ほのかな想い Ⅶ
今のみのりと同等に並ぶためには、ちゃんとした職業に就いて一人前になっていなければならない。そうでなければ、自分はみのりから〝一生一緒にいられる人〟として見なされないだろう。
そのためには、今から自分は大学へ行き、それから就職しなければならない。これから四年以上もの年月が必要だ。
その間、みのりがずっと独りでいるとは限らない。年齢的にも、周りから結婚を急かされている状況からも、自分が大学へ行っている間に、みのりが結婚してしまう可能性はとても濃い。
何よりも、こんなに綺麗で気立てのよいみのりを、周りの男たちが放っておくはずがない。
今、遼太郎の目の前には、成さねばならないことが沢山あり、またそれが遼太郎にとってはとても大きなことなので、そんな将来のことにまで思いが及ばなかった。今の自分を、みのりに認めてもらいたいばかりだった。
だけど、それだけじゃダメなんだと、この時遼太郎にははっきり分かった。
焦りのような悲しいような、何とも言えない不安な気持ちが顕れた目で、遼太郎がみのりを見遣る。
「そんな顔しなくても、就活する頃の狩野くんは、今よりもずっと成長してて、しっかりした大人になってるから、心配しなくてもいいと思うよ。そのためには、大学での時間をどう過ごすかだよね。でも、大丈夫。狩野くんはきっと、いい意味ですごく変われると思う。」
みのりのいつもの励ましと背中を押す言葉に、少しは癒されはするが、みのりのことに関する不安は払拭されない。
「…私は、あと3年はこの学校に勤務して…、狩野くんが大学を卒業するときは他の高校に転勤してるけど、きっと今と同じことしてるわね。変わりたくても変われないというか…。もっといい先生に成れていればいいけど、歳は確実に取るから、オバサンにはなってるわね。」
遼太郎を笑わせようと、みのりは自虐的なことを言ってみたが、却って遼太郎は不愉快そうな顔をした。「あれ…?」と、みのりも表情を曇らせる。
「先生は、オバサンなんかになったりしません。」
遼太郎は断言する。みのりは、目をパチパチと瞬かせた。
「何でそんなふうに言えるの?4年たったら、私34歳になってるのよ?」
それはみのりの単純な疑問だった。
「オバサンというのは、年齢でなるものじゃないと思います。俺のクラスの女子でもオバサンみたいなヤツはいるし。」
目を丸くして、みのりは感心した。
「すごいわ!狩野くん。それ、的を得てる!『ヤツ』なんて、女の子に言っちゃあいけないけど。」
「それに…」
と、遼太郎は言いかけて言いよどむ。
「それに…?」
もっと遼太郎のオバサン論を聞きたくて、みのりは腕組みをして身を乗り出した。
「それに…、先生はそんなに綺麗だし、とても可愛いし……」
言いながら、遼太郎は急に顔に血が上っていくのを感じた。「だから、オバサンにはならない」と続けたかったが、言葉の途中で、息が苦しくなって口をつぐんだ。
こんな遼太郎の褒め言葉を、いつものみのりならば、「お世辞が上手ね」と軽く受け流していたけれど、この日のみのりは敏感に反応した。
「か、可愛い……!?」
と、遼太郎の言葉を繰り返して、腕組みをしたまま固まって赤面する。
遼太郎の口から「可愛い」と言われたことを、年甲斐もなく妙に意識してしまった。
これまで男子生徒に「綺麗だ」とは言われたことは何度もあるような気がするけれど、「可愛い」と言われたのは、初めてかもしれない。他の男子生徒そう言うのであれば、「ありがとう」と流してしまっていたと思う。
でも、遼太郎がそんなふうに思っていたなんて……。
みのりは自分が遼太郎の目にどんなふうに映っているのか、突然気になり始めた。
みのりに反復されて、遼太郎は自分が言ったことを再認識する。言葉を最後まで続けなかったから、却って違った意味にも取れそうだ。これでは告白しているのと、あまり変わらない。
抱えきれず今にも溢れ出しそうなほどの自分の気持ちを、みのりに知られても構わないとも思ったが、まだ今の状態では優しく拒否されるのは、火を見るよりも明らかだ。
それでも、今まではこんなことを言っても無関心だったみのりが、このように反応してくれたことは、遼太郎の期待感を大きなものにした。
キーンコーンカーンコーン…
視線を絡ませて赤くなっている二人の間を、職員朝礼の始まるチャイムが鳴り響く。




