47話 ベスのやりたいこと
自分の頬を涙がすっと流れるのがわかった。
「っ……ふ……」
鈴凛は必死に堪える。
わかっていた。
ローガンは他の女性のことばかりに興味がいっていて、ジャックはひとりぼっちだった。ジャックは鈴凛をママだと思うことでしか自分を癒せなかったのだ。
「……なんで……あなたが言うの」
色々なことが駆け巡って、何もかもが溢れそうになる。
子供が親の愛がどれほど欲しいかは痛いほどわかる。
もっといいママになりたかった。
でもそれができなかった。
「……!」
「ほらよしよし」
ベスが立ち上がって頭をなでた。
「何がよしよしよ!!」
鈴凛はベスの手を払いのけて立ち上がる。
「わたしの花将なのに、ローガンと関係を持っておきながら!! 何かが違えばジャックは死ななくてすんだかもしれないのに!!」
「ワオ」
「修羅場、修羅場」
牛満がふたりをチラチラみた。
「あんたが、なんにもわかってないおこちゃまのくせに、その場の感情で、よくわたしに聞きもせず、わたしを高天原のムショにぶち込むからだろ」
「!?……わ、わたしの苦しみなんて……ジャックがどれほど大切だったかなんて、あなたに何が……あなたなんかに−−」
鈴凛は言葉を繋げていたが、反論する内容が思い浮かばない。
「悲劇のヒロインモードやめなよ」
「な、な−−……」
ひとしきりばちばち火花が飛び散った
「それだけ怒れりゃ大丈夫そうだな」
蛇は他人事のようにそう言った。
「やはり思金様も天児屋根命も、百姫様の記憶を壊せなかったのですね」
朱雀が瞬いて言うと、鈴凛は急に体から力が抜けた気がした。
「−−!」
「ああ、こいつは壊れてなんかいやしないさ」
玄武の蛇もそう言った。
鈴凛は自分の心臓がびくりとした。
「ちがう……」
鈴凛は自分でそれを否定した。
そんなはずない。
自分はおかしくなっていた。それは明でもその吸威だののせいでもない。
起こった出来事はとてもショックで受け入れられるようなことじゃなかった。
ジャックが死んで、咲は手足を失って—多くの人が死んで—
死ねないのならば、わたしはそれを普通に受け止めちゃいけない。
「わたしは……」
壊れてなきゃいけないの−−
「ジャックは−−」
「結局は何もかも受け止めて、泣くしかないんだ”」
ベスがいつになく真面目にぽつりと言った。
「泣くしかないんだよ」
「……」
「再び立ち上がれるまでは」
「……」
そしてベスはまた口を開いた。
「あんたには悪いけど、わたしはどんな犠牲を払ってでも、やり遂げると決めたんだ」
ベスはそばのよこにあった箸をとった。
「……」
「ローガンに近づいたのは、メイソンに入るためだ」
ベスが低い声でそういって、そばをかきこむ。
「メイソンに……?」
「んーうまい。そうよ、中東での任務中に近づいてね。噂通りちょろいやつだった」
「それは−−」
「あんたがあの下半身脳みそ男と途中から結婚ごっこをしてたかどうかは知らないけど、とっただの、とられただのを言うのなら? つまりそっちが後ってわけ」
ベスがこちらを睨んでまくしたてると鈴凛へ箸をずいっと向けた。
「?!」
「なんならモニカよりもあいつを落としたのは、わたしが先よ」
「そ、そんな前から—……? じゃあモニカは−−」
「だいたい十二宮とこの使用人も全部手をだしてたからあいつ、気が付かなかったの?」
「!」
鈴凛は自分の部屋から出てくるメイドの女性に違和感を持ったことを思い出した。
「あの優柔不断なぬるっとした無害そうな犬みたいな笑顔と、ワイルドハリウッド俳優の体つきで、そこらじゅうの女がだまされてんだよ」
「……」
鈴凛は呆然とした。
「……そこまでローガンが最低なことわかっていてなんでローガンと」
「あいつはマリオのお気に入りだ。減るもんじゃないし、一発やるくらいなによ? 欲しい情報のためなら安いもんでしょ? ベッドでも犬みたいにバカなやつだったわ」
「……」
鈴凛は顔をしかめる。
「ほんとお子ちゃまなんだから」
ベスがそばをまた食べ始めた。
「……」
鈴凛は唖然とした。
「情報って……そこまでして−−」
そう言って前も同じ質問をした気がした。
「もちろんパパを殺したやつを見つけ出して、ぶちのめすためだ」
「!」
鈴凛は何も言えなくなった。
「……」
いつも自分視点ばかりで物事をみていることをつきつけられている気がした。
自分は裏切ったBBを雪山事件で殺した。
急に腹の底が冷えた気がした。
「ああ、勘違いしないで」
「……それは」
「わたしはバカじゃない。あんたを殺すためにあんたの花将になったわけじゃないわよ?」
「……」
「あんたは昔も今も何もわかってないおバカなプリンセスだってことはわかってる」
「……!」
「あんたの花将になったおかげで、だいたい色々調べがついた。高天原がどうなってんのかも、パパがなんで死んだのかも、マリオがどうやって十二宮で権力を得たのかも、戦姫がどれくらいバカってことかも」
「……どういう意味」
「ペントハウスでマリオにいいようにされている天鈿女命を見たでしょ?」
「……」
「あれが全てだ」
「あの男はすでに神々を自由にできる権力を手にしている」
「!?」
「思金神をそそのかして、天照さえを黙らせる八岐大蛇の力を手に入れた。もう止められはしない」
「それって……ソルア……のこと……」
「かつての雪山であんたと命姫に気がついたのもパパとあいつだった。命姫とあんたを日本からアメリカへ奪い、命姫を天照との取引カードにしようとしたのもあいつさ」
「私を餌にして、パパを利用するだけ利用して殺したあの男を絶対に許さない」
「……!」
「陽族と鬼族との人間をめぐる戦いなんてくそくらえだ。知ったこっちゃねえ」
「あたしはパパの仇をとる」
「……!」
「それがあたしのやりたいことだ−−」
ベスが出汁をずるずるすすった。
「……」
鈴凛は自分の軟弱さとベスの逞しさとの差に愕然とした。
「ふう−−……おかわり!!」
ベスが叫んだ。




