一大事 Ⅶ
吉長には無事でいてほしい。出来れば赤ちゃんも。
手術が終わるのを、みのりはただ祈りながら待ち続けた。
胎盤剥離になれば、胎児に必要な酸素や栄養が届けられなくなるので、危険な状態になるのだろう。だから、一刻も早く帝王切開して赤ちゃんを出してあげなければならない。
だけど、これまで検診に一度も行ったことがないので、赤ちゃんが健康に育っているのか確認が取れていない。また、正確な妊娠期間が判らないので、取り出した赤ちゃんが未熟の恐れもある。
みのりは今の吉長の状況を、そのように到着した教頭とクラス担任に説明した。
一人で対処する状況ではなくなって、みのりはちょっとホッとしたが、吉長の手術はまだ終わっておらず、張りつめた気持ちは変わることがなかった。
そうしている内に、吉長の両親も駆けつけて、もう一度、みのりは状況を説明する。
娘が知らない間に妊娠をしていた上に、命の危険も伴うような状況になってしまっていることに、両親とも相当な衝撃を受けているようだった。
呆然としているような表情は、かろうじて事実のみを認識しているだけのようで、現実を受け入れられているわけではないようだ。
みのり自身も、真面目な生徒が多い芳野高校の中でも品行方正な生徒ばかりの筝曲部の子が、まさかこんな事件を起こしてしまうなんて、想像さえしたこともなく、衝撃を隠せなかった。
「吉長さんは、あんな体で辛かったでしょうに、大会では1年生を引っ張って、立派に演奏してくれました。」
慰めになるとは思えなかったが、吉長の両親にはそう言って、吉長が頑張り屋でとてもいい子だということを伝えたかった。
命の危険は別として、手術自体はそう難しいものではないらしく、それからそう時間を待たずに手術は終わった。
吉長もお腹の赤ちゃんも、無事だった。
それを知った時、みのりは一気に脱力するかと自分でも思っていたが、まだ神経が高ぶっている感じがあり、体の芯の方に緊張が残ったままだった。
今後のことについて、これから教頭とクラス担任と両親とで話し合われることになり、ずっと吉長に付き添っていたみのりは、これで帰宅してもいいことになった。
と言っても、みのりは救急車でここまで来ていたので、帰るためには鉄道を使うしかない。まだ、夜の7時過ぎだったので、教頭とクラス担任を待つことなく、先に帰らせてもらうことにした。
病院からタクシーに乗り込み駅へと向かうと、ちょうど芳野方面への列車が出るところで、なんとかそれに乗ることができた。これから1時間弱で、芳野駅には到着する。
みのりは座席に座り、ふっと息を吐いた。息は吐いたが、まだ心は硬く、気持ちも強張ったままだった。
事はこれで終わったわけではなく、実質これからの方が問題は大きい。
母親になってしまったとはいえ、まだ17歳の吉長は、当然自分の力で育てられるはずがない。相手が誰なのか、という問題もある。
学校は続けられるのだろうか、それとも中退せざるを得ないのだろうか…。
これからの色んな不安が、みのりの中に渦巻き始めた。
何よりも吉長の異変に気づきながらも、〝妊娠〟という事実に気が付かなかった自分の不甲斐なさを、みのりは自責した。
もちろん、吉長も気が付かれないようにしていたわけだけど、それでも遼太郎を見守るように見ていてあげていたら、きっと気づけたはずだ。
それに、何度も相談できる状況を作ってあげていても、吉長が打ち明けてくれなかったことに、みのりは自信をなくしていた。
みのりはさすがに疲れ果て、しばらくすると考えることさえできなくなり、ただ列車の車窓を流れる遠い町の灯を眺めることしかできなかった。




