ほのかな想い Ⅰ
遼太郎は、昨日の終礼の時と今日の朝礼の時に、みのりからの資料の束を受け取った。昨日の分は進路指導室の資料が中心で、今日の分はネットで集めた資料が主だった。
『今日の日本史の授業は、私がいないので、皆にはDVDを見てもらうんだけど、狩野くんは、その時にこの資料の分析をしてもいいよ!面接での質問を頭に置いて、目を通してね。
使いたい部分には、必ずチェックを入れておくこと!今日までに集められた資料はこれだけしかないけど、追って見つけられたら、また渡すね!』
今日の方の分に、そう走り書きしてあった。
今日は個別指導もないし授業も他の先生が監督にくるはずなので、みのりには会えないけれども、急いで書いたと分かるこの文字にみのりの息吹きが感じられて、遼太郎の心があったかくなる。
読むだけで一苦労しそうな量の資料を、短時間で集められるみのりの能力に、遼太郎は改めて舌を巻いた。
先週、あっという間に新聞記事を見つけられたことといい、忙しいにも関わらず授業の合間を縫って、自分の為にここまでしてくれることに、遼太郎の心の中には申し訳なさと淡い期待が入り交じった。
淡い期待――。それは、みのりも密かに自分のことを想ってくれているのではないか…ということ。
遼太郎自身がこんなにまでしてあげたいと思うのは、好きだと思う相手、すなわちみのりだけだからだ。
…しかし、遼太郎は昨日のダメ出しのオンパレードを思い出して、ガックリと肩を落とし、その甘い妄想を否定した。
あれは、どう考えても、〝好きな男〟に対する態度ではない。
――あんなんじゃ、いい男には程遠い…。
日本史の時間、皆は視聴覚室に移動し、日本史の浜田先生の監督のもと、皆は「検証、桶狭間の戦い」という番組を録画したDVDを見始める。
深いため息を一つ吐いて、遼太郎もみのりが集めてくれた資料を開いて読み始めた。
今度の週末には、いよいよ都留山高校との決勝戦がある。ラグビー部が決勝戦まで勝ち進むこの快挙に、にわかに学校も沸き立っていた。
練習で使う第2グラウンドやいつも試合で使う野田原競技場のように、土のグラウンドではなく、緑の芝で覆われた立派な県営競技場で決勝戦は行われる。
あの緑の芝の上を縦横無尽に駆けまわれたら、どんなに気持ちいいだろう。遼太郎の心は、それを考えただけでも浮き立つようだった。
十一月も下旬ともなると、夜はかなり冷え込むようになる。自転車のハンドルを握る手がかじかんできて、「もう手袋が必要だな…」と、遼太郎は思った。
部活の後の空腹に耐えかねて、駅裏のコンビニでおにぎりでも買おうと思い立つ。通学路をはずれて芳野駅の方へと進路を変えた。
おにぎりを一つ手に入れ、店先のごみ箱に外装フィルムを捨てて、かぶりつく。おにぎりをくわえたまま、ハンドルを取ってコンビニから走り出たところで、向こうから歩いて来る一人の女性に視線が釘付けになった。
「会いたい」と思いすぎて、幻でも見ているんじゃないかと、遼太郎は自分の目を疑った。夜の8時半になろうかというこんな時間に、こんな場所にみのりがいるはずがない。そう思いながら、声をかけてみる。
「…先生?」
聞きなれた声を聞いて、みのりは目を上げた。
「…ああ、狩野くん。」
思いかげないものを見たような表情を、みのりも浮かべる。いつもの快活な表情ではなく、憔悴と言ってもいい疲れが見て取れた。
「今、部活の帰り?」
みのりは、ほのかな笑顔を遼太郎に向ける。
「はい。」と応えながら、遼太郎は残りのおにぎりを口の中へ押し込んだ。それを見たみのりは、
「こんな時間まで頑張ると、さすがにお腹がすいちゃうよね。」
と、微笑みを濃くした。
口の中のものを飲み下しながら、遼太郎は恥ずかしそうな顔をした。
「先生は?筝曲部の大会って、こんな遅くまであるんですか?」
遼太郎のこの問いに、スッとみのりの微笑みが消える。
このみのりの些細な変化を見逃さなかった遼太郎は、訳は分からなかったが、訊いてはいけないことだったと勘付いた。
「…うん、大会は3時過ぎには終わったんだけど…、その後……いろいろ、あって……。」
事情を説明していたみのりの声が徐々に震えて、ついには途切れてしまった。
とっさにみのりが自分の震える唇を押えると、涙が両目から零れ落ちた。
それを見た遼太郎は、自転車にまたがったまま雷に打たれたように硬直した。
動揺が遼太郎の体の中を駆け巡り、寒いにもかかわらずハンドルを握る手のひらはじっとりと汗ばんだ。
ごくりと唾を呑み込んで、必死で体の緊張を解く。
「…すみません。俺…。」
なぜみのりが泣いているのかは解らないが、自分の一言で泣いてしまった責任を感じて、遼太郎は謝った。
謝られて、みのりは「違う」と言うように首を横に振ったが、意思に反して涙は止まるどころではなく、あとからあとから流れ出してくる。




