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八百万の果て  作者: 三雲にに
真偽ノ甘噛(世界編)
206/214

65話 ツリーハウス

コンゴの深いジャングルのは朝でも薄暗かった。

幾重にも重なる巨大な樹冠が空を覆い、湿った空気が緑の匂いを運んでいる。木々の間を小鳥が飛び、遠くでは名も知らぬ獣の声が響いていた。

「で、ラムジーは畑で何をしてるの?」

鈴凛はようやくアルマの背中の肉から解放された。

「まずは食料を調達する」

畑に向かっているかと思えばヴァレリは意外なことを言った。

「食料???そんなのどうでも……はやく青蛾を」

「あたしは戦姫じゃないのよ」

青い目がきっと下から睨んできた。

「……」

それから三人でジャングルを歩き回った。

「!」

ジャングルに入ると、アルマが猛ダッシュでカピバラのような猪のような動物を捕まえてきた。

「!」

ヴァレリは仕掛けておいた罠を確認しているようだった。木の根元に生える食べられるキノコや、熟した果物を見つける目はなかなか鋭い。

電子機器かぶれのインテリお嬢様かと思うとそれだけではないらしい。

「……どうして戦姫になりたくないと思ったの?」

鈴凛はヴァレリの背中にきいた。

他にももっと聞きたかったがまずそれを聞きたかった。

この子はどうやって能力をコントロールして、八咫烏の目を逃れてきたのだろうか。

しかもこんなに幼い年齢で—ギフテッドだからといってそんなことができるだろうか。

「なんであんたは戦姫になりたいと思ったの?」

ヴァレリが質問に質問で返す。

自分には戦姫にはならない、そんな選択肢など存在していなかった。

16歳だったあの時の自分は、ただただ変わってしまった体に恐れ慄いて、高天原の導きに従うしかなかった。

それに−−

「黄泉能力は、縁血を受けなければ、いずれ暴走して死ぬってきいてた」

ヴァレリは一瞬考えたような顔をした。

「それは正確じゃない。生死原理の記号化された帰納的集合から離れすぎており、かつわたしたちはその処理器官を失っているからよ」

「機能的?え……集合、何? え、でも……」

鈴凛は混乱しながらも、まてよと思う。

「でも哀は」

実際に哀の能力はかつて暴走し、哀自体が燃えて消滅しかけた。

だから哀を戦姫にした。

「日本は神器で生死原理の記号化された帰納的集合を管理し制限している」

「それって……」

鈴凛たちは川へ向かう。

「穢レのことね」

「そう。あんたちが黄泉とか穢レとか呼んでるやつよ」

はっきり最初からわかりやすくそう言ってほしかった。

「ラピュスの連中はあれをVena vitaeウェナ・ウィータエってよんでる」

ヴァレリは川の水をすくってみせた。

「その機能的なんちゃらの名称は−−」

「わたしが正確に合理的に命名した名称よ」

長たらしい、と鈴凛は純粋に思った。

「……」

ツリーハウスに戻ると、アルマは人間では運べない丸太を軽々と抱え、大木の根元から運んでいた。時には屋根の上まで登り、壊れた部分へ材料をあてがっていた。

「あの子は連結点には及ばないものの、とても帰納的集合へ近い」

随分と年下であろうくせに、ヴァレリはアルマをあの子とよんだ。

「……アルマの年齢はいくつくらい?40くらいかな?……縁血を受けなくても大丈夫で生きてる。だとしたらあなたが言うことが本当ってことになる」

「だから言ったでしょ。あんたは帰納的集合をまったくわかってない。連結点のことも。……なのになんであんたが連結点を使えるのか」

「……それは未来妃と誓を結んでしまっていたから」

鈴凛は幼い頃した、あやとりの遊びを思い出しながら言った。

「あんたの実母、玲子……エメリイの陰謀でやらされたことでしょ?」

「そんなことまで知ってるの?」

「言ったでしょ、情報は全部知ってる」

「でもわたしが言いたいのは、あの街にどうして全てが揃ったかよ」

「!」

鈴凛はその時、ポケットの勾玉がどくんと脈打った気がした。

「おかしいでしょ?」

「あなたと連結点がすぐ近くに生まれてくるなんて」

「……それは……運命のいたずらとしか……もしくはエメリイが未来妃をみつけて近くにきたのかも」

ヴァレリは首を横にふった。

「違う。それこそが帰納的集合の力なのよ……」

「……?」

鈴凛には理解できなかった。

しかし考えてみると、あの街でのことは妙なことばかりだった。

照日ノ君と真誌奈の子である周馬と何も知らずに恋をして、八岐大蛇に数学と武術を教えられ、神々が奪い合う命の巫女に好きなひとを取られたと勘違いされ絶交された。

全ては八雲が日本へ未来妃を隠したことからはじまったのだが……

「……」

三人は獲れた果実を並べ、巨木のしたで魚を焼いてたべた。

アルマは骨までばりばり食べている。

「……」

こうやってみると巨大な猫にも見えてくる。

鈴凛にとってジャングルの食べ物はどれも妙な味だった。


夜になると、ジャングルは別の顔を見せる。

昼間の鳥たちは静かになり、代わりに虫たちの大合唱が始まる。

黒い闇が木々の間から染み出すように広がり、森は底知れぬ気配に包まれた。

「で、ラムジーの畑を壊すっていつやるの? どこにそれが……」

「まったくせっかちね……あんたよく考えたの?」

ヴァレリのパソコンの光が彼女の顔を照らしていた。

羽虫がよりあつまってきている。

「え?」

「やっぱり果てしのない馬鹿ね」

ヴァレリは呆れたような顔をあげた。

「……協力するってことは、ラムジーを敵に回すってことなのよ」

「自分で誘っておきながらなんなの」

鈴凛はむっとしてそう言った。

「十二宮に本当に追われることになるのよ」

そう言ったヴァレリの目が冷たかった。

「……!」

「高天原の女を連れてきたこととは話が違うわ。あいつらは逆らうやつには容赦しない」

「!」

ずっと逃げ続けてきたことが辛かったことを物語ってきた。

ツリーハウスの下に恐ろしいジャングルの闇が広がっていた。

「……」

戦姫にならないために、彼女は賢くたくましく生きるしかなかったのかもしれないとふと鈴凛は夜空をみあげる。


灯りはない。


ただ月だけがあった。


満月だった。


巨大な森の上に浮かぶ銀色の光が、葉の海を静かに照らしている。


「本当は怖いよ」


鈴凛はぽつりと月夜をみあげて言った。


「戦姫である今を何もかもを失うのが……」


「でも」


「人間はいつか死ぬ」


「!」


ヴァレリが綺麗な目を見開いた。


「だったら正しいと思った道で死にたい」


「……」

アルマも意味を理解したのか瞬いた。


「戦姫の立場なんてくそくらえだよ」


鈴凛は自分らしくないワードをもってきて一人で笑う。


アルマをラムジーに引き渡すか、みんなでラムジーをやっつけるかどちらも青蛾を救う道なら、今の鈴凛に迷う理由もなかった。


「そう」

ヴァレリは微笑みながら頷く。


風が吹いた。


「それにね」

鈴凛は思ったままを言いたくなった。


葉がざわめいた。


「二人がどんな理由で戦姫にならなかったはわからない」


遠くで夜行性の鳥が鳴いた。


「……!」


だが、その声も不思議と恐ろしいだけではなかった。

どこかにある命だと思える。

三人は同じ月を見ていた。

「二人が存在してること自体が、わたしの希望なのかも……」

銀色の光は少女の金髪を照らし、アルマのたくましい横顔を浮かび上がらせていた。a



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