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ダンジョンには一歩も入らない。"壊れて引退した探索者"だけを最強に立て直していたら、うちの卒業生でランキング上位が埋まった  作者: ヲワ・おわり


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第27話 届かない、に見える

 音羽の、詠唱が、真正面から、押し負けた。

 彼女の、放った光球が、ゼニス精鋭の、魔法師が、無造作に、撃ち返した一発に、呑まれて、掻き消える。組み直したフォーム。腹から練り上げた、負荷の少ない、綺麗な一撃。それが、才能値の、桁違いの出力の前で、まるで、通じない。

 衝撃の余波が、音羽の、小さな身体を、突き飛ばした。彼女は、たたらを踏んで、片膝を、リングに、つく。

「……嘘、でしょ」

 掠れた声が、モニター越しに、届いた。

 あれだけ、フォームを、整えた。痛みも、消えた。出力も、独学時代の、倍になった。それでも、届かない。相手の魔法師は、フォームなど、めちゃくちゃだった。詠唱の姿勢も、呼吸も、荒い。無駄だらけだ。なのに、そこから、出てくる、生の出力が、音羽の、綺麗な一撃を、上回る。

 才能値の、天井の、高さが。ただ、それだけが、二人を、隔てていた。

 音羽の、顔が、歪んだ。悔しさと、混乱が、綯い交ぜになった、顔だった。あれだけ、頼ることを覚えて、フォームを組み直して、痛みを消して。ここまで、来たのに。その全部が、才能値という、生まれつきの数字の前で、無意味に、見える。独りで我流を組んでいた頃、才能があれば十分だと、突っぱねていた少女が。今、才能の壁に、真正面から、ぶつかっていた。皮肉な、話だった。彼女が、あれほど、拠り所にしていた"才能"を、今度は、相手が、彼女の何倍も、持っている。

 六車が、その音羽を、庇って、割り込んだ。盾で、次の一撃を、受け止める。鈍い、金属の、悲鳴。大きな身体が、後ろへ、ずるりと、削られた。六車の、天井は、この場の、誰よりも、低い。受けるたびに、消耗が、深くなる。踏ん張る、その足が、震え始めていた。

「ご覧の、通りです」

 冴島の声が、会場に、響いた。マイクを、通して。落ち着いた、穏やかな声で。

「才能値の、差というのは。努力で、埋まるものでは、ないのです。彼女は、確かに、綺麗になった。整った。……ですが、それだけです。天井の、低い者は、どれだけ、磨いても、天井の、高い者には、届かない。これが、現実だ。感傷では、覆せない、数字の、現実です」

 観客が、静まり返り、そして、頷き始めた。目の前で、それが、証明されている。整えられた工房勢が、才能値の暴力に、押し潰されていく様が。

 その、勝ち誇る声を、聞きながら。俺は、思い出していた。三年半前、この男が、久遠に、突きつけたのも、同じ論理だったのだろう。才能値が、基準に、足りない。だから、いらない。努力では、埋まらない。そうやって、一枚の書類で、切り捨てた。その論理が、今、大観衆の前で、正しさとして、勝ち名乗りを、あげようとしている。

 久遠が、切り捨てられたときの、あの理屈が。目の前で、また、誰かを、押し潰している。俺は、奥歯を、噛んだ。


 控室で。

 俺は、モニターに、食らいついていた。

「霧生さん、このままじゃ」

 七尾が、青い顔で、言った。榊も、端末の数字を、追いながら、唇を、噛んでいる。

「……ああ。わかってる」

 助けに、行けない。声も、届かない。俺に、できるのは、見ることだけだ。ならば、見る。徹底的に、見る。相手の、動きの、一つ一つを。それが、俺の、唯一の武器だ。

 俺は、ゼニス精鋭の、動きを、目で、追った。速い。重い。桁違いの出力。……だが。

 何かが、引っかかった。

 この、引っかかりは、覚えがある。一ノ瀬の、歩き方から、隠した震えを、見抜いたとき。音羽の、傾いた軸から、右肩の酷使を、拾ったとき。六車の、目配りから、支える才を、掘り出したとき。俺の眼が、いつも、拾ってきた、あの感覚だ。表に見える、派手なものの、裏側に、ある、綻び。

 あの、魔法師。フォームが、めちゃくちゃだ。あれだけの才能値がありながら、無駄な力みが、そこら中に、ある。肩で、無理やり、出力を、絞り出している。かつての、音羽と、同じだ。ただ、才能値が、桁違いに高いから、その歪んだフォームでも、大きな出力が、出てしまう。踏み込みも、雑だ。前衛の剣士も、そうだった。一撃は、速い。だが、その一撃を、外したあとの、隙が、大きい。次の動きへの、繋ぎが、荒い。体勢を、立て直すまでの、コンマ数秒。そこが、がら空きだ。

 連携も、そうだ。四人が、それぞれ、才能に任せて、好き勝手に、暴れている。互いの、位置を、把握して、隙を、埋め合う、という発想が、ない。

「……そうか」

 俺は、呟いた。

「あいつら、才能値が、高すぎて。……"整えて"ないんだ」

 榊が、はっと、顔を、上げた。

「才能が、あり余ってるから。効率を、詰める必要が、なかった。フォームを、直す必要も。連携を、磨く必要も。……才能だけで、全部、押し切れてきたから」

 その言葉が、俺の中で、形を、なしていく。

 あいつらは、天井が、高い。だが、その天井に、あぐらを、かいている。発揮効率は、案外、低い。伸びしろを、丸ごと、放置している。

 一方、うちの三人は。天井は、低い。だが、その天井の、ぎりぎりまで、届いている。伸びしろを、限界まで、使い切っている。無駄な力みも、荒い繋ぎも、そぎ落としてきた。動きに、隙がない。

 勝ち筋は、そこだ。才能値の、正面から、殴り合っても、勝てない。だが、相手の、才能に任せた、雑な動きの、その、コンマ数秒の隙に。整えた三人の、無駄のない連携を、ねじ込めたら。天井の差を、飛び越えられる。

「榊」俺は、低く、言った。「敵の、隙が、出る瞬間を、全部、拾ってくれ。剣士が一撃を外したあと。魔法師が撃ち終わったあと。……そのコンマ数秒を、数字で、出せ。第二ラウンドで、そこに、全部を、賭ける」

 榊が、眼鏡の奥で、目を、光らせ、端末を、叩き始めた。


 第一ラウンド、終了の、銅鑼が、鳴った。

 工房勢が、満身創痍で、リングの、隅に、退がった。音羽は、肩で、息をしている。六車は、盾を、支えに、辛うじて、立っていた。

 スコアは、ゼニスの、圧勝だった。

 観客の、空気は、決していた。やはり、才能だ、と。再生屋の、夢物語は、ここまでだ、と。冴島の、勝ち誇った顔が、大型ビジョンに、映る。

 だが。

 俺は、リングの隅の、一ノ瀬を、見ていた。

 こいつだけは、まだ、本格的に、削られていない。俺が、温存させていた。最後の、切り札として。

 控室で、俺は、拳を、握り直した。

 才能に、頼りきった連中には、伸びしろが、ない。あぐらを、かいた分だけ、穴がある。だが、俺たちには、それしか、ない。整えることでしか、勝てなかった。その、整えた分の、差が。今から、効いてくる。

 劣勢の、絶望の底で。俺の指先が、逆転の一手の、輪郭を、掴んだ。


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