stage.09 少女皇帝、盲点に気づく。
神竜王ソールの剣が鋭く閃き、一回目の戦いはヴァンパイア王ブラッドが負けた。
ぎりぎりでかわしたはずがリングの当たり判定にひっかかり、じりじりと耐久力が減ってしまったことが敗因だ。
その経験を活かした二回目の戦いは、うまくダメージを与えられなくなり、逆に誘いこまれて魔術攻撃を受けたソールの負け。
二人はその二度の戦いでリングの当たり判定がどの辺りにあるのかを把握したらしく、三回目はどちらのリングの耐久力も100のまま、なかなか決着がつかなかった。
「さすがは王。二人とも強いねー」
二回の戦いでリングが正常に動作し、ソールもブラッドも傷つかなかったことに安心した彩乃は、観客席でのんびりと言った。
腕の中のグレイが「つよいねー」と、彩乃の言葉を無邪気に真似する。
ソールの弟ギデオンとブラッドの異母妹のアナベルは、先の二回の戦いと同じように手に汗を握って兄達の応援をしているが、他の者たちは神魔帝につられてのんびりムードで話し始めた。
まずは魔族が神竜王の剣さばきの素晴らしさを、神族がヴァンパイア王の魔術発動の早さを褒めたたえて、それでもまだ戦いが終わらないので雑談に入る。
その中でふと、ダークエルフのオズワルドが言った。
「そういえば、ダンジョンを造る目的は“戦いたい者たちの安全な遊び場にする”ことでしたが、この闘技場をいくつか造って解放するのでは足りないのでしょうか?」
「……あ」
彩乃はその指摘にぽかんとした。
盲点だった。
(そういえば、そうだよね。ここなら戦いたい子たちが安全に戦えるわけだし)
しかし同時に問題点も思いつく。
「でも実際に相手があって戦うのは、ひどく負けたりした時、後でケンカの種になったりしませんか?」
「負けを負けと認められないのは弱い子どもだけですわ、陛下」
妖艶な美女の上半身に大蛇の下半身を持つラミア族長、ゼノヴィアがつややかな微笑みをうかべて答えた。
「そういう子どもはその一族の大人が指導するか、王の一族の方に連れて行かれてみっちり鍛えられるのが慣習ですの」
清廉な美女の上半身に魚の下半身を持つマーメイド族長、メレディスも凛とした表情でうなずいた。
「そのような子どもは一族の恥です。誇りある種族であれば王の一族のお方に迷惑をかけることはせず、自分たちできちんと片づけます」
皆の話を聞いていたエルフのルロイが最後に付け足した。
「まあ、すべての者が“誇りある種族”というわけでもないので、何かしらのケンカは起きるでしょうけれども。そういう者は何もなくてもケンカをしていますので、この闘技場の解放について神魔帝陛下が思い悩まれるほどの連中ではないと思います。
それよりきっと、今楽しげに戦っていらっしゃる陛下方のように、うまく楽しみとして受け入れられる者のほうが多いでしょう」
思い悩む点があっさり解消されてしまい、彩乃は冥王の言った問題はこの闘技場で解決できるのではないかと思えてきた。
しかし、しかし。
(どうしてもダンジョン、造りたいんです……!)
その一点だけは譲れない彩乃は、「うむむ」と考えた。
彼女の腕の中で、グレイが一緒に「うむむー」とうなった。
そうしてしばらく、周囲から可愛いものを見る目で微笑ましく見守られていることにも気づかず考えこんで、彩乃は結論を出す。
「それではダンジョンと一緒に、ここと同じ型の闘技場をいくつか造って解放してみます」
ダンジョンを造る第一の目的は、戦いの楽しさを覚えてしまった子たちにストレス発散の場を提供することで、トラブルが起きるのを回避することだ。
それがダンジョンよりもずっと簡単に造れる闘技場でも可能だというなら、積極的に利用したい。
けれどダンジョン造りはもう自分内での決定事項でもあるので、闘技場だけ造っておしまい、ということはしない。
と、考えての結論だ。
周囲で微笑ましく神魔帝を見守っていた者たちからも賛同の声が上がったので、彩乃は満足げに頷きながら二人の王へと視線を向ける。
しかし神竜王ソールとヴァンパイア王ブラッドは、いまだ戦闘中。
こう着状態が長引いており、まだしばらく決着がつきそうになかったので、彩乃はそばに座って一緒に観戦しているラミアとマーメイドに声をかけた。
「そういえば、ゼノヴィア、メレディス。どうして二人がアイテム担当として選ばれたのか、よくわからないのですが。訊いてもいいですか?」
マーメイドもラミアも、アイテム作りが得意な種族ではないはずだ。
彼女たちがアイテム担当と紹介されてから、じつはずっと気になっていたのだが、今まで訊ねるタイミングが無かった。
そうして今、ようやく質問することができた彩乃に、ラミア族長ゼノヴィアがつややかな笑みとともに答える。
「もちろん、お望みとあらばどんなことでもお答えいたしますわ、陛下。
わたくしが王に選ばれた理由は、貢物ですの。わたくしや以前の族長たちに愛されたいと願ったもの達は、いろんな物を贈ってくれます。わたくしの一族は美しくて不思議な道具が大好きですから。それが宝物庫で山となっているのを、我らが王はよくご存知でいらっしゃって」
マーメイド族長メレディスも、ゆったりと微笑んで答える。
「我が一族も美しく変わった物を好みます。そして海底散歩の途中で良い物が拾えると、族長の元へ持ってくる習慣があるのです。それが溜まりに溜まって、いくつもの宝物庫を埋めておりますから」
どうやらこの世界で作られた不思議アイテムは、最終的にすべからく彼女たちの元に集まることになっているらしい、と彩乃は理解した。
なるほど、と頷いて、それぞれが所有する不思議アイテムの性能について訊ねる。
何かダンジョンで使えそうな物があれば、天空宮殿で複製を創って使っていきたい、という考えだ。
二人の美女は神魔帝が自分たちの話を聞いてくれることに喜び、次々と不思議なアイテムについて話した。
ゼノヴィアが映した者の姿形や能力をコピーする『映し身の鏡』について語れば、メレディスは清らかな水が湧きつづける『清水の壺』について話し、交互にさまざまな効果を持つアイテムを紹介していく。
「ふむふむ。『映し身の鏡』は敵を量産する時に良さそうですね。『清水の壺』は水路を造る時の水源に使えそうです」
次々と紹介されるアイテムの性能をそれぞれ興味深く聞きながら、何がどんな時に使えそうなのかを考えるのは楽しかった。
けれどその最中、ふと気づく。
(そういえば、まだ敵をどんなものにするのか決めてない。そろそろ考えないと)
これは意外と難しい問題だ。
なぜなら彩乃がプレイしていたゲームの中のモンスターをそのまま出すと、神魔帝の子どもたちである魔族の一種とカブる可能性が高いので。
神魔帝に敵認定されてダンジョンの中でやられ役にされたら、現実のその種族の者達にどんな悪影響が出るか、ちょっと想像がつかない。
(うーん。エイリ○ンとかプ○デターとかがダンジョンに出てくるのもおもしろそうだけど。あれは創るのも倒すのも大変そうだし、がんばって創ってみても優しい子のトラウマになりそうだし。……なかなか、適任ってカンジの敵って、ないなぁ)
いくつか参考になる不思議アイテムを紹介してもらった後、彩乃はグレイを抱っこしたまま敵について考える。
その視線の先で、神竜王ソールとヴァンパイア王ブラッドの戦いは、いつまでも終わりそうになかった。