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八百万の果て  作者: 三雲にに
真偽ノ甘噛(世界編)
207/214

66話 ラムジーの畑

湿った熱気が肌にまとわりつき、空気は甘ったるいサトウキビの香りと、土に染み込んだ薬品の刺激臭を混ぜ合わせていた。

一面に広がる緑の畑は、遠目にはどこにでもある農園に見える。

だが、その正体は違う。

整然と植えられた植物の列の奥には、偽装された麻薬原料の栽培区画が隠されていた。周囲には錆びた見張り台、迷彩服の傭兵たち、自動小銃を肩に下げた巡回班。ここはコンゴ中央部、武装勢力が支配する閉ざされた土地だった。

「何を作っているの?麻薬?」

鈴凛はじいっとその葉をながめえた。まっすぐでしゅっとしており……

「サトウキビよ」

鈴凛は思わずこけそうになる。

「サトウキビ? サトウキビ畑を破壊したいの?」

何の恨みがあって……と鈴凛は考える。

「あれは吸威と同じよ」

「人間たちをバカにして資本主義の奴隷にしてる」

「!」

「みなさいあれは世界の縮図よ」

奴隷なのか捕虜なのかが働かされているようだった。

「奴隷がまだあるなんて十二宮は本当にどこまで……でもここで畑を壊したところで」

鈴凛がそう言うのを遮ってヴァレリがこっちをつらりとみた。

「あんたもそうでしょ」

「え? いや……わたしは戦姫で……」

なぜかその発言は受け入れ難かった。奴隷ではない、あえて言うなら可哀想な姫だと言いたかったがやめておいた。

「何にも考えず、人のことばっかやらされている奴隷よ」

「それは……」

そう言いかけてそうに違いないことを思い出した。

世界を救っているつもりで、世界など救っていなかった。戦姫は十二宮の都合のいい道具。

何も考えおらず、ジャックを失ってしまった。

一番自分の大切なものを守れていなかった。

「……お説教するためによんだわけじゃないでしょ」

「まあね」

風が吹く。

ざわり、と背丈を超えるサトウキビが波打つ。

その陰に鈴凛たちは身を潜めた。

鈴凛は息を潜める。額から汗が伝い落ちても、拭うことすらできない。

今の鈴凛は本当に無力だった。

「……」

唯一の安心材料はこのヴァレリだった。

横にいるのは年齢には似つかわしくない落ち着きを漂わせる天才だ。背中には工具箱のような箱を背負い、そこからは用途不明の金属製アームや折り畳まれたアンテナが何本も飛び出している。

「巡回は三十二秒後に交差する。」

小声で言うと、ヴァレリは箱を開いた。

中から取り出したのは、金属球に四本の脚が付いた奇妙な装置だった。

「これなに?」

鈴凛が囁く。

「名前はまだ決めてない」

少女は平然と答える。

装置を地面へ置く。

カチリ。

脚が伸びる。

次の瞬間、小さな機械はカニのように横歩きを始め、畑の反対側へ駆け出した。

数秒後。

「……あ?」

「誰だ!」

傭兵たちの怒鳴り声。

金属球は突然、何本ものワイヤーを空へ射出した。

ワイヤー同士が擦れ合い、不規則な甲高い反響音を響かせる。

森の奥から大型車両が接近してくるようにも、無数の人間が走ってくるようにも聞こえる奇妙な音だった。

傭兵たちは一斉にそちらへ銃口を向ける。

「行くわよ」

ヴァレリが走り出す。

鈴凛も続く。

その瞬間。

「ウホォォォォォッ!!」

巨大な影がサトウキビを押し倒した。

「!」

全身を黒い体毛に覆われた巨大なアルマだった。

筋肉の塊のような体が畑を突き進み、一本一本の茎を紙細工のようになぎ倒していく。

ヴァレリと鈴凛はその背中に飛び乗る。

アルマは四肢で大地を蹴り、一気に加速した。

銃声が響く。

乾いた音が何発も畑へ吸い込まれる。

しかしサトウキビが壁となり、弾道は乱れる。

「右!」

ヴァレリが叫ぶ。

アルマは大きく方向を変えた。

目の前には古びた給水塔。

その土台には、不自然なほど新しいコンクリートが打たれている。

「そこ!」

少女は腰から円盤状の装置を取り出し、地面へ放る。

装置は吸盤のようにコンクリートへ張り付き、低い唸り声を上げた。

ブゥゥン……

微かな振動。

コンクリートの継ぎ目がゆっくり横へ滑る。

地下へ続く階段が姿を現した。

「……?!」

偽装扉だった。

冷たい空気が地下から吹き上がる。

「はやく!」

ヴァレリが叫ぶ。

鈴凛はアルマから飛び降り、そのまま階段へ滑り込む。

ヴァレリも装置を素早く回収し、最後に振り返る。

遠くでは、陽動装置を追っていた傭兵たちがようやく異変に気づき始めていた。

怒号が飛んでいる。

少女は小さく笑った。

「ちょうど予定どおり」

「ここは何なの……?」

三人は暗い地下へ飛び込み、扉が重々しい音を立てて閉じる。

地上では再び風が吹き、何事もなかったかのようにサトウキビの葉が揺れた。


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