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八百万の果て  作者: 三雲にに
真偽ノ甘噛(世界編)
212/214

71話 技術的には

「静かになった……」

操縦席の計器群は、潜水艦のような重苦しさではなく、むしろ高級客船のラウンジを思わせる静けさに包まれていた。厚い装甲に囲まれているはずなのに、空気はひんやりとして乾き、金属特有の熱気はどこにもない。

鈴凛は座るように指示された席に座っていた。アルマは消耗したのか丸まっており小さくなっていた。そうやら巨大化したり、猫のように小さくもなれるようだった。

青蛾はじっと前のほうをみつみている。

LJは時々身をのりだしながら、他の乗組員が何をやっているのか気になっているようだった。

「すごいですよね……」

「せやな……」

壁面を覆う乳白色の配管は絶えず淡い青い光を流し、その内部では超臨界ヘリウムと、ヴァレリが「位相転移冷媒」と呼ぶ正体不明の流体が循環している。掘削時に生じる数千度級の摩擦熱は、ドリル周囲に展開される磁気プラズマ層が岩盤との直接接触をほぼ消し去り、それでも残る熱は装甲全体へ刻まれた微細な熱輸送格子が瞬時に吸い上げ、艦尾の熱放射井戸へ送り込む――少なくとも、彼女はそう説明していた。


「たまげたで、こんなもんが地面の下を走りよるし、あんたら、どうやら普通の人間とちゃうし」

「……そうだろうね」

この妙な巡り合わせのお調子者男に、どこまで、どうやって説明しようかと鈴凛は考える。

黄猿から玉手匣を奪っておけばよかった。

「あんたら何なん?」

LJがブルーの目をワクワクさせていた。

知ってしまったものは仕方ない。

「たまげることのフルコースや」

「ええ本当に」

青蛾も地底戦車の前のほうを流し見た。


こま遣いのようにせわしなく働く鯆多丸が見える。

鯆多丸のあんなに機敏な動きを見たのは、鈴凛もはじめてだった。


操縦席のすぐ後ろだけは異様で、そこだけは軍用車両ではなく、小さな宮殿だった。

白い革張りの豪華なソファ。金細工の肘掛け。小さな丸テーブルには湯気を立てる紅茶と、まだ半分しか減っていないマカロン。頭上ではクリスタルを模した照明が柔らかく輝き、振動一つない床には深紅の絨毯が敷かれている。


そこへ優雅に腰掛ける少女は、年齢だけを聞けば誰も信じないだろう。

十二歳。


「地上では、ひとりの女性に、多くの下僕男性がつく社会システムだったんですね」

青蛾が感動したようにまたたいた。

「え?いやいや、それは違う」

鈴凛はすぐさま否定する。

「それになんというか……異性と性的な関わりを持つ年齢も……思ったより早いのですね。年齢的な差も……」

「それも全然違うから。勘違いしないで。あの状態は、普通じゃない。ロリコンも社会的には許されないし、普通の12歳の女の子は、あんなふうにおじさんを、手玉にとったりしない」

「……え?そうなのですか?」


鯆多丸も異常だが、特別なのはヴァレリの方である。

鯆多丸以外は、いい筋肉のついた健康的な男たちばかりだった。

彼らはヴァレリのために働いて……いや命さえもすぐに捧げそうだった。


肩まで揺れる金髪のツインテールを青いリボンで結び、透き通るような青い瞳を退屈そうに計器へ向けるフランス人の天才発明家、ヴァレリ。


彼女は紅茶を一口含むと、操縦士へ向けるでもなく、小さく肩をすくめた。


「みんな『地底戦車は熱で焼け死ぬ』って言うのよね。ええ、正しいわ。普通の戦車なら三分も掘れば乗員はオーブンの中」


彼女は壁を流れる青い配管を指先で軽く叩く。


「でも、この子は熱を捨ててないの」


操縦席前方の表示には、車体各部の温度が次々と映し出される。ドリル先端、三千百四十度。外殻、一千二百度。居住区、二十二・八度。


信じ難い数字だった−−。

いや、最初の方はもう覚えられない数字だった。


「熱って、エネルギーでしょう?」


少女は当然のように笑う。


「だったら捨てるなんてもったいないじゃない」


壁の奥では、熱電変換層と呼ばれる蜂の巣状の構造体が赤外線を直接電力へ変え、さらに余った熱は高密度蓄熱結晶へ封じ込められる。掘れば掘るほど発電し、その電力で冷却装置が動き、冷却装置が動くほどさらに深く潜れるという、一見すると永久機関じみた循環だが、実際には地中を進む膨大なエネルギーを余さず回収することで成立しているらしい。


「だから暖房なんて要らないし、照明も厨房も、全部掘削熱で動いてるの」


ヴァレリは誇らしげにソファへ深く身を沈める。


「このソファがふかふかなのも、実は理由があるのよ」


彼女が指を鳴らすと、ソファ内部の支持材が静かに形を変えた。


「座面には粘弾性流体と能動制振材が入ってるの。掘削中の振動は全部ここで打ち消す。だから紅茶も一滴もこぼれない」


ちょうどその瞬間、車体は前方の花崗岩層へ突入した。


通常なら全身を揺さぶる衝撃が訪れるはずだった。


しかしカップの紅茶は、水面にわずかな波紋すら浮かべない。


操縦席では計器だけが静かに数値を更新し、厚い装甲の向こうでは岩盤が灼熱の光を散らしながら左右へ押し分けられていく。


まるで地球そのものが、この奇妙な宮殿を乗せた鋼鉄の獣へ、道を譲っているかのようだった。

「すごいでしょ?」

ヴァレリがふふんと足を組み替えて笑った。

「すごいんだね」

正直なところ、説明されてもどれだけすごいのかわからない。

そんなことよりこれからどうしようと考えながら、鈴凛はポケットの荒玉の存在を確認していた。

「すごいようですね」

青蛾も同じらしい。何の感情もこもってない声が横から聞こえる。

「ウホ」

アルマは顔もあげない。

「おまえらもっと感動しい! こりゃ天才的発明やで!」

LJが立ち上がって、わっとこちらを見た。

「……」

「技術的には不可能と言われていることばかりなんやで!」

「そうよ、わかってくれるバカじゃない知識がある人間がいてよかったわ」

ヴァレリがまんざらでもない顔をした。

「わいの全自動かき氷りんご飴製造機と同じ構造やで!!」

「同じじゃない!」

ヴァレリが優雅に飲んんでいたティーカップをLJに投げつけた。


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