45話 秘密の道
無茶苦茶すぎる。わけがわからない。
穴のなかは暗い。しかしぽつりぽつり、玄武がと同じ色の後光がところどころ蛍光塗料のように光っている。水水しくねっちりしたそれは玄武が鈴凛を招くために分泌したのだろう。
穴は急に広くなって、歩ける坑道ほどになった。
罠?
鈴凛は応声虫の気持ち悪さを思い出して、一瞬迷うものの、だから何だというのか。今まで散々投げやりにやってきたというのに。
馬鹿馬鹿しくなって、難しく考えず追いかけることにした。
「玄武!!」
声が穴に反響したが、返事はない。穴はそこらじゅうで横にも上にも下にも分岐していたが、鈴凛は光る玄武の痕跡をたどればよかった。
穴の道はどんどん続いている。
玄武が何者で何を考えているのか知らないが、高天原の花娘の青蛾を下界におろすなんて許されるわけがない。青蛾は宮勤だし、いなくなったことはすぐにばれるだろう。神に選ばれた少女たちが、自ら望んで脱走したとは聞いたことがないが、おそらく脱走の罪は重いのだろうと思った。
玄武は何を考えている?
青蛾は何を考えている?
だいたいあの二人はどこで出会ったんだ??
「まったく何考えて……」
何も知らない玄武と青蛾で、下界でどうやって生きて行くつもりなのだろうか。
青蛾は賢いが、下界のことを何も知らない。……いやそれは玄武も同じだろう、と思い直す。
「だいたい今高天原は宇宙空間だし、下界は第三次世界大戦中で安全じゃない」
−−おっせーぞ!
蛇のほうがふざけて鈴凛を呼ぶ声がした。
「待て!」
鈴凛は急いで玄武リュックを背負った青蛾を追いかけた。
穴は狭く、土が剥き出しである。なるほど、玄武の体では素早く移動できないだろうというのはわかる。
穴は何かが掘ったように広さが均一だった。そして随分掘られてから時間がたち、何度も通ったように表面が滑らかだった。
「それにしても地下にこんなにたくさん通路があったなんて……」
地面の横穴を進んでいく。
上から光が漏れる縦穴がある空間にでた。ハシゴがかけてある。
「あかり……」
足音が上の方でした気がした。
「青蛾!」
鈴凛はそこをよじ登る。
「待って……」
でると美しいタイル張りの床が現れた。
巨大なシュロの鉢植えが穴の横にどかしてある。
カラフルなクッションに、天蓋のついたベッド、散らばった漫画が見えた。
それらは少しだけ埃をかぶっていた。
「−−!」
見覚えのある優曇華のツルが柱に巻いている。
テラスへ出ると、いつかのプールがあった。
ここは湍津姫の天竺館だ。
鈴凛は振り返る。
そうか。あれは湍津姫が堀った穴だったのか−−。
「……」
夕暮れの宝石が輝くプールの水面が揺れて、静かな風を感じた。
はるか昔の記憶が蘇る。
田心姫とこの宝石のプールに入り、カレーを食べた。
戦いは続いていき、人が死んでいくというような話をした。
それも壮大な宇宙の大きさから言えば本当に小さなことだとも
田心姫は湍津姫と市杵島姫の両方を失って、今それでも下界で戦い続けているんだろうか。
何を想って戦い続けるのだろうか。
風が頬を撫でた。
「ねえジャック」
鈴凛はふとそう言った。
マリオの豪邸で、ジャックと一度プールに入ったことを思い出した。
鈴凛は明のせいで体がだるくて、ただプールサイドに座ってスマホをいじりながら、次の予定を確認していた。
何度か水にはいろうと言われたがやんわりと断っていると、ジャックはひとりでワニの浮き輪にまたがってばしゃばしゃとバタ足で水をけっていた。
ローガンは明入りの飲み物を取りにいってくれていた。
急に水音が消えたのでプールを見ると、ジャックの姿がない。
鈴凛は慌てて、すぐに飛び込んで浮き輪のしたの残影へ向かった。
ジャックが水のなかで息を必死に止めて体を沈めよとしていた。
「なにやってるの!」
水から引き上げて、鈴凛はジャックを強くゆすった。
ジャックは遊んでほしくて溺れたフリをしたのだった。
もっとジャックといろんなことができたはずなのに
あんなにまっすぐな目でいつも見てくれていたのに
もっと遊んであげれば
食事を一緒にしてあげれば
抱きしめてあげれば
となりで眠ってあげれば
笑いかけてあげれば
頭をなでてあげれば
何かに気がつければ
戦いから、遠く遠く、逃してあげられていたなら
プールがしんとしていた。
後悔しても、もう遅い。
「……」
−−こっちですよ
屋敷の方から声がする。
以前カレーを食べたふかふかのソファの後ろにあった、花模様と幾何学模様が彫り込まれた壁がぱたりと音をたてしまった。
「ちょっと青蛾ちゃん!」
鈴凛がそこを開けると、また穴があった。
「待って」
鈴凛は湍津姫の秘密の道に入り、青蛾を追いかけた。
「待ってってば!」
−−こっちだ
またあかりが見えてくる。
嗅いだことのあるいい匂いがした。
出汁のいい匂い。
「!!」
漏れるあかりは、押し入れほどの空間に続いていた。鍋やざるがみえる。
小さな木戸から光が漏れていた。
鈴凛はからだをおってそこを開ける。
小さな厨房だ。
みたことのある暖簾と通路に気が付く。
「ここは−−」
そう言えば湍津姫は虎頭のそばを盗み食いしていた。
奥にあるこたつが年中置かれてあった部屋から声がする。
「玄武!」
「あ……」
こたつテーブルに、青蛾、玄武、牛満が座っていた。
テーブルにざるそばや、はじめてここへ来た時、盗み食いした鴨そばも乗っている。
そしてその奥にみたことのある、にやりとした白すぎる歯が目についた。
「ベス−−」
牛満が虎頭のそばをずるずるすすっている。
「んー!おほかった……」
口に含んだままベスが何か言う。
「なんでここに」
「あんたわたしのこと完全に忘れてたでしょう??」
ベスが口の中いっぱいのそばを飲み込むと、はしをこちらにずいずい向けながら言った。
「よくもローガンと寝ておきながら−−」
「おかげで大間違いに気がついただろ?」
「はあ?!」
鈴凛は今までの苦しみが全て返ってきそうになり、掴み掛かりそうになった。
「落ち着いてください」
牛満が止める。
「あまり騒がないでくださいよ」
幼いのに妙に落ち着き払った声がする。
「狗々莉ちゃん……?」
以前自分のことを八十何歳だと言った変わり者の黒人少女である狗々莉と虎頭が盆に乗せたそばを運んできた。
慣れたてつきで、鈴凛の分らしい鴨そばを置く。
「どうぞめしあがってください」
虎頭がにっこりとして言う。
「どうして虎頭さんとアガサちゃんまで−−」
「ちゃんなんてやめてください。以前も言いましたが、わたしはあなたよりは随分年上なんです」
狗々莉が落ち着き払った顔でにっこり笑った。




