ほのかな想い Ⅴ
みのりからのメールを受け取った遼太郎は、嬉しいような恥ずかしいような、もどかしい気持ちになった。
嘘をついていたのをバレていたことは、恥ずかしいけれども、みのりがそれに気づいて「ありがとう」と言ってくれたことには、浮き立つような喜びを感じた。
本当はみのりが家に帰ってドアに鍵をかけるところまで見届けたいと思っていたが、さすがにそこまでは出来なかったので、無事にみのりが帰宅していたことにホッとしていた。
『先生が無事に帰宅してて、安心しました。先生も明日早くなるけれど、よろしくお願いします。今日はゆっくり休んでください。』
ドキドキとする胸の鼓動を伴いながら、遼太郎はメールを打った。打ち終わるとスマホを置き、机へと向かう。それから満たされたため息をつくと、明日の個別指導のために面接の返答を考え始めた。
時間を置かずに着信音が鳴って、みのりは携帯電話を開いてみる。自分を気遣ってくれる優しい内容のメールを受け取って、みのりはまたしばらく、切ない心の痛みと闘わなければならなかった。
次の日、吉長への対処について、緊急の職員会議が開かれた。
生徒が問題を起こした後の処分を決める職員会議は、いつも緊迫した空気が漂うが、今回はカンニングや喫煙、万引きといったよくある事例ではないので、いつもにもまして重苦しい。
生徒が妊娠してしまうことは、高校ならばたまにあることではある。しかし、その場合も、出産前に退学してしまうのがほとんどだ。
今回のように、在学時にしかも学校生活の場で状態が悪化し、そのまま出産してしまうなんて、管理職にとっても初めてのケースだったようだ。
吉長は、ぽっちゃりしているせいもあって、周りの誰もが妊娠に気が付かなかった。
相手は他校のやはり高校2年生で、その男の子も吉長が妊娠していたことは知らなかったようだ。突然突きつけられた現実に、相手も戸惑い、産まれ出た赤ちゃんのために結婚などは到底考えられない…ということだ。
また、吉長はその体形ゆえに妊娠高血圧症候群いわゆる妊娠中毒症になっていたらしく、その合併症として常位胎盤早期剥離を引き起こしてしまったらしい。
みのりは、同じ女性の体のことだけれども、自分には妊娠の経験がないので、どうしてそんなことになるのかさえも解らなかった。
職員会議の議題は、吉長の処遇をどうするか…ということだ。
吉長の件は、不純異性交遊という範疇では収まらないし、通常妊娠した生徒は退学をするというのが、今までの事例らしい。
吉長もその両親も、今はとりあえず休学し、落ち着いて体調も元に戻ったら、復学したいと望んでいるらしかった。
しかし、管理職の意向は「退学ありき」という感じで、吉長の退学処分は決まりつつあるかに思えた。
――ちょっと、待って!
クラス担任も何も異を唱えないので、みのりは焦った。このままでは、本当に吉長は退学になってしまう。本人が復学を望んでいるにも関わらずに。
「待ってください。」
みのりは手を挙げた。
これまで教員になってから、幾度となく職員会議には出席してきたが、ただそこにいるだけで、賛成か反対かの挙手をする程度のことしかしてこなかった。
だけど、この日のみのりは吉長のために、初めて職員会議で発言をしようとしていた。
「あの…。これまで妊娠して退学していった生徒たちは、自主退学という形だったと思います。吉長さんは本校で勉学を続けたいと望んでいるわけですから、彼女が相手の方と正式に結婚をする…と言っても18歳になるのを待たねばなりませんが…。または産まれた赤ちゃんをご両親の養子にするなどの法律的な対処がきちんとなされれば、復学も認めるべきではないかと思うのですが。」
会議室の中に、ざわめきが起こる。校長や教頭も、顔を見合わせて困惑の色を浮かべた。
みのりはまだ足りないとばかりに言葉を尽くして、さらに説得攻勢にでる。
「子どものいる人は、高校で勉強する機会が与えられないのですか?結婚して子どものいる人が、高校受験をして入学することは可能なはずです。それに、命の尊厳という視点からも、今回のことを退学という形で切り捨てては、他の生徒への教育上も、プラスにはならないと思います。」
会議の間中、自分の中で渦巻いていた意見を切々と述べると、みのりはストンと腰を下ろした。
管理職をはじめ職員の間に、シーン…と沈黙が流れる。
それから、クラス担任、2年部の学年主任も、みのりの意見に肯定的な主旨の発言をした。
管理職は、うーん…と頭を捻っていたが、もう一度管理職と生活指導部の主任と学年主任を交えて、話し合いが持たれることになった。
――『やっぱり退学…』という結果にならなければいいけれど…。
そんな一抹の不安はあったが、今はとりあえず退学の危機は回避できたと、みのりは少し胸をなでおろした。




