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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
17 ほのかな想い
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ほのかな想い Ⅷ




「あっ!いけない。もう時間?」



 みのりが反射的に立ち上がると、膝に載せていた遼太郎のノートを落としてしまった。

 とっさに二人が同時に手を伸ばして拾い上げようとしたところ、お互いの頭が、


ゴチン!


と、ぶつかった。



「…ったぁ…。」



 みのりが額を片手で押さえる。



「先生!大丈夫ですか?」



 心配そうに、遼太郎がみのりを覗き込む。遼太郎の顔が近づいて、みのりは露骨にうろたえた。



「…だ、大丈夫よ。狩野くんこそ、大丈夫?」


「俺はこんなの。石頭だから。先生、どこ打ちました?見せてください。」


「いや、私も大丈夫だって。」



と、みのりが言うにも関わらず、遼太郎はみのりが自身の手で額を押えているのをずらして、額の髪をかき分け、打ったところを確認した。



「ああ、赤くなってます。たんこぶ出来るかも…。すいません…。」



 みのりは遼太郎のその行為に驚いて、痛みもどこかへ吹っ飛んでしまった。



「本当に大丈夫。狩野くん、心配しすぎ。」



 そう言ってみのりが笑うと、遼太郎はハッとして手を引っ込めた。自分のしていたことに気がついて、恥ずかしさが遼太郎の足元から駆けあがってくる。




「私の方こそ、ごめんね。ドンくさいの、狩野くんに付き合わせちゃったね。」



 みのりは遼太郎のノートを拾い上げて、手渡しながらもう一言付け足した。



「それに、私はもう〝可愛い〟って歳じゃあないわ。」



 ちょっと寂しそうな笑顔を残して、職員室へ足を向ける。


 いつもの遼太郎ならば、このままみのりの後ろ姿を見送るのだが、今日の遼太郎は意を決して追いかけた。



「先生。」



と、職員室へ入ろうとしていたみのりの横に立つ。



「先生は本当に可愛いです。顔とか見た目だけじゃなく、…その、先生の言う『ドンくさい』ところとかも。」



 みのりは驚いたように目を丸くしていたが、遼太郎はそれだけ言うと、その後のみのりの反応を確かめることなく走り去り、教室へ向かう階段を駆けあがった。



 まるで「好きだ」と告白をしてしまったみたいに、心臓がバクバクと跳ね上がっている。



 でもいつかは、もっときちんと自分の気持ちを伝えなければならない日が来る――。

 その時は、いったい自分はどうなってしまうんだろう…と、遼太郎は大きな息を吐きながら、教室へ入るために必死で気持ちを落ち着けた。




 その日の日本史の授業は3限目だったので、そのころには幾分遼太郎の気持ちも落ち着いていた。



 教室へ入ってきたみのりは、いつも通りの様子で、遼太郎の方を意識することもなく、前方に座っている生徒と二言三言談笑をしてから、授業を始める。



 真剣な表情で説明をし、板書をし、時には面白いことを言って生徒を楽しませ、自分も心から笑うみのりを、以前の遼太郎は尊敬の念で見つめていたが、今は愛しい思いの方が強い。


 みのりは仕事もでき、確固たる自分の意見を持っている自立した強い女性だ。その反面、自分が側にいて守ってあげなければならない…遼太郎がそう思ってしまうような、そんな儚さをみのりは併せ持っている。



 授業をする心地よいみのりの声が遼太郎の心を洗い、みのりの可憐な姿に遼太郎が見とれていると、いつもあっという間に授業は終わってしまう。



 授業が終わって礼をした後、おもむろに二俣が教壇へと歩み寄って、声をかける。



「みのりちゃん、明日はなんも予定ない?決勝戦、応援に来てくれる?」


「もちろん行くに決まってるじゃないの!約束したでしょ?」



と、みのりは明るい笑顔を見せた。



「明日は、私だけじゃないわ。他の先生たちもたくさん応援に行ってくれるよ!」


「ええっ!?マジで?」



「そりゃそうよ。決勝戦だもの。芳野高校がここまで勝ち上がれるのは、快挙だって、職員室でも話題になってるしね。」



「『快挙』だって!?それって、俺らがもっと弱いと思われてたってこと?俺は、ここまで来れたのは当然だと思ってるし、明日だって勝ってみせるぜ!!なっ!?遼ちゃん!」



 決勝戦までくる過程で、結構危ない試合もあったように思われるのだが、いつも自信満々の二俣は、いつものように遼太郎に同意を求めた。


 今朝のことがあって、みのりの傍に行くのは気恥ずかしい遼太郎だったが、二俣に呼ばれたので、肩をすくめて頷きながら二俣の隣へと来た。



「負けると思ってする試合なんてないから、頭の中には勝つことしか考えられないし…。」



 遠慮がちに、みのりとは目を合わさないように遼太郎が言う。

 さすがに遼太郎は、二俣のように「絶対に勝つ」とは言い切れない。それほど、都留山高校の強さは絶大だった。



 それでも、みのりはそんな二人の武勇を鼓舞する。



「おお!頼もしいね。明日はきっと最高のプレーを観させてもらえるのを、楽しみにしてるよ。…あっ、と…ごめん。もうちょっと話してたいけど、次1年生の授業が入ってるから…。」



 みのりは急いで授業道具をまとめ、足早に教室を出ようとした。戸口のところで、



「衛藤くん!明日の試合、頑張ってね!!」



と、衛藤へ声をかけると、衛藤は驚いて顔を赤くし会釈をした。



 遼太郎がみのりを目で追って、出ていった戸口の方を見遣っていると、



「遼ちゃん。みのりちゃんが、これ、忘れてるぜ。」



と、二俣が教卓に残されたチョークケースを指差した。


 遼太郎はとっさにチョークケースを掴み、みのりの後を追いかける。



「先生!これ、忘れてます。」



 階段を降りかけているみのりを呼び止める。振り向いたみのりは、今朝の時と同じように驚いた顔をしていたが、遼太郎の手にあるチョークケースを見て、恥ずかしそうに首をすくめた。



「また、やっちゃった…。よく忘れちゃうの。ありがとう。」



 そう言って出された手に、遼太郎はチョークケースを載せると、会釈をして踵を返した。



「狩野くん!」



 とっさにみのりが遼太郎の後ろ姿を、大きな声で呼び止めた。今度は遼太郎が驚いて振り向く番だった。




「あの…、明日。頑張ってね…。」



 先ほどの衛藤にかけたのと同じ言葉だったが、耳に響く声色も込められている意味の重さも、全く違っていた。


 お互いの視線が絡んで、遼太郎はゆっくりと頷く。



「はい…!」



 その決意を秘めた闘志ある表情に、みのりの心は呼応し、その頼もしさに笑顔がこぼれた。



 みのりが自分だけを見て花が咲くように笑ってくれたので、遼太郎の心は安堵感で満たされた。

 今朝、自分が言った言葉を、みのりが受け入れてくれているのだと確信した。それでなければ、こんなふうに可愛らしい笑顔を見せてくれるはずがない。



 みのりが足早に階段を駆け下りていった後も、遼太郎はしばらくその場で、みのりの笑顔を噛みしめていた。

 目を閉じ、その笑顔を心に貯めると、明日の試合で遼太郎が躍動するエネルギーとなった。





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