第28話 才能の、隙間
控室のモニターに、七尾が、集めたデータが、映し出されていた。
俺は、その数字の列の、一点で、指を、止めた。
「……見つけた」
声が、掠れた。
「あいつらの、"才能"が。そのまま、穴だ」
榊が、隣で、頷いた。端末には、ゼニス精鋭四人の、動きの、隙の一覧が、並んでいた。剣士が、一撃を、外してから、次に、動けるまで、コンマ四秒。魔法師が、撃ち終わって、次の詠唱に、入るまで、コンマ六秒。どれも、才能値の高さで、押し切ってきたせいで、放置された、隙だった。
「連中は、才能値が、高すぎた」
俺は、続けた。
「だから、効率を、詰める必要が、なかった。一撃で、仕留められるなら、外したあとの隙なんて、埋めなくていい。出力で、押し切れるなら、詠唱の無駄なんて、削らなくていい。……才能が、あり余ってるってのは、そういうことだ。磨く理由が、そもそも、なかった」
その、放置された、コンマ数秒。俺たちには、致命的な、勝機だった。
ダンジョンで、本物の魔物が、相手なら。この隙は、問題に、ならなかったのかもしれない。魔物は、その一瞬を、突く知恵を、持たない。才能値だけで、押し切れる。だが、今日の相手は、俺たちだ。その、コンマ数秒を、狙って、突く相手が、いる。才能に任せて、雑に、戦ってきたことが、初めて、弱点に、なる舞台だった。
皮肉な、巡り合わせだと思う。ゼニスは、才能値で、探索者を、選別してきた。才能さえ、あれば、勝てる、と。その信念が、精鋭たちから、整える動機を、奪った。強すぎたがゆえに、雑になった。冴島の思想そのものが、精鋭たちの、隙を、育てていた。
「一ノ瀬たちには、それしか、なかった。天井が、低いから、その、ぎりぎりまで、無駄を、削って、届かせるしかなかった。……皮肉な話だ。才能が、なかったことが、あいつらを、精密にした」
俺は、通信の、マイクを、握った。第二ラウンドまで、あと、わずか。
「布陣を、組み直す。……才能の、隙間に、整えた三人を、ねじ込む」
第二ラウンドの、銅鑼が、鳴った。
工房勢の、動きが、変わった。
六車が、まず、動いた。攻めない。ただ、敵の、いちばん、動きの荒い剣士の、正面に、盾を構えて、立つ。剣士が、才能任せの、鋭い一撃を、振るう。六車は、それを、真正面から、受けなかった。半歩、身体を、ずらして、盾で、いなす。剣士の一撃が、空を、切った。
その、外したあとの、コンマ四秒。
その隙間に、一ノ瀬は、まだ、動かない。ここは、一ノ瀬の、番じゃない。
音羽だった。
六車が、盾で、剣士を、釘付けにし、その死角を、作ったコンマ数秒。音羽が、腹の底から、練り上げた光球を、放った。無駄のない、最短距離の、一撃。それが、体勢を、崩した剣士の、がら空きの、脇腹に、吸い込まれた。
ゼニスの剣士が、初めて、リングに、片膝を、ついた。
脇腹を、押さえて、剣士が、信じられない、という顔で、音羽を、見た。才能値で、はるかに、格下の、はずの相手に。一撃を、通された。その事実が、飲み込めない、顔だった。
音羽は、肩で、息をしながら、まっすぐ、その剣士を、見返していた。膝をついた、あの少女は、もう、いない。頼ることを、覚え、六車の盾を、信じ、その盾が、稼いだ時間で、最深の一撃を、練り上げた。独りでは、届かなかった場所へ、仲間の力で、手が、届いた。
会場が、どよめいた。
才能値では、はるかに、劣る、工房の、魔法師の一撃が。才能値の暴力を、確かに、捉えた。出力で、上回ったんじゃない。相手が、放置していた、隙に、一分の狂いもなく、当てただけだ。整えた効率が、才能の、隙を、突いた。
「馬鹿な」
冴島の、余裕の声に、初めて、硬さが、混じった。
流れが、変わっていった。
六車の、盾が、敵の、荒い連携の、繋ぎ目を、こじ開ける。四人が、才能任せに、好き勝手に、動くゼニス勢は、一人が、崩されると、互いを、庇い合う術を、持たなかった。連携を、磨いてこなかったツケが、そこに、出た。その、崩れた繋ぎ目に、音羽の、精密な一撃が、次々と、突き刺さる。
六車は、決して、派手な動きを、しなかった。ただ、いつも、敵の、いちばん、崩したいところに、盾を、差し込む。味方の、いちばん、危ういところに、身体を、置く。二十年、前線で、仲間の位置を、読み続けてきた、その目配りが、リングの、流れそのものを、支配し始めていた。斬り込む速さは、とうに、失った男だ。だが、その男が、いるだけで、一ノ瀬も、音羽も、背後を、気にせず、自分の一撃に、集中できた。
控室で、俺は、拳を、握った。
これだ。これが、俺の、賭けてきたものだ。才能値の、高さじゃない。それを、どこまで、無駄なく、出し切れるか。そして、一人ひとりの、削った無駄を、噛み合わせて、掛け算に、変えられるか。整えられた三人が、才能に、あぐらをかいた四人を、じわじわと、追い詰めていく。一人では、決して、届かなかった、才能の頂点へ。三人でなら、手が、届く。
工房勢が、第二ラウンドを、奪い取った。
観客が、沸いた。今度は、嘲笑じゃない。驚きと、興奮の、声だった。才能ゼロと、笑われた者たちが、才能の頂点に、食らいついている。その光景に、会場が、飲まれ始めていた。
だが。
冴島は、まだ、崩れなかった。
その男が、静かに、手を、挙げた。
「……なるほど。効率、ですか。面白い。ですが」
冴島の目が、リングの、控えの選手を、見た。
「才能の、頂点というものを、まだ、見せていませんでしたね」
控えから、一人の男が、立ち上がった。
鷺沢 恭弥。ゼニスが、最強と、認める、才能値。あの、一ノ瀬に、公開試合で、敗れ、旧パーティ壊滅の見殺しを、衆目の前で、突きつけられた男。あれから、汚名を、返上すると、この舞台に、名を、連ねてきた。今、雪辱に、燃える目で、リングへ、上がってくる。
冴島は、それまでの、四人とは、鷺沢を、明確に、区別していた。あの余裕を、崩されてなお、この男を、最後まで、切り札として、温存していた。それだけの、才能値。それだけの、格。ゼニスの、才能至上主義の、いわば、看板だった。
俺は、モニターの中の、一ノ瀬を、見た。ここまで、温存してきた、切り札。
「一ノ瀬」
俺は、通信に、告げた。
「……行けるか」
リングの隅で、一ノ瀬が、木剣を、握り直した。震える手を、その反対の手で、そっと、包んで。それから、まっすぐ、顔を、上げた。
「ああ」
その一言に、迷いは、なかった。
決着は、一ノ瀬 対 鷺沢。ゼニス最強と、工房の一番弟子。才能の頂点と、整えられた実戦値。その、最終戦に、全てが、絞られた。




