔族の長としての厳しい光が宿っていた。


「不可侵条約を一方的に破り、単身で魔王城の結界を侵犯した。これは明白な宣戦布告だ。……それとも、これが人間領の『総意』だと受け取っていいのか?」

「黙れッ!!」


 シエルが血を吐くような叫びで、セルガの言葉を遮った。


「先に条約を無視して我が国の英雄を攫ったのは、貴様ら魔族の方だろう! 卑劣な術でコノエ様を連れ去り、監禁し……あまつさえ、その心まで汚した貴様らに、王の理屈を説く資格などない!」

「攫った、か。……自国の兵士一人を管理できず、死の森へ投げ捨てた不手際を他国の侵略行為にすり替える。それが人間側のやり方か」


 セルガの冷えた指摘にシエルの顔が怒りで真っ赤に染まった。


「投げ捨てただと……!?コノエ様は境界の調査で無念にも亡くなった!我ら王族も、民も、皆が彼の死を悼んだ!それを捨てただと……?貴様ら魔族がどれほど卑劣な嘘でコノエ様を洗脳したかは知らんが、その口を今すぐ閉じろッ!」


 シエルは本気で憤っていた。彼の中では、俺は国のために散った英雄であり、今ここにいるのは『魔族に利用されている』姿なのだろう。

 王国の闇などこの王子は欠片も知らされていない。


 セルガはあえて一歩前へ出た。


「俺には、俺の民を守る義務がある。この国の領域に踏み込み、城の客人を害しようとする者は、たとえ他国の王子であろうと容赦はせん」

「……っコノエ様、騙されないでください!貴方の体は、本来なら魔族の魔力に馴染むはずがない。今もきっと無理やり刻まれた呪いに苦しんでいるのでしょう?私にはわかります。貴方の体の奥で、どれほどおぞましい力が暴れているかを……!」


 シエルは『救いたい』一心で、俺の体の異変を探そうとした。レナトゥリアの王族には、代々『真実を暴く』とされる魔眼が宿る。

 あらゆる隠蔽を無効化するはずのその眼がなぜこれまでの十年、俺の首にある隷属の紋章を見抜けなかったのか。


 それは王宮の魔道士たちがシエルの目を欺いていたせいもある。だが何より、シエル自身が『俺を英雄として信じ、縋りたかった』という無意識の拒絶がその眼に曇りを作っていたからだ。


 今の彼は極限の焦りの中で『魔族の呪い』を探し出そうと、剥き出しの執念で魔眼を凝らした。


「……っ!?」


 そしてシエルの視線が、俺の首元で止まる。


 そこにはナツカから贈られた黒曜石の隠蔽具が揺れていた。先代魔王の力が宿るその品は、周囲の目から俺の紋章を完璧に隠し続けていたはずだった。


 だが、シエルが真実を欲して王族としての力を全力で注ぎ込んだその瞬間、魔眼が捉えた違和感が形を成した。

 かつて英雄の背に見ていた揺らぎが今、隠蔽の術式を強引に貫き通したのだ。


「……なんだ、それは……?その石の向こうにある、黒い……文様は……」


 シエルの声が、震えた。


 術式の奥に潜む精神を蝕んだ鎖の跡。

 それを捉えた瞬間、シエルの顔から一気に血の気が引いていく。


「……そんな、そんなことが……あってたまるか……!」


 シエルはよろめき、悲痛な叫びを上げた。


「魔族めぇッ!!コノエ様に『隷属』の呪いを刻むとは……!その汚らわしい手で触れるな!その呪いを今すぐ解けッ!」


 シエルの叫びに対しセルガは冷たく、どこか哀れむような目を向けた。


「……お前のその目は、今まで何を視ていたんだ?」


 セルガの声が静かにシエルに流し込まれる。


「喚く前によく見てみろ。こいつが必死に隠していたんじゃない。お前がこいつの痛みを視ようとしなかっただけだ。自分の中の『英雄』を守りたくて、こいつの首にある鎖から目を逸らし続けてきたのは、お前自身だろう」


 セルガは俺の首元に静かに指を添えた。

 黒曜石の奥から、焼き付いた紋章がシエルの前に剥き出しになる。


「この紋章の核にある魔力をよく感じ取れ。……魔族の魔力は、そんなに粘ついた色をしていない」

「……何を……」

「わからないはずはないだろ。これをお前の言う『英雄』の首に焼き付けたのは、俺たちじゃない。……お前と同じ、人間の魔力だ」


 セルガの言葉が、刃となってシエルに突き刺さる。


「王宮の魔道士が、逃げ出さないように用意した鎖だ。お前が『国の英雄』だと信じていた裏で、お前の身内がこいつをどう扱っていたかの証拠だ」

「そん、な……僕たちは、王家は……コノエ様を、称えて……」

「称えてた?お前たちがこいつを死の森に捨てた時、この紋章はまだ生きていた。こいつの首に鎖をかけたのは人間だ。そしてその鎖を断ち切り今ここに居場所を与えているのは、俺たち魔族だ」


 シエルは言葉を失い、ただ立ち尽くしていた。


 自分が守ろうとしていた英雄の尊厳を壊した元凶が、他でもない自分たちだったという事実。

 突きつけられたのは、あまりにも重すぎる現実だった。


「……嘘だ……嘘だ、嘘だッ!!」


 シエルは頭を抱え叫んだ。


 だが、その叫びに呼応するかのように、俺の首筋がじわりと熱くなる。

 セルガによって書き換えられ、上書きされたはずの術式のさらに奥底。

 肉を焼いて刻まれたあの消えない人間の魔力が、かつての主である人間の魔力に当てられ俺の意思とは無関係に疼き出したのだ。


 セルガの加護を以てしても完全には拭い去れなかった、十年間の隷属という呪いの残滓。

 それが今シエルの絶望を嘲笑うかのように、ただ静かに、そして醜く拍動していた。

ご一読いただき、ありがとうございます。

完結まで走り抜けられるよう、一話一話大切に更新してまいります。

もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや下の【☆☆☆☆☆】で応援いただけると、執筆の大きな励みになります!

次回もよろしくお願いいたします。

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