46話 脱獄同盟
「玄武、これはどういうことなの」
「まあ座りなよ?」
ベスがにやにやして言った。
鈴凛は不服ながらもうながされたこたつに移動する。
「ひゃ!」
ふわふわとしたものが足にあたり思わず飛び退く。
こたつをめくると、巨大な白に黒い筋の虎模様が入った毛並みが見える−−白虎がいた。
鈴凛を押さえつけたあの巨大な肉球の足をもぞもぞと引っ込めた。
「……!」
庭先に目をむけると、松の木に朱雀が止まっており、優雅に羽を整えている。青龍は池で水を撒き散らしながら蹴鞠を犬みたいに追いかけ回していた。
「なんでここに」
「ここは、脱獄同盟のアジトってわけさ」
「脱—獄?」
鈴凛は信じられなかった。
「はあ毎日毎日こんなのばっかじゃさすがに飽きる。せめて海老天つけてくれよ?」
牛満の前にはすでにからっぽのなったどんぶりが置かれている。
「配給されている明麦には吸威が含まれます」
すうい?
そういえば、玄武が自分のことを明とすうい漬けになっていると言っていた。
牛満はこたつにつっぷした。
「食べてください、さめてしまいますよ」
ぐうっとお腹がなる。
「……」
鈴凛は箸をとった。
昆布と鰹の匂い。
懐かしい香りの出汁が体に染み渡った気がした。
「天ぷらもだめ、コメもだめなんて何食えばいんだよ。蕎麦にはもう飽きたぜ。ああおかげ掘通りで甘いもんくいていなあ……」
その言葉を聞いた途端、鈴凛の脳内にたくさん食べてきた美味しいものが浮かぶ。
無性に甘いものが食べたい。
胃の中身は全て応声虫のせいででていってしまった。戦姫のすさまじい食欲の渇望がきて当然だった。
「ここまで我慢したんですよ。もう少しです。今、吸威をとるわけにはいきません」
その考えを遮るように虎頭が言った。
「吸威って何なの」
鈴凛はその押し問答になぜかぞくりとした。
「おまえから応声虫をつかって抜いたもの」
「!」
「この高天原のそこらじゅうにはびこってやがるものさ」
玄武がにやりとした。
「ここの女たちは知らず知らずのうちに、神々を愛する盲目バカになっちまってるってことだよ」
鈴凛はとんでもない言葉が蛇からでてきて絶句した。
「そんな」
ベスはもちろん青蛾も何も言わない。
「おまえここにきた時おかしいと思わなかったか?」
「−−!」
「誰一人、地上へ降りたがってないことに」
「……?」
「誰一人、神々を嫌う奴がいないことに」
「それは……」
「彼女たちは特別に優れているから神に選ばれたわけであって、それを誇りとして」
「ほーう、そういやおまえも特別に選ばれたんだったな?」
玄武がこバカにしたようにケラケラ笑った。
「それはたまたま蘇れる黄泉能力があって」
「甘いもの甘いもの……団子、餅、うどん、あんこ……」
牛満がちゃぶ台へつっぷしてぶつぶつ言っている。
「バカってどういうこと、たしかに青蛾は学舎で一番だったかもしれないけど」
「わたしは甘いものが苦手なんです」
「……?」
「わたしもです」
虎頭がにっこりして言った。
「甘いもの……?」
「甘味—すなわち吸威には中毒性があります、それを耐えず無意識に食べているから気がついていないだけで」
いつもにこやかな虎頭が厳しい表情をしていた。
「そんな……大袈裟な……ただの高天原の砂糖か何かでしょ?」
鈴凛はなんでそれが高天原から脱獄するといったような発想になるのか理解不能だった。
「吸威は神々の明をもとに作られた」
「!」
「高天原の農園で育った作物はみな吸威を含んでいる」
鈴凛ははっとして庭先の佳鹿の墓を見る。
以前佳鹿が言っていた。
ここの砂糖は太らないのよ
葬式にはあんぱんが配られそれを食べていた佳鹿を思い出す。
「!?」
「吸威の問題はそれだけではありません」
「頭に霞をかけ、自分が何者であったかを忘れさせる」
「自分が何者であったか……?」
「甘みを欲することに集中し、本来考えるべきことから遠ざかってしまうのです」
本来考えるべきこと−−
鈴凛はその言葉が妙に気持ち悪かった。
「わたしたちは無意識に、高天原で割り当てられた仕事で働いています」
「……!」
「学舎で適性があり、希望の進路に進んだと思っていますが、それは決められた札から選ばされているのです」
「その札に書かれた役目になって、ここで生きて死ぬために毎日を使っている」
「その札を誰か何のために書いたかも知らずに」
虎頭が高天原で使われている金の小判を取り出した。
「−−!」
「貴方様も同じです」
「わたしが……?」
「戦姫の札を選ばされた」
「そ……れは……」
鈴凛は不穏な気持ちになる。
「戦わされている」
それを聞いた時不快感に変わった。
「あなたたちは八雲の手先なのね?」
鈴凛は玄武をねめつけた。
「わたしを混乱させて、戦姫をやめさせようとしている。戦力をそいで……」
「ちがうわよ。まったく……これだから……そんなわけないでしょ?」
ベスがため息をついたように言った。
「そうだとして」
蛇が低い声で言った。
「おまえは戦姫であることを、望んでないことに、変わりはないだろう」
「−−!」
鈴凛は涙が目頭にぶわっと溜まるのを感じた。
そんなことはわかっている。
この世界は辛くて、悲しくて、どうしようもなく必死に生きなければならなくて、それでも頑張ることをやめることはできない
もっともっと奪われたり、辛い目に遭わないためには—
「そんなことわかってる!!」
「……でもしかたないんだよ……」
「誰もが好きな人生を選べるわけじゃない……」
鈴凛はようやくぽつりとそう言った。
「わたしにはどうしようもない運命で」
そう言ってから、なんで自分は戦姫になったんだろうと思う。
わからない。
あの美東橋で、学校や家でのことが辛くて自殺しようとしたせいなのか
それとも毛利就一郎が私欲で自分を助けてしまったせいなのか
方波見神社で、生命の巫女である未来妃の力を、誓でうばったからなのか
過去世の記憶を持ち続ける母・玲子と八雲の子として生まれてきてしまったせいなのか
どれなのか。
「ばかばかしい……」
考えても仕方ない。
鈴凛は蕎麦に箸を置いて立ち上がった。
「外で何か食べてくる、勝手に脱獄ごっこでもしてなよ、どうせ高天原は今宇宙空間だから出られないし」
「だめです」
朱雀が庭から飛んできて大きな赤い翼を広げた。
「!」
「神々に声を聞かれます」
「声を……聞かれる……」
「それも吸威の作用です」
「!」
「あなたの声を聞かれたら」
「この娘たちは神隠しにあいますよ」
鈴凛はぞっとした。
「神隠しって……」
「こいつらのように吸威の網を抜けたやつは、本来すぐに消されるってわけだ」
「消されるって……」
「白麗衆の顔を見たものは白麗衆にされる」
青蛾が言った。
「昔から高天原にある言い伝えです」
「狗々莉は色々調べすぎていたため、わたしが食事から吸威を抜かせました。このままでは危ないと思いましたので」
「わかったら黙ってここのもんだけ食いな?」
ベスが鈴凛をみやる。
「……百姫様」
虎頭がかしこまって鈴凛を見る。
「わたしたちがここを出たいのは、ここが狂っていて嫌いだから、だけではないんです」
「……?」
「先ほど申し上げました。わたしたちが何者であるか、考えるべきことが何なのか」
「……」
「わたしは地上でのことを、ほんの少しだけ覚えているんです」
虎頭が穏やかに言った。
「!」
穏やかに言ったが、虎頭の目には燃えるような怒りか決意が満ちていた。
「それは−−」
「会いたいのです」
虎頭がはっきりと言った。
「……!」
「わたしの母は、地上にいます」
鈴凛は頭をがんっと殴られたような衝撃とともに、胸が締め付けられる思いがした。
「ここで死にゆく前に、もう一度、母に会いたいのです」
「……」
血のつながった親子なら本来、当然のことだ。
神々によって引き裂かれた親子。母親も失った子を忘れるわけがない。
「……!」
鈴凛はどうしてそんな大切なこともよく考えてみなかったのだろうと考え、思い当たる節がすぐにみつかった。
そして次に今日子と咲が思い浮かんだ。
すでに一体化してしまった、咲の手を見る。
自分は咲の手足を奪った。
今日子はひどく悲しむだろう。
水槽に浸かった手足が失われた咲を思い出す。
今日子はもし娘のそんなことを知れば、どれだけ悲しむだろう—そう思った。
咲に申し訳ないという感情はあまり浮かばなかったが、鈴凛は今日子を思うと胸が締め付けられる思いがした。
今日子の咲に向けられた愛情なら嫌というほど知っている。
「……」
鈴凛にはちゃんと母親がどういったものかよくわからない。実の母親・玲子は鈴凛を何か生命の恐ろしい実験台に使ったし、育ての母・今日子の愛情は途中から咲に奪われてしまった。
「そっか……そうだよね……わたしにはわからないけど……それは……」
きっと母親の愛を知っている人なら、何よりも愛しくて、恋しいのかもしれない。
もう一度会えるのなら−−
「わかるだろ」
いつにもましてベスが厳しい声で鈴凛を見た。
「あんたジャックの母親だったじゃん」
「……!」
その時またあの声が返ってきた気がした。
リリのこと、こっそりママだと思ってたんだ




