48話 白麗衆の正体
鈴凛は部屋に背をむけて、縁側にすわり、流れる水路に足先をつけて、小さな虎頭の庭を眺めていた。
「ちょっと失礼します」
朱雀は鈴凛が手に持っていた鶏肉にぎょっとしたのか飛び去っていってしまった。
鈴凛は虎頭に食べていいと言われた、なにかの鳥もも肉に大きな口でまたかぶりつく。
脂がのっていて、必要な栄養とたんぱく質が細胞になっていく気がした。虎頭にいわせればおのごろ島の野生動物には吸威が含まれないらしい。
「佳鹿……」
鈴凛は佳鹿の墓をみやる。
「なんでこんなことになっちゃったんだろう」
「わたしは馬鹿だから人の気持ちや本当の思惑なんて見抜けない……本当は誰が悪いのかも、何が正しいのかも、わたしにはわからない」
やりたいことも、やるべきこともわからない。
ただ今わかっていることは、ジャックとの時間をもっと過ごしたかったということだった。でもそれはもう叶わない。
「……」
頭が冴えてくると、怪鳥に含まれたことを思い出す。
未来妃や周馬も
本当は何を考えているのだろうか?
パリの戦いで周馬は自分を口に含んで明を与え、体を再生させた。
周馬は自分が夜雲の子だと知っていたのだろうか−−
もしそうなら−−
「……もう何もわからない……」
夕日がオレンジ色の庭を照らしている。
太陽の絶対的な時代は、人間に奪われ、終わりにさしかかっているのだろうか。
照日ノ君は、岩戸でこの事態に困惑し、葛藤しているのだろうか。
「……」
鈴凛の中で照日ノ君はいつも絶対的で、余裕に満ちており、困った顔や焦った顔など想像もできなかった。
まったく想像がつかない。
「誰も教えちゃくれねえさ」
玄武が青蛾にかかえられてやってきた。
「おかわりはいかがですか?」
青蛾があぶった鶏足をわんさかカゴにもって持ってきた。
「……」
「正解なんざ後になってわかるのさ」
「何が正しいか、誰が嘘をついているかなんてわからねえだろ? 俺たち脱獄同盟だって全員グルになってでっちあげた嘘を、おまえについているかもしれないもんな?」
「ますます混乱させるようなこと言わないで」
鈴凛は嫌気がさしながらそう言った。
「意地悪ですねえ」
青蛾がくすくす笑う。
「完全な決断を下すには、完全な情報が揃ってないといけない」
蛇がうんうんと首をたてにふりながら言った。
「……」
「だがどうだ? 完全な情報など決断を下すときには得られないだろ」
「……」
「最後は結局、かん、なんだよ」
「かん?」
「ああ、ただ今この瞬間」
「俺たち脱獄同盟とここ高天原を出ていきたいのか、ここに残ってチクリ魔になるかだ」
「−−」
「かんね……」
「かん。感情の触れ方とか、なんかこっちな気がする、ってのを大事にすんだよ」
「かんなんて」
「おまえだって、高天原について感じたはずだ。はじめは感じていたはずだ。きらびやかだが、なんかおかしい、変だってな」
「……!」
「このまとわりつくような高天原の雰囲気から逃げ出したいって思ったはずだ」
「……それは……」
鈴凛は戦姫になったとき、夢中で走って五橋を逃げたことや、奴婢と罵倒されても笑っていた羊杏の顔が浮かんだ。
「……」
幼く純粋な羊杏をかわいいと思った反面、おかしいと感じたことも多かったことを思い出した。
「他の連中の言うことや環境への慣れで、どんどんまわりが見えなくなって、考えるのもやめちまって、いずれは自分さえも見えなくなっちまうのさ」
「……」
「世界にとってどうだかは知らんが、自分にとってどうだかは、最初は感情が教えてくれるのに、それをみんな無視しちまう」
蛇は難しい顔で考えるように言った。
「蛇様は意地悪ですけど、こうやって、いろいろ教えてくださるんですよ」
青蛾がくすくす笑った。
「ちが、俺は−−!」
蛇がびくりとする。
「……青蛾ちゃんはどうして高天原をでたいの……? もしかして青蛾ちゃんもご両親のこと覚えているの?」
「いえ」
青蛾はすこし迷って胸元へ手をさしこんだ。
そしてぺらりと何かをとりだした。
「!」
あのBBが写っている写真だった。
「これ?!」
「これはわたしが地上からの行商にきた八咫烏の方から、非合法に買ったものなんです」
「え?」
「どうしてもこれがほしくて」
鈴凛は信じられないことを聞いた。
「これが?」
「はい、お給金の半分は使いました」
「これに?!」
「はい」
「なんでそんなことを……」
「わたしは、男の人が……」
青蛾は少し照れながら戸惑った。
「このたくましい腕に、本物の男の人に−−だか……いえ、会ってみたいのです!!」
青蛾は勢いにまかせたように叫んだ。
鈴凛は予想外の答えが帰ってきて驚く。
「え、それって……地上の男の人間にって意味?」
「はい、むきむきに筋肉がついており、とても汗臭くむさ苦しいと聞いております。本物の男の人です。男の中の男です」
鈴凛はしばらく絶句する。
「……そ……」
鈴凛は思わず部屋の中でまだそばをたべているベスを見た。
ベスも肩をすくめている。
「それは……」
男なんてそんないいものではない。
「事情はお聞きしました、なので大変この場でこのことを申し上げにくいのですが、わたしのやるべきことなのでお伝えせねばなりません」
「やるべきこと?男に会うことが?」
「そうです」
「……」
「人間はいつ死ぬかわかりません、やりたいことはすぐにとりかからねばなりません」
「……」
「随分前からみんなと自分が違うことに気がついていました」
「長い間、それがとても苦しかったです」
青蛾は庭を流し見た。
「わたしだけ地上のことばかり考えているんです。男のひとってどんな感じなんだろう。男の人がいる暮らしって、どんな暮らしなんだろう、男の人の腕ってどんなふうに逞しいんだろう、どんな匂いがするんだろう」
「……」
鈴凛は開いた口が塞がらなかった。
「馬鹿げたことに聞こえるか?」
蛇が目を細めた。
「こいつらは男を見たことがないんだぜ」
「……そ、それはそうだけど」
「地上へ行って男の人に会ってみる、それがわたしの夢です」
「……夢?」
鈴凛は唖然とした。
そんな馬鹿馬鹿しいことが……夢?
鈴凛はふるふると頭をふった。
「ねえ、じゃ、じゃあ狗々莉ちゃんは?」
鈴凛は虎頭を手伝って皿をかたずけている狗々莉にきいた。
「わたしは色々かぎまわりすぎたせいで、玄武様に捕まってしまいました」
「あやうく白麗衆にされるところだったぜ」
「それはいまだに信じられないんだけど。白麗衆は田心姫様が地上から選んで……」
「あんなふうにロボット人間みたいにしてるんだろ?」
「ああいう人間は地上にはいないですよね?ロンドンでもみませんでしたよ?」
狗々莉も苦笑いした。
「あなたには、本当に前世の記憶があるの?」
「ありますよ。前も言ったでしょう、わたしは八十四歳。わたしの以前の名前はアガサ・クリスティです。イギリスでは少しは名が通った小説家でした」
鈴凛はその名前を未来妃から聞いたことがあった。
「アガサ・クリスティ……? それって、確かずっとまえに死んだ推理小説作家の名前」
未来妃がその本がどれだけ素晴らしいかいつぞや語っていたのを思い出す。
「あら? まだ本が出版されているんでしょうか? うれしいです」
「あなたはなんで脱獄したいの?」
「わたしは別にここを今すぐに出ていきたいわけでもないんですが……久夜さんの自死事件を調べたら、神隠しの娘たちの事件のことも追うことになり……そうこうしていたら玄武様につかまりまして」
「余計なことを考えたり、かぎまわるのは危険だ」
「玄武様はこうおっしゃられていますが、わたしの考えは違います。わたしはもう随分長い間、天児屋命からすれば、まずいことをたくさん考えてました。でも白麗衆も神々もわたしのもとにはこなかった」
「……それはつまり」
「……」
「この蛇が嘘ついてるってこと?」
「ちがう」
「おそらくわたしの声は聞かれていないのです」
「え?」
「百姫様とおなじかと。穢レが強いのです」
「穢レが強い……? 黄泉能力があるの?」
「玄武様が教えてくださいました」
「!」
「幼ければ幼いほど、黄泉帰りから日が浅いということ。穢レが強く、明や吸威に耐性があるとか。そしてわたしは前世持ち。なおさら穢レが普通よりは強いのかと思いますね」
「前世持ちは、黄泉が強い」
「黄泉から帰ってきたばかりだから−−……とのことです」
その時、庭の扉がぎいと音をたてた。
「!」
鈴凛は振り返る。
「……で、でた−−」
鈴凛は思わず声をあげた。
ぽつりと小柄な白麗衆がたっていた。
「ちょ……え」
天児屋根命に声が聞かれたのか?
鈴凛は心臓が飛び跳ねる。
何か食べたものがまずかったのか
部屋の中を見る。
全員が連れていかれ—罰せられるのかもしれない。
鈴凛は焦った。鬼族の仲間で玄武が嘘を言っているのか、玄武が言ったことが真実なのかはわからない。
ただ青蛾たちが罰を受けるのは避けたかった。
鈴凛が顔面蒼白になっていると、蛇がにやりとした。
「大丈夫だ。こいつは、俺がおつかいにだしてたのさ」
蛇が白麗衆の手から手紙らしきものを口でぱくっと受け取った。
「あなの……言うことをきいているの?」
「ああ、使い方を知りゃあ意外と単純さこいつらは」
鈴凛はするすると前をロボットのように歩く白麗衆の輪郭が気になった。
「!」
濡れた足のまま、縁側を離れ、草を踏む。
風がやさしく吹いた気がした。
「……!」
思わず手をとった。
白麗衆はされるがままで動きを止めた。
「白麗衆を見たものは白麗衆にされる、そう言ったよね?」
被り物をして顔は見えない。
「あなたが言ったみたいに高天原に何かやましいことがあるなら」
そう言いながら、以前も何度かこの白麗衆を見たことがあることに気がついた。
同じような格好をしているが、この白麗衆はかなり小柄だ。
「……」
いつか真緒ともめたとき、そそうをした白麗衆であることを思い出す。
「ごめんね−−」
何が真実か確かめなければならない。
鈴凛はおおいをめくった。
「……っつ」
息が喉で漏れる。
想像もしていなかったその顔に心臓がびくりとした。
「そんな……」
茶色のおさなさが残っている見たことのある英国人風の顔立ち。写真集の中で、美しいチュチュを着ていた彼女が浮かんだ。
カールした髪がむりやりなでつけられておだんごにひっつめられ、その瞳は白く濁っていた。
「−−ジゼル」
鈴凛の口からその名が漏れた。




