56話 ラムジー
湿った森の奥で、鈴凛たちを取り囲み、数台のトヨタのピックアップが輪を描くように停まっている。エンジンはまだ止まっておらず、低い振動が地面へ伝わり、排気ガスの匂いが熱気と混ざり合って漂っていた。
「……」
青蛾の早くなった呼吸が聞こえ、緊張が伝わってきた。
木々の隙間から差し込む最後の陽は、武装した男たちの影を長く引き伸ばしている。
擦り切れた軍服。泥に汚れたブーツ。肩に提げられたAKの黒い銃身。男たちは無言のまま周囲を囲み、ときおり低い声で異国語を交わしていた。
ひとりの兵士が懐中電灯を向ける。
白い光が鈴凛たちの顔をなぞり、そのままゆっくり首筋から足元まで滑り落ちる。周囲の男たちは何も言わない。ただ、獲物を観察するような静かな視線だけが集まっていた。
何か言葉を発するべきなのか、いちかばちか武器でも奪うべきなのか、鈴凛は考えをめぐらせたが、正解が見出せない。
今は明がなく戦姫の神刀もない。数発うたれたくらいで死ぬことはないだろうが、青蛾は死んでしまう。
「……」
黒人の男たちは誰も笑わない。
誰も不用意に動かない。
ただ、アフリカの湿った夜気だけが、張り詰めた沈黙の上をゆっくり流れていた。
−−ティカブンドゥキ
その時、年老いた男の声が異国語で後ろから放たれる。
「やはりプリンセスでしたか」
次に英語がきこえて、後ろの方の白い車から男が降りてくる。
「もしやと思いましたが」
「……?」
「アラー神のおぼしめし」
その大柄の男はひとりだけかっぷくが良く中東風の格好していた。クーフィーヤをイカールでとめている。ヒゲに白髪がまじっているが、声よりは若そうに見えた。
「黒蠍のムスタファ・ラムジーと申します」
鈴凛はなんとなく黒蠍という名に聞き覚えがある。
「!」
「十二宮−−」
黒髭の男はイエスの意味か目を合わせながら小さく会釈した。
薔薇十字団やメイソンのように影で戦姫を支える八咫烏である。
「ここは−−」
「コンゴのど真ん中ですよ」
「コンゴ−−」
アフリカ中央部だ。
「なんでわたしたちが落ちてくるのがわかったの?」
「おそれながら、プリンセス・センチュリー今は戦争中です。未確認飛行物体には敏感なのです。それにわたくしも十二宮の一席ですから、最新の設備くらいは備えています」
「……」
なるほど、と思う反面、どこかから鈴凛たちが高天原を脱走した情報が入っていたのではないか?とも思う。
「しかし驚きました。交通手段がないとはいえ、とんでもなく派手なお戻りですな……滑車をいったいどのようにして大気圏を通過させたので……?」
ラムジーはエレベーターの箱へ目をみやった。
「言っちゃいけない決まりなの」
「……そうでしょうとも」
男はにやりとはじめて笑った。
「飛車も滑車もないからしかたないの」
「して、そちらは?」
ラムジーが目をあげる。
「……」
青蛾がびくりとした気がした。
「あ−−」
鈴凛の声が伸びる。
「……」
「あ、新しい花将なの」
とっさについたもっともらしい、……というかそうとしか言えない配役だった。
「……!?」
そういうと、青蛾は目一杯がんばって背筋を伸ばして、凛々しそうな顔を作っていた。
「ほう……」
男はぎらりと黒い目を輝かせると、青蛾がびくりと動いてしまう。
どこまで情報が上と下でやりとりされているのかはわからない。
すぐにばれるかもしれない。
「戦えそうにはみえませんが」
男は青蛾に戦えそうな筋肉がついてないことを服の上からでもすぐに見抜いた。
「!」
「わたしは強いから強くなくていいの。今度こそちゃんと、わ、わたしの身の回りのことを、気をきかせて、きちんとしてくれる人がよくて」
このことに関しては、嘘は言っていない。
自分の男と浮気する花将が2回も連続で送られてきたのだから。
「なるほど……」
男は何かを考えているようだった。
おそらく鈴凛が花将をころころ変えることはこの男が十二宮なら知っていそうである。
鈴凛はめいっぱいすました顔をしたが、どうか信じて、と祈るような気持ちだった。
「上も天照大神が岩戸に篭られ大混乱中とか」
「ええそうなの」
鈴凛は妙な早口で返答してしまってまずいと思う。
高天原との連絡が前よりは途絶えているのだろうが、この男がどこまで情報を持っているのかはわからない。
男は少しだけ目を丸くする。
「このような場所でながながと……失礼いたしました、すぐにお寛ぎいただける場所へご案内いたしましょう」
コンゴ東部の夜は、重たい湿気と土の匂いに満ちていた。
密林を切り裂くように、白いトヨタのピックアップトラックが赤泥の道を進んでいく。
ヘッドライトに浮かぶのは、深いジャングルと霧に濡れた木々だけだった。遠くでは虫の羽音と、どこかで鳴く猿の声が混ざり合っている。
「戦姫様は大歓迎です」
「中東の黒蠍ということは—囁姫様の」
確か囁姫は猫姫の派閥で一度か二度みたが口をきいているところを見たことはない。
「はい、囁姫様にお仕えしております。中東では」
鈴凛ははっとしてもっと聞きたいことを思い出す。
「哀は、煌姫は今どこ? どこにいるか知りたい」
ラムジーは困った顔をする。
「それはわかりかねますね……第三次世界大戦がはじまってから、かなり情報が統制されているのです」
「そう……」
「以前の情報のまま止まられていれば欧州かと」
「そうだね」
後ろの車の荷台には数人の男たちが座っていた。迷彩服は泥で汚れ、肩から提げたライフルが車体の揺れに合わせて小さく軋む。誰も無駄口を叩かない。
運転席の男は片手でハンドルを握り、もう片方で無線機を押さえていた。断続的に流れる雑音の向こうで、現地語の短いやり取りが聞こえる。
「……」
道路脇には、時折、放棄された検問所や焼けたトラックの残骸が現れた。
国連の古びた標識が、泥の中に半分埋もれている。
一時間ほど走った後、ジャングルの切れ目に明かりが見え始めた。
「着きました」
非常用発電機の音が夜気に響き、入口には武装警備員の影が立っている。ネオンは弱々しく瞬き、周囲の暗闇だけがやけに深かった。
ピックアップが砂埃を巻き上げて停車すると、男たちは静かに荷台から降りた。
誰かが周囲を確認し、別の男が屋敷の入口へ向かう。
その間も、ジャングルの奥からは絶えず何かの鳴き声が聞こえていた。




