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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
17 ほのかな想い
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ほのかな想い Ⅵ



 どこからどう漏れてしまうのか、この吉長の噂は、新人大会の2日後には生徒の間で取りざたされ、さすがに噂に疎い遼太郎の耳にも入ってきた。

 噂には尾ひれがつくものだが、救急車まで出動したというから大事には違いない。



 あの夜のみのりはそれに対処した帰りで、緊迫から解放されて泣いてしまったのだと解って、遼太郎は心が痛んだ。


 泣いたときのみのりの震えの記憶が甦ってきて、遼太郎の体は痺れるように硬くなった。


 そして、あのきれいな涙を思い出すたび、胸が突き上げられる。

 泣き顔の美しさを見て、もちろん愛しさは募るが、それ以上に、もうこれ以上泣いてほしくないという庇護の思いも強く感じた。



 それでも、あの時みのりは、自分に会って安心したから涙を見せたのだと思うと、遼太郎は却って嬉しさのような感覚を覚えた…。




 金曜日の朝に、みのりは遼太郎のタオルを返してくれた。木曜日はみのりの初任者研修で、会えなかったからだ。



「返すのが遅くなって、ごめんなさいね。」


「いえ…。」



 遼太郎は会釈をしながら、それを受け取った。そのタオルを見て、それを使ったときのことを連想し、吉長のことに思いが及んだ。



「あの日は、箏曲部の大会で大変なことが起こってたんですね。」



 遼太郎が考えた面接の返答に目を通し始めていたみのりが、驚いたように目を上げた。



「…生徒の間で噂になってる?」



 険しい顔のみのりに、遼太郎も神妙になって答えた。



「と思います…。俺の耳にも入ってくるくらいだから。」


「そう…。」



 みのりはその口調に、心配を漂わせた。



「あの…、前に先生が調子悪そうって心配していた生徒ですか?」



 おっと鋭いな…というふうに目を丸くして、みのりは遼太郎を見つめたが、すぐに目を逸らし、



「ごめん。それは、たとえ狩野くんが相手でも、言えないんだ…。私たちには守秘義務があるから。」



と、申し訳なさそうな素振りを見せた。




 そう言われて、遼太郎も首を振る。



「いや、すいません。俺も余計なこと訊いて…。」



 恐縮した遼太郎に、みのりはニコリと笑顔を見せた。



「ううん、心配してくれて、ありがとう。」



と言いながら、再び面接の返答に目を移した。




 遼太郎が考えてきた返答の内容は、資料の成果もあって、現実的で随分良い内容になっていた。


 遼太郎が書いてある内容を受けて、みのりがそれを膨らませる。

 こういうふうにも言える、ああいうふうにも考えられると、付け足したり削ったりしていくと、随分内容の濃いものになっていった。



 以前みのりは、進路指導は詳しくない…と言っていたはずだが、それはかなり謙遜していると、遼太郎は思った。



 この日全部に目を通すことは出来なかったのだが、みのりの添削が終わったものをもう一度まとめなおして、面接で答えられるように練習しなければならない。



「お芝居のセリフのように覚えてたら、一つ飛んじゃうと全部出てこなくなるよ。これとこれとこれを言う…というふうに、要点を押さえて覚えておくことが大事だから。あとは、あいまいなことは言わずに快活に、語尾までしっかりとした口調で、失礼な言い方にならないように、気を付ければバッチリよ!多分、その辺は狩野くんだったら大丈夫だと思うけど…。ね?」



 そう言ってみのりが励ますと、遼太郎は黙って何度も頷いていた。



「面接の練習は、何度もやってて損はないよ。後々、就職活動でも役に立つからね。」


「そうか…、就職活動も…。」



 どちらかというと、入試よりも就職活動の面接の方が、重要で切実な問題だ。

 遼太郎は、今はまだ考えてもいなかったが、そう遠くない将来、必ず訪れる就職活動のことを持ち出されて、息を呑んだ。



「就活する頃の狩野くんは、もう大人になってるけど、どんな風になってるんだろうね。どんな仕事をしようと思っているのかなぁ…。」



 みのりにそんなふうに言われて、遼太郎は自分の将来の希望に胸を弾ませるよりも、言いようのない不安がその胸を去来した。



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