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第十二話  ようこそ冬休みさん①

 ついにこの日が来てしまった、俺の大事な冬休みをかけた期末テスト初日が。

 期末テストの実施が発覚してから一週間、自分でもよく勉強したと思う。

 勇吾が作ってくれた問題集でなんとか良い点が取れ、少し自信がつき勉強も捗った。


 毎夜繰り返される俺の部屋での勉強会、絵梨ねぇによる過度のスキンシップでこれまた毎夜定番になった藤崎家の兄弟喧嘩。

 兄貴、絵梨ねぇ、勇吾、今日まで俺に付き合ってくれてありがとう。みんなのお陰で俺は優雅な冬休みを過ごせそうです!




 「どうしたニヤニヤして、もう冬休みの計画立ててたのか?」

 「それもあるけど、今日までの勉強会を振り返ってた。勇吾と絵梨ねぇ毎日喧嘩してたなって。」

 「そりゃあ不真面目な姉貴に腹が立ったからな。」


 絵梨ねぇは常に俺の隣に座っていたがベタベタ体を触ってくるし、俺の腕に胸を押し付けてきたりとセクハラの嵐だった。


 「毎日体の至る所を触ってくるし、肩を抱いた手がいつの間にか腰まで来て撫で回してくるからな。」

 「ったく武志君の前で恥ずかしかったよ。」

 「俺腰とか背中弱いから、触られてる間集中出来なくてまいったよ。」

 「なんだその前振り、ここら辺か?」

 「んあっ。」

 「はは、見事な弱点だな。」

 「さ、触んなよっ!弱いって言ってるだろ。それになんで男に触られなきゃないんだよ!」


 女にベタベタ触られるのもなんか嫌だけど、男に無闇に触られるのはもっと嫌だな。


 「だって今の触れって事じゃなかったのか?」

 「んな訳無いだろ、男が男に触らせるなんてどんな変態だよ!」

 「今は女の子だけどな~。」


 やっぱり言われた!いつも最後はその一言で片付けようとする。

 俺だって好きで女の子になったんじゃないぞ!


 「ぐぬぬっ、やっぱりお前ら兄弟だな!人の体をベタベタ触りやがって!」

 「人聞きの悪い事言うなよ。背中を少し触っただけだろ?」

 「うるさい!乙女の柔肌をなんだと思ってんだぁぁぁ!」

 「いや、あのね歩くん声が大きいって。少し落ち着こうか?」

 「落ち着けるかっ、この変態がっ!」


 俺の叫びに近い一言で、周りを歩いていた人達は何事かとこちらに振り返った。

 いや、すれ違う男の人達はずっと俺を見ていたが今はそんな事どうでもいい。

 男性達は勇吾に敵意剥き出しで睨み付けその内の何人かは俺達の所に向かって来た。



 「おい!お前この子に何したんだよ?」

 「い、いや、何もしてませんけど。」

 「そんな訳無いだろ!じゃなかったらこんな可愛い子が悲鳴なんて出さないだろ?」

 「まぁ、確かに可愛いですけど。」


 こいつこの状況でよくそんな事言えるな、ある意味尊敬するよ。


 「こいつ認めやがった!やっぱ何かエロい事しやがったんだ!」

 「そんなエロい事してませんよ。」

 「黙れ!中学生だからってエロい事して許されると思うなよ!」

 「そうだそうだ!こんな可愛い子にエロい事するなんて、警察に突き出してやる!」


 何でみんなそんなにエロエロって連呼してんの…?

 なんか聞いてて気持ち悪くなるんですけど。

 それに警察とかちょっと大袈裟じゃないか?



 「はぁ~、全く今の自分の立場理解してやってんのかよ。」

 「何ブツブツ言ってんだよ、誰か早く警察に連れていけよ!」

 「お前が連れていけよ!」

 「そっちが言い出したんだからお前が行けよ!」

 「なんだとっ!」


 な、なんだか今度は揉めだしたぞ、今の内にコッソリ逃げちゃおうかな。

 多分勇吾も同じ事考えてる筈だし、ってもう居ない!

 俺の事置いて一人で逃げたのかよ~!


 「おい、さっきの中学生逃げたぞ!」

 「お前らが下らない争いしてるからだ!」

 「だから俺は早く警察に連れて行けっていったのに。」

 「だったらお前が連れて行けば良かっただろ!」


 また揉め始めてるしなんなんだこの人達は、それより俺もヤバそうだから早く逃げないと。


 俺は男達が言い争ってるのを見計らって逃げようとしたら、何故かみんな合わせた様に一斉にこちらを向いた。


 「朝から危なかったね、大丈夫だった?」

 「ええ、みなさんありがとうございます。それでは…。」

 「君可愛いね、名前なんて言うの?」

 「いや、その、名乗るほどの者ではないですよ。」

 「え~、教えてよ~!じゃあ携帯番号は?」

 「いや、携帯は持ってないです。」


 うわぁ、なんか今度は俺が囲まれ始めたし。

 それに名前教えないのに携帯番号教える奴どこに居るんだよ!


 俺ってもしかしてナンパされてるのか?男が男をナンパなんて気持ち悪い事すんなよ!

 でも今は女の子なんだ…、このままここに居るのはマズイ気がする。


 「そうだ、またさっきの奴に会わない様に俺が学校まで付き添ってあげるよ!」

 「いやお前じゃもっと危険だから俺が。」

 「俺なら近道知ってるから俺と行こうよ。」


 近道って、この道をほぼ真っ直ぐ行けば学校なのにこの人は何処に行くつもりなんだ?

 みんな俺を見る目が気持ち悪い、なんか舐め回す様に見られてる気がする。


 どうする?走って逃げるか?

 でも完全に包囲されてて逃げ出す隙間もないし…。


 こんな時いつも勇吾が助けてくれるのにどこ行っちゃったんだよー!

 って俺のせいで逃げなきゃなかったのに今度は助けを求めるなんて勝手過ぎるよな。


 「ほら、早く行こうよ。」

 「えっ、ちょっと待って!」


 周りを囲むように居た男の一人がいきなり腕を掴み引っ張りだした。

 近道と言っていたくせに学校とは反対方向に行こうとしており流石に身の危険を感じ始めた。


 さっきまで我よ我よと言い争ってたのに男達はみんな揃って歩き始め、俺は引き摺られるように通りから入った路地の方に連れて行かれそうになった。


 周りに助けを求めようとしたが男達は俺より背が高く、すっかり囲まれていて他からは俺が見えなくなっていた。



 「こっちから行くと学校近いよ~。」

 「そんなの嘘だ!誰か助けて!」

 「助けてなんて酷いなぁ、さっき俺達が助けてあげたじゃん。」

 「そうだよ、助けてあげたんだからちゃんとお礼して貰わないとね。」

 「お礼ってなんだよ、離せってば!」


 力一杯抵抗するもしっかりと掴まれた腕は振り解く事が出来なかった。

 そうこうしてる間に俺は通りから入った路地裏まで連れてこられてしまった、男達は嫌がる俺の姿を見て薄ら笑いを浮かべていた。


 「この子中学生だろ?その割に胸大きいよな?」

 「あぁ、そうだな。」

 「楽しみだな、ひひひ。」


 コソコソと話をしているのが聞こえ背筋に冷たいものが走った、これから何をされるのか分からない訳ではなかったので余計恐怖を感じた。

 恐怖で体が強ばり歩く事もままならず、息苦しさもあったが俺は絞る様に声を出した。


 「は、離せよ…。」

 「この子まだ言ってるよ、ここまで来れば殆ど人通りも無いから諦めろって。」

 「助けて…。」

 「しつけーな、いい加減にしないとお兄さん怒っちゃうよ?」


 「た、助けて勇吾ーー!」


 「だからしつけーんだよっ、黙れって言ってんだよ!」


 叫んだのが気に食わなかったのか腕を掴んでいた男は拳を振り上げた、俺はこれから味わう痛みと恐怖で目を閉じた。

 俺があんな所で騒がなかったらこんな事にならなかったのに。


 今更だけどゴメン勇吾ー。




 「あらら良いのかな~?いい歳したおじさんが女の子に暴力なんて。」


 突如背後から聞こえてきた声の方を振り向くと、そこに居たのは勇吾だった。

 飄々とした言い方だったが怒りが籠っているのが分かった。



 「勇吾っ!」

 「全くこんな所で何やってんだよ、なんで逃げなかったんだよ。」

 「だって無理矢理に。」

 「だろうな、悪かったな一人置いてって。」

 「ううん、そんな事ない!俺の方こそゴメン!」


 勇吾の顔を見た瞬間、恐怖から一転俺は安堵して涙が出そうになった。

 しかし安心するにはまだ早かった、体格差は余り無いものの勇吾一人に対して相手は複数で誰が見ても男達の方が有利だった。


 「さっきのエロ中学生じゃん、お前も混ざりに来たのか?」

 「おっさん朝から寝惚けてんのか?んな訳無いだろ、しかも誰がエロ中学生だっつの。」

 「んだとテメェ、ガキの癖に生意気なんだよ!」


 勇吾の挑発的な言葉に頭に来たらしく、男は勇吾に殴りかかった。


 「勇吾危ないっ!」


 俺が言うや否や勇吾の顔面を目掛けた拳は空を切りその刹那、男は宙を舞った。

 男は背中から地面に着地して身動ぎ一つしなかった。

 いや、着地では無く勇吾によって投げ飛ばされて地面に叩きつけられていた。


 「ふぅ、ちょっとやり過ぎたかな。でもあんたが悪いんだからな。」

 「お、お前何したんだよ!」

 「何って背負い投げだよ?相手の力を利用してってやつ。」


 勇吾が柔道経験者なんて始めて知った、俺を含め他の男達も最初何が起こったのか分からなかった。

 男、もとい悪男Aが繰り出した拳を寸前で避けたかと思ったらそのまま体を反転、伸びた腕を掴んで投げ飛ばしたようだ。


 「で、どうすんの?俺暴力嫌いだからその子離してくれたら穏便に済ますけど。」

 「ガキの癖に調子乗ってんじゃねーぞ!」

 「ガキか、、、大人って直ぐそれだよな、歳でしか勝ってないからって心理的に優位に立とうとしてさ。」

 「ぐっ、だ、黙れクソガキィィ!」


 またもや挑発的な態度に今度は俺を路地まで連れ込んだ悪男Bが勇吾に勢いよく向かって行った。

 この調子だとさっきの悪男Aのように投げ飛ばされて終わりだなと思いきや、掴まれるのを警戒して回し蹴りを放った。


 「オラァ!」

 「よっと、それっ。」

 「おわっ。」

 『グシャ』


 悪男Bの蹴りを勇吾はしゃがんで身を交わすと、水面蹴りのように軸足を蹴り飛ばした。

 勢いがついていた所に加えられた蹴りにより悪男Bは見事に空中で体を半回転し、情けない声を出して脳天から地面に激突した。


 白目を剥いて空を仰ぐ二人の悪男、それを見て残った三人の悪男は次は自分が地面に伏せられる番だと思い恐怖で後退りしていた。


 「後の三人はどうしますか?」

 「う、うわぁぁぁ。」


 勇吾の一言に体をビクッと反応させると我先に路地の奥まで逃げていった。

 

 ようやく悪男達の魔の手から解放された俺は勇吾に駆け寄った。


 「勇吾怪我してないか?大丈夫か?」

 「それは俺のセリフだ、歩こそ怪我してないか?」

 「う、うん。それよりホントに大丈夫か?」

 「大丈夫、どこも怪我してないよ。」

 「そっかぁ、良かったぁ。」

 「お、おいどうした?」


 俺は助かった事と勇吾に怪我が無かった事で安堵の余り力が抜けその場に座り込んでしまった。

 

 「今更腰が抜けたみたい…。」

 「ホント今更だな、ははは。」

 「笑ってないでどうにかしてくれよ。」

 「どうにかって、お姫様だっこするか?」

 「い、いいよ!」


 さっきの修羅場を潜り抜けた後に直ぐこれか、それにしても良くあの場で堂々としてられたよな。

 よく聞く場馴れと言うか踏んだ場数が違うのか?


 そもそも勇吾が喧嘩してる所なんて見たこと無いし、もしかしたら俺の知らない所で喧嘩に明け暮れてたりして…。


 「それにしてもこんなに上手く決まるなんてな、まるで漫画みたいな展開だったな。」

 「は?上手くってどういう事だよ?」

 「俺、喧嘩なんて初めてだったし、そもそも暴力嫌いだからな!」


 俺の疑問とは裏腹に勇吾から清々しい答えが返って来た。


 喧嘩が初めて?大人を投げ飛ばしたり、蹴りを交わして相手を宙に浮かすのが初めて?

 運動神経が良いからっていくらなんでも出来すぎだろ、俺なんて掴まれた腕すら振り解けなかったのに。


 「そ、そんなの嘘だろ?だって大人相手にあんなに…。」

 「暴力を振るうのは嫌いだけど、喧嘩漫画は読むからな。そこで覚えたんだよ。」

 「覚えたって…、あは、あははは。やっぱり勇吾はスゲェよ!」

 「そうか?でも歩が無事で良かったよ。」


 無事で良かった…か、事の発端は俺に有るのに勇吾は責める事無く俺を心配してくれた。

 その一言は嬉しくもあるが逆に自分の軽率な行動に腹が立った。


 いつも助けて貰ってばかりで今日なんて自分が悪いのに、自分から勇吾を遠ざけておいて助けを求めるなんて…。



 「勇吾、いつもゴメンな。」

 「いきなりどうした?」

 「俺、自分じゃ何も出来ない癖にいつも勇吾に迷惑ばかりかけてるしさ。」

 「そんな事かよ、気にすんな。まず俺も歩も無事だった!それでいいだろ?」

 「だ、だって。」


 勇吾は俺の言葉を遮るように手を差し出してきた、いつまでも地面に座り込んでる俺を立たせようとしてくれた。

 差し伸べられた手を掴むと、勇吾は笑って俺を立たせてくれた。



 「俺だって歩に助けてもらってるからお互い様だ。」

 「俺が?いつだよ?」

 「いつもだよ、いつも歩の笑顔に癒されてるからな。」

 「ま、またそれだ!」


 俺の疑問にからかう様に勇吾は笑顔で答えた、いつもなら腹を立てていたが今は少し違った。


 俺の危機に颯爽と現れ、悪漢をなぎ倒していく様が格好良く見えた。

 それが幼馴染みだろうが同性であろうが、その場に居た者なら憧れてしまうかもしれない。


 憧れるかも、か。ちょっと客観的視点が入ってるけど、あくまでも俺以外の人だったらの話だ…。



 


 「とりあえず歩けるか?」

 「うん。」

 「学校どうする?」

 「行く、テスト受けなきゃ。」

 「そうか、あまり無理するなよ。」

 「大丈夫だよ。」


 学校で勉強する為に早く登校してたのが幸いしてかまだ急げば間に合う時間だった。

 俺と勇吾は路地で気絶してる悪男達を尻目に学校に向かう事にした。


 俺も蹴りの一発位お見舞いしてやりたかったが、目を醒まされでもしたらまた怖い目にあいそうだったから止めといた。


 もう二度とあんな事は御免だからな。











 学校に着くと何時もと変わりない時間だった、俺達は急いで教室に向かった。

 教室手前でふと思い出し勇吾を呼び止めた。


 「あのさ。」

 「どした?」

 「さっきの事は誰にも言わないでくれよ。」

 「分かってるよ、安心しろ。」


 みんなに心配を掛けたくないってのもあるが、男に路地裏に連れ込まれたなんて絶対知られたくなかった。

 男の癖にまともに抵抗も出来ず、それどころか声を出すこともままならなかったなんて情けなさ過ぎる…。




 教室に入るとみんなテスト前と言うこともあり黙々と勉強していた、その中で一人例外な奴が何時ものようにマンガ本を笑いながら読んでいた。

 その例外な奴は俺達に気付くと、また何時ものように俺に寄ってきた。


 「歩ちゃんおはよう!今日も相変わらず可愛いね~!」

 「お、おはよう。」

 「ん?どした?」


 眼前に立ち塞がるように立つ今日の黒崎は威圧感があり、息苦しさを感じた。


 「ううん、なんでも無いから。気にしないで。」

 「元気無いみたいだけど何かあったのか?」

 「なんでも無いよ大丈夫。」

 「そりゃあ朝から奏斗の顔をドアップで見たら元気も無くなるな。」

 「なんだとぉ!」


 確かに勇吾の言う通りかもしれないが、毎日の事で鬱陶しさには慣れた筈なのに今日に限って違った。

 息苦しさもあり鼓動が早くなっていたが、多分テストの緊張から来るものだと自分に言い聞かせ気にしない事にした。






 「じゃあ教科書その他、筆記用具以外はしまえ~。いいか、カンニングはするなよ~。」


 ついに始まる期末テスト、俺の命運を賭けた勝負の時。

 天国へ誘うか、それとも地獄へ堕ちるか全ては俺次第。


 勇吾の方を見ると、同じくこちらを見ていたので黙って頷く。

 全てはこの時の為、延いては冬休みの為。


 いざ行かん、決戦の地へ!


 




 一教科目、国語


 ヤバい、ヤバい!なんて事だ!

 スラスラ解ける!


  特に力を入れて勉強した国語、古文だろうが漢文だろうが今の俺に解読不能な物は無い。

 日本人の癖に国語が苦手な俺はきっと前世は外国人だと思っていたが、やっと日本人へ帰化出来ましたよ!




 得意になって問題を解いている最中に、ふと今朝の出来事が頭をよぎった。

 抵抗出来ず複数の男性に路地裏に引き込まれ危うく…。


 途端に甦る恐怖で手が震え出した。


 もし、あの時勇吾が来てくれなかったら俺はどうなっていたのか?

 いや、とにかく今はテストに集中しないと。


 しかし考えとは裏腹に鼓動は早くなり息は苦しくなってくる。

 思い出される男達の気持ちの悪い薄ら笑い、腕に残る掴まれた感触。

 頭の中で何度もいやらしい笑い声が響き意識が混濁し始めた。


 力が入らず手からシャープペンが離れ床に落ちてしまった。

 それに気が付いた先生は拾い上げ俺に差し出してきた。


 意図したものでは無かったと思うが、先生の顔が近くに感じられ迫って来るように見えた俺は硬直して動けなくなってしまった。


  「ん?どうしたんだ?」


 俺の様子に異変を感じた先生は肩に手を伸ばしてきた、その肩に触れそうなった瞬間ー。


 『ジリリリリリリリリン』


 テスト終了のベルが鳴り先生の手は俺に触れる寸前で止まった。

 怪しげな表情を浮かべるも回答用紙の回収の為教壇へ戻って行った。



 助かった。



 何から何に対してなのか、ふと出たその言葉に自分自身疑問に思った。

 肩で息を吐いて改めて解答用紙を見ると八割位しか埋まっていなかった。


 あんなに頑張って勉強したのに、分からなくて空欄ならいざ知らず、解く事すら出来なかったなんて…。

 兄貴や勇吾が見たらガッカリするだろうな。 

 





 休憩時間中、ショックの余り項垂れていると勇吾が様子を聞きに来た。


 「その様子だと余り良くなかったみたいだな。」

 「う、うん。」

 「結構勉強してた所が出てたと思ったけどな。」

 「そうなんだけど、それとは別に…。」

 「別にって、何かあったのか?」

 「ん~、ちょっとね。」


 朝の事を思い出した、と言いたかったが他の生徒が居た事もあり濁してしまった。


 「ここじゃ言いづらいのか?」

 「うん。」

 「まだ時間あるし場所変えるか。」


 俺達は教室から離れた人気の無い所まで行き、勇吾に事のあらましを話した。

 勇吾は黙って俺の話を聞くと静かに口を開いた。


 「いいか、怒らずに聞けよ。」

 「な、なんだよ。」

 「もしかして男性恐怖症になったんじゃないのか?」

 「はっ?だって俺男だぞ。」


 何を言い出したかと思ったら男性恐怖症だって?男の俺がそんなものになる訳ないじゃないか。


 「今朝の事が有ったからもしかしてと思ってさ。」

 「た、確かに今朝のは身の危険を感じたけど、俺はそんな精神的に弱くないから!」

 「どうだかね~。」

 「なんだよその疑わしい目付きは!次のテストは難無くこなしてみせるからな!」


 訝しげにこちらを見る勇吾をよそに一人で教室に戻る事にした。

 男の俺が男性恐怖症?そんな事有る訳無いだろ!


 考え事をしながら歩いていると廊下の角を曲がった所で誰かとぶつかり、勢いに負けて尻餅をついてしまった。


 「いてて、どこ見てんだよ!」

 「あっ、三上さん!ご、ごめん、大丈夫?」


 ぶつかった相手は隣のクラスの男子だった。

 俺は虫の居所が悪く相手も見ずに文句を言ってしまったが彼は俺だと気付くと直ぐ様謝ってきた。


 彼は廊下に座り込んだ俺に手を差し出してきたがまたも体が硬直して動けなかった。

 それどころか彼が覆い被さって来るように見えて恐怖で声すら出せなかった。


 「う、ぁう、や、やめ…。」

 「あ、あの大丈夫?」

 「い、いや、た。」


 俺の様子を不審に思い近寄ってくるが恐怖が更に増してくる。

 なんなんだよ全く、勇吾の言う通り男性恐怖症になってしまったのか?

 もう色々と勘弁してくれよ~ !



 「何こんな所で座ってんだよ、山田が困ってるだろ。」

 「あっ、藤崎。違うんだよ、俺は何もしてないからな。」

 「分かってるよ、さっき怖い話聞かせてたから驚いて腰抜かしたんだろ。」

 「な~んだそう言う事か、俺も驚いちゃったよ。」

 「ほら、手貸せ。」


 勇吾は俺の手を掴むと軽々と立たせてくれた。

 今朝と全く同じ状況に自分自身情けなくなった。


 隣のクラスの彼はもう一度俺に謝り戻っていき、その場に二人だけが残った。


 勇吾は何か言いかけたが、俺のばつの悪そうな顔を見て言うのを止めた。


 なんてこった、男なのに男性恐怖症だなんて笑い話にもならない。

 もし今、男に戻れたとしてもこれが一生続くのか?

 そうなったら進学は?就職は?その後の人生は?別に男が居ないと生きて行けない訳じゃないけど、男と係わり無く生きていくなんて無理に等しいじゃないか。

 もしかしたら俺はこの先、一人寂しく生きて行かなきゃならないかもしれないな…。




 「あ~、歩がどんな事考えてるのか大体察しがつくけど、そんな悲観的になるなよ。」

 「これがならずにいられるかよ。自分自身が情けなくなるよ。」

 「落ち着けって、もしかしたら一時的なものかもしれないぞ。」

 「だといいけどな。」

 「俺とこうやって話が出来てるのがいい証拠じゃないのか?」

 「た、確かに!」


 さっきの山田は正直言って恐怖を感じたけど、勇吾からは何も感じない。

 朝の事もあったらから一時的に俺は慣れてない人には恐怖ではなく緊張してたのかもしれない。


 多分そうだ、それしかない!そうでないと一人寂しい人生を乗り切らなきゃならなくなる。



 「とりあえず今は余計な事は考えずテストに集中しろ。」

 「う、うん。でも出来るかな、さっきだって手が震えちゃって…。」

 「大丈夫だ、もしそうなったら俺の事だけ考えればいいから。」

 「は?なんで勇吾の事を?」

 「あ、いや、俺と勉強した事を思い出してテストを受けろって事だ。」


 またしても何を言い出すかと思ったらそう言う事か。

 確かに分からない問題が出たら勉強した時の事を思い出して、焦らずに問題を解けばいいのか。


 別にそれ以上深い意味は無いよな?






 二教科目と三教科目が滞り無く終わり今日の日程は終了した。

 早く学校から帰れる事もありみんな浮き足立っているのが分かった。


 俺はと言うと、やっぱりテスト中に朝の事を思い出しペンが止まったものの勇吾の事を思い出した…、訳では無く好きなアニメキャラの事だけをひたすら考えなんとか乗り切ったのだった。


 テストの出来映えは自分としては八割方出来たんじゃないかと思う。

 初日にしては上出来、このままの調子で行けば夢の冬休みさんと冬休みを満喫出来る!




 「歩ちゃ~ん!」


 一人幸せな未来を思い描いてる所を見事に水を差してくる輩が来た。

 テストの出来が良かったのか、こいつに限ってそんな事は無いだろうが黒川は満面の笑みで俺の元にやって来た。


 「これからヒマ?みんなでカラオケに行かないか?」

 「うっ、い、い行かない。」

 「そんな事言わないでさ~、いいじゃん行こうよ!」

 「え、え遠慮しておきますです。」


 男性恐怖症が黒川にも例外無く発動したが、黒川に悟られたくなかったから頑張って会話をした。


 俺は頑なに断るも黒川もしつこく誘ってきた、元々苦手だった黒川に対して男性恐怖症が輪をかけて

最早具合が悪くなってきた。


 「余りしつこいと嫌われるぞ。」

 「んなっ!俺は歩ちゃんに息抜きの場を与えたくてだな。」

 「奏斗が居ると五月蝿くて息抜き出来ないだろ。」

 「そ、そんな事無いよね歩ちゃん?」

 「うん、あ、いやちょっと今日は帰るから…、誘ってくれたのにゴメン。」


 いい加減顔も見たくなかったから下を向いて誤魔化した。

 帰りたいってのは本当だけど、男が居る所には正直行きたくなかった。


 今の自分がどういう心理状況かも良く分かってないし、クラスメイトとは言えまた男に囲まれでもしたら……、考えたくもない。


 「あ、歩ちゃんが謝らなくてもいいから!じゃあ今度また誘うからその時は!」

 「うん、また今度ね。」

 「じゃあ歩が帰るから、俺も帰るからな。」

 「勇吾は誘ってねーよ!」


 黒川は肩を落として帰っていった、その後ろ姿が寂しそうでちょっと可哀想な事したかな…。

 いや、そんな事は無い!何を考えてるんだ俺は、黒川に対してそんな感情は一切ありませんから!





 黒川の寂しそうな背中を見送った俺達は下校が早かった事もあり神社に寄っていく事にした。

 神様にお願いすればもしかしたら男性恐怖症を治して貰えるかと思い期待半分で向かった。


 勿論朝とは別ルートを通り、尚且つ人通りの多い道を選んで帰った。

 朝の悪男達には会わないように充分に警戒しながら歩いていたが、余程挙動が怪しかったのかすれ違う人達から不審な目で見られたのは言うまでもなかった。




 無事神社に着くと俺は直ぐ様本殿の扉を叩いた。


 「神様居る?ちょっとお願いがあるんだけど!」

 「そんなに乱暴に叩いたら扉壊れるぞ。」

 「大丈夫だって、壊れても神パワーで直せるだろ。」


 扉越しに声をかけても返事が無く扉に手をかけるとあっさり扉が開いた。

 居るなら返事くらいしろよ、と思いながら中に入って行くと紙切れが一枚床に置いてあった。


 俺はその紙切れを拾い上げ目を通すと。


 『本日不在なり、御用の方はお賽銭とご用件をどうぞ。』


 「なんだこれ?ふざけた書き置きだな。」

 「なんだ今日は神様居ないのか。続きは?」


 下の方にも何か書いてあったので続けて読むと。


 『なお、男性でお悩みの方は自分で何とかするのが吉。自分が悪いんだから人をあてにするな。』


 な、な、な、なんじゃこりゃー!


 クソッ、あのじじい俺達がここに来るの分かってて逃げやがったな!

 しかもあの時ちゃっかり見てたんだな、それなのに助けてくれないなんて酷い神様だっ!


 俺が怒りに打ち震えていると後ろから勇吾が声をかけてきた。


 「まっ、ホントに忙しくて留守かもしれないし、また明日来ればいいだろ?」

 「だって、あの時見てたなら助けてくれたって!」

 「俺の助けじゃ不満だったか?」

 「そ、そう言う訳じゃないけど。」

 「じゃあいいだろ、異性の悩みは他人に解決してもらうもんじゃないしな。」


 異性の悩みか、どっちかと言うと同性の悩みなんだけどな。

 それでも俺を女の子にしたのは神様なんだから少しは責任ってのがあるんじゃないのか?


 しかし冷静に考えてみると今朝の出来事を見てたなら逆に居なくて良かったかもしれない。

 情けない姿を笑い話にされかねないし、あの神様だったら散々馬鹿にしてくるだろうな…。


 あっ、今朝と言えば勇吾に大事なことを言うの忘れてた。

 振り返ると勇吾はもう本殿から出ていて、境内に置いてあるベンチに腰かけていた。


 直接面と向かって言うのは恥ずかしかったから俺は少し間を開けて勇吾の隣に座った。



 「あのさ。」

 「ん?どした?」

 「ちょっと言い忘れてた事があったんだけどさ。」

 「テストか?」

 「いや違う。」

 「じゃあアイスか?」

 「それも違う。」


 普段は何気なく言えるのに変に意識してしまい緊張して言い辛くなってしまった。

 でも言わないと、親友だからこそちゃんと言わないと!


 「あ、あのさ。」

 「どうした?言い辛い事なら無理しなくてもいいぞ。」

 「いや、今言わないとダメなんだ!」

 「そ、そうか。」

 「…。」

 「…。」


 マズイ!どちらも沈黙してしまった。

 早く言え歩!頑張れ歩!!

 


 「…け、今朝は助けてくれて、その、ありがとう。」

 「ぁん?それが言い忘れてた事か?」

 「うん。」

 「ぷっ、あははははは!」

 「な、なんで笑うんだよ!」

 「悪い悪い 、でもマジな顔してくるから何事かと思ったよ。」

 「いくら親友でも礼儀は大事だからな。それにあの時勇吾が来てくれなかったら俺は…。」


 言葉に詰まってしまいそれから先の言葉は出てこなかった。

 またしても震え出す手、俺はそれを必死に抑えようと手を握った。

 それでも治まらない震えた手を勇吾は優しく握ってきた。

 

 「笑ってごめんな、でも歩の事は俺が必ず守ってやるから安心しろ。」

 「あ、いや、でもそ、それは。」


 手を握られ恥ずかしげもなく言われた言葉に俺の鼓動は早くなり体温が上がるのを感じた。


 ((べっ、別に今までの人生で他人に手を握られる事なんて無かったから慣れてないだけだから!!))


 高鳴る胸を落ち着かせようとして、俺の脳内ではありとあらゆる言い訳が飛び交っていた。




 「改めて見ると手小さくなったよな、ホントに女の子の手だ。」

 「う、うるせー!いつまで男の手握ってんだよ!」

 


 振りほどくように手を離すと勇吾が残念そうな顔をしてたのは気のせいだろう。

 しかし手の震えは治まり、改めて勇吾に対しては男性としての恐怖は無く安心感があった。



 「でも落ち着いただろ?」

 「……うん、ありがと。」

 「気にするな、いつでも手繋いでやるから。」

 「これっきりに出来るように努めます!」

 「くくっ、あはははは!」

 「うひひひひ。」


 勇吾の申し出をやんわりと断ると何が面白いのか分からなかったが、合わせたかのように笑いだした俺達。

 誰も居ない境内に二人だけの笑い声が木霊した。






 それから俺達は暫く参拝を繰り返して、現れる様子のない神様に見切りを付けて帰ることにした。

 帰り際俺は改めて賽銭箱に賽銭を入れて手を合わせた。


 「何お願いしたんだ?」

 「色々とね~。」

 「なんだよ、教えろよ。」

 「いや、留守にするんだったらちゃんと鍵かけろ~!ってさ。」

 「それもそうだな。」







 これは後日談だけど二人のやり取りを神様はこっそり草葉の陰から眺めていたらしく、見られていた事に全く気付かなかった俺達は散々冷やかされた。


 勿論あの日の朝の出来事も散々馬鹿にされたのは言うまでもなかった。




 てゆーか、神様の癖に居留守使うんじゃねーよ!!





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