第26話 才能の見本市
巨大アリーナの、天井近くまで、観客が、埋まっていた。
全国配信の、カメラが、何台も、リングを、囲んでいる。中央の、大型ビジョンに、対戦カードが、映し出された。ゼニス精鋭四名。そして、工房〈リビルド〉の、卒業生三名。
選手の名の、横に、才能値が、電光で、表示される。ゼニス側の数字が、次々と、点灯していく。どれも、最上位。桁が、違う。観客席から、どよめきが、上がった。
そして、工房側の、三人の数字が、灯る。
一ノ瀬の、才能値だけは、ゼニス勢に、並ぶ。だが、音羽は、中の上。六車に、いたっては、精鋭の、誰よりも、低い。数字だけを、見れば、勝負に、ならない。
会場が、嘲るような、笑いに、包まれた。才能ゼロの再生屋が、身の程を、知らずに、頂点に、挑む見世物。そういう空気だった。
俺は、その、数字の暴力を、控室のモニターで、見ていた。ここから先へは、行けない。リングにも、その手前の、選手通路にも。ダンジョンほどではないが、この、熱気と、才能値の渦巻く場所に、長く、いるだけで、こめかみが、脈打つ。無適性者の、身体は、正直だった。
電光の、才能値の差が、そのまま、世間の、常識だった。数字が、高い者が、勝つ。それが、道理。工房の三人に、灯った、低い数字は、その道理の前では、負けを、宣告されているに、等しかった。
だが、と、俺は、思う。あの数字は、天井の、高さでしかない。実際に、どこまで、届いているかは、あの表示には、出ない。俺が、この三年、賭けてきたのは、そこだった。
試合の、数時間前。
工房で、俺は、三人に、最後の確認を、していた。
「向こうは、一人ひとりが、化け物だ。才能値だけなら、うちは、勝てない。……特に、六車さん。あんたの天井は、向こうの誰より、低い」
「わかってる」六車が、静かに、頷いた。「今さら、恥じちゃいねえ」
「だから、お前たちは、一人で、戦うな」
俺は、三人の顔を、順に、見た。
「一ノ瀬。お前は、単騎で、突っ込むな。お前の才能は、守りの果ての、一瞬の隙にだけ、解き放て。その隙を、作るのは、六車だ。六車さん、あんたは、攻めなくていい。ただ、二人の、いちばん危ういところに、常に、いてくれ。音羽の詠唱の、溜めを、あんたの盾で、稼ぐ。音羽、お前は、焦って、単発で撃つな。六車が稼いだ時間で、いちばん深いところまで、練って、撃て」
これは、俺が、この三人の身体を、何ヶ月も、見続けて、組み上げた設計だった。一ノ瀬の、震えの揺れ幅。音羽の、詠唱の、溜めにかかる、秒数。六車の、盾が、一撃を、受け止めてから、次に、動くまでの、間。その、一つ一つの、数字を、噛み合わせて、隙間なく、繋ぐ。誰か一人が、欠けても、崩れる。だが、全部が、はまれば。
剣も、魔法も、握れない俺に、できるのは、これだけだ。三人の身体を、一つの、仕組みとして、描くこと。
三人の、呼吸が、そろっていくのが、わかった。
「一人ずつなら、向こうの才能に、押し潰される。だが、三人が、噛み合えば」
俺は、言い切った。
「才能を、超える。お前たちは、一人じゃ勝てない。だが、三人でなら、あの、才能の頂点に、届く」
一ノ瀬が、ふ、と、笑った。かつて、自分を嗤っていた、あの笑いとは、違う。
「戦えないあんたが、いちばん、勝ち筋を、見てる。……いつも通りだな」
会場入りの、通路で。
仕立てのいいコートの男が、待っていた。冴島 迅牙。その隣に、鷺沢が、立っている。
「よく、逃げずに、来ましたね」
冴島は、穏やかに、言った。
「今日、この場所で、あなたの、感傷の実験の、結末を、皆に、見せましょう。才能値が、足りない者を、いくら、手をかけて、磨いても。頂点には、届かない。……それが、証明されれば。人々は、二度と、あなたのような、非効率に、夢を、見なくなる」
この男は、俺を、潰すだけでは、足りないのだ。俺の思想が、間違いだと、大勢の前で、証明したい。才能で、人を、選別することの、正しさを。
三年半前、この男は、久遠を、才能値が基準に足りないと、一枚の書類で、切り捨てた。その男が、今、同じ理屈を、この大舞台で、正しさとして、掲げようとしている。切り捨てられる側の、痛みなど、一度も、想像したことが、ないのだろう。数字が、足りない。ただ、それだけで、人を、いらないと、決められる男だ。
だが、それを、責める言葉を、俺は、飲み込んだ。ここで、言葉を、ぶつけても、意味がない。この男の、論理を、崩せるのは、言い返す言葉じゃない。リングの上の、結果だけだ。
鷺沢が、一ノ瀬を、睨んだ。
「この前は、小細工に、やられた。だが、今日は、そうはいかねえ。才能ってのが、どういうものか、思い知らせてやる」
「小細工じゃない」
俺は、静かに、返した。
「整えた、と言うんだ。……あんたたちの、才能の見本市に。俺は、整えられた人間を、ぶつける。どっちが、本物か。ここで、はっきりする」
冴島の目が、わずかに、細くなった。
第一ラウンドの、開始を、告げる、銅鑼が、鳴った。
工房勢が、リングに、立つ。
最初から、才能値の暴力が、襲いかかった。
ゼニスの精鋭が、放つ一撃は、速く、重く、桁違いだった。音羽の光球が、相手の魔法と、ぶつかり、押し負けて、掻き消される。一ノ瀬が、間合いを、支配しようとするが、その前に、相手の踏み込みが、速すぎて、後手に、回る。六車が、必死に、盾で、二人を、庇う。だが、受けるたびに、大きな身体が、削られていく。
連携を、組む、その暇さえ、才能の速さが、与えない。
押されている。序盤から、明確に。
音羽が、光球を、押し負けて、後ろへ、たたらを踏む。その背を、六車が、盾で、支える。だが、その六車も、正面から、精鋭の一撃を、受けて、片膝を、つきかけた。一ノ瀬は、間合いを、作ろうと、じりじり、動くが、相手の踏み込みが、速く、切っ先を、合わせる、その一瞬の隙が、生まれない。
設計した、噛み合わせが、才能の、速さに、追いつかない。組み上げる前に、崩される。俺の描いた、仕組みが、才能値の暴力に、上から、叩き潰されようと、していた。
観客が、沸いた。やはり、才能だ、と。数字が、全てだ、と。リングの上の、三人を、嘲笑が、包む。
控室のモニターの前で、俺は、拳を、握った。まだだ。まだ、始まったばかりだ。だが、この、才能値の、圧倒的な暴力の前で。整えた、三人が、どこまで、食らいつけるのか。
俺の額に、汗が、滲んだ。入れない。助けに、行けない。声を、かけることすら、この距離では、届かない。ただ、外から、見ていることしか、できない。その、久遠の日と、同じ無力さの中で。俺は、モニターを、睨み続けた。




