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八百万の果て  作者: 三雲にに
真偽ノ甘噛(世界編)
196/218

55話 着陸地点

「大丈夫?」

青蛾をおこす。高天原の浮雲は衝撃緩衝材としては優秀なようでどこも怪我をしていない。

「外は夕暮れ時のようですね……」

青蛾がエレベーターの窓ガラスの外を見ていたが、窓に汚い泥がべちゃっとへばりついてほとんど見ることができない。

「かして」

エレベーターのドアを鈴凛が無理やりこじあける、低い金属音を立ててそれが開いた。

「!」

熱気が流れ込んでくる。

乾いたエレベーター内の空気とは全く違う。

重く、湿っていて、土と腐葉土の匂いが混ざった空気だった。

「これが……地球?」

先に足を踏み出したのは、青蛾だった。

「へ?」

泥に沈みかけた草履を見下ろし、眉をひそめる。

「待って−−」

瞬間、耳を覆うような羽音が響いた。

「うわっ……!」

蚊だった。

夕暮れと同時に、湿地の奥から無数の虫が湧き出してくる。

肌にまとわりつく湿気。

首筋に止まる羽虫。

外はジャングルの夕暮れだった。

空は赤黒く燃え、巨大な雲が熱帯の空いっぱいに広がっている。

遠くでは雷が光っていた。

目の前に広がっていたのは、都市でも基地でもなかった。

湿地帯だった。

どこまでも続く黒い水。

水面から突き出した木の根。

腐った植物の匂い。

沈み込む泥。

森は異様なほど濃く、巨大だった。

「もしかして」

鈴凛が半信半疑で小さくつぶやく。

着陸前にちらりと見えた巨大な蛇行河川。

「……?」

赤道直下の雲。

無限の緑。

記憶の情報と一致していた。

「アフリカだ」

その時だった。

──ボコン。

遠くの黒い水面が揺れた。

「?!」

二人は同時に振り向く。

何か巨大なものが、水中で動いた。

ワニか。

カバか。

それとも別の何かか。

森の奥からは、低く響く鳴き声が聞こえる。

「ひ?」

あれは−−ゴリラ?

鈴凛は息を呑んだ。

夕日が沈み、ジャングルは急速に暗くなっていく。

黒い水面には、赤い空が逆さに映っていた。

その景色は美しかった。

だが同時に、人間を拒絶するような気配に満ちていた。

青蛾が小声で言う。

「……大丈夫でしょうか」

青蛾が剥き出しの白い無防備な足を沼地に着けている。

まずい気がした。

「ん?」

夜の湿地に、最初は遠雷のように聞こえた。

低い振動。

ゴゴゴゴ……という重い音が、水面を震わせながら近づいてくる。

青蛾が顔を上げる。

「エンジン音」

鈴凛も気づいた。

ジャングルの奥が、断続的に白く光っている。

ヘッドライトだ−−。

複数。

しかも速い。

湿地の外縁を走る未舗装路。

そこを車列がこちらへ向かってきていた。

やがて木々の隙間から、最初の車両が現れる。

泥だらけのトヨタのピックアップ。

荷台には重機関銃。

その後ろにも、さらに二台。

ライトが湿地を横切り、エレベーターの箱の外壁を白く照らした。

「まずい……」

鈴凛が後ずさる。

車は湿地の手前で急停止した。

ブレーキ音。

エンジンの唸り。

金属の軋み。

ドアが次々に開く。

武装した男たちが降りてくる。

AKライフル。

ロケット弾。

泥色の軍服。

その中には、サンダル履きの少年兵までいた。

男たちはエレベーターの箱を見ると、一瞬動きを止めた。

巨大なエレベーターの箱が、赤道の湿地に突き刺さっている。

理解不能な光景だった。

だが次の瞬間、怒号が飛ぶ。

「!!」

銃口が一斉に二人へ向いた。

湿地の虫の羽音の向こうで、ディーゼルエンジンだけが低く回り続けていた。




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