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ダンジョンには一歩も入らない。"壊れて引退した探索者"だけを最強に立て直していたら、うちの卒業生でランキング上位が埋まった  作者: ヲワ・おわり


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第25話 信じて、送り出す

「負ければ、工房は、閉鎖。勝てば、妨害を、止める」

 翌々日の朝、工房に、集まった全員の前で、俺は、冴島の、突きつけた条件を、もう一度、口にした。

「公開の、興行戦だ。ゼニスの精鋭と、うちの卒業生。衆目の前で、どちらのやり方が、本物かを、決める。……逃げ道は、ない」

 一ノ瀬が、腕を、組んだ。音羽が、唇を、引き結ぶ。六車は、静かに、頷いた。榊が、端末を、開いて、数字を、映す。

「相手の、布陣は、これだ」

 画面に、並んだのは、ゼニスの、精鋭たちの、才能値だった。どれも、高い。トップティアが、ずらりと、揃っている。その中に、鷺沢 恭弥の、名前も、あった。あの、一ノ瀬に、敗れた男が、汚名返上とばかりに、名を、連ねている。

「……えげつない、数字ですね」

 七尾が、青い顔で、言った。「うちの、卒業生の、才能値を、単純に、足しても。……とても、届かない」

 工房に、重い沈黙が、落ちた。才能値の、天井の、高さで、比べれば。勝ち目は、ないように、見える。

 音羽が、画面の数字を、睨んで、ぽつりと、言った。

「……あたしたち、才能値だけなら、こいつらに、劣ってる子も、いるんだよね。あたしは、まだしも。六車さんは」

「言うな」六車が、低く、笑った。「わかってるさ。俺の天井は、こいつらより、低い。それは、事実だ」

 諦めでは、なかった。事実を、事実として、置く、静かな声だった。役割を、変えて、蘇った男は、もう、自分の天井の低さを、恥じてはいなかった。

「才能値じゃ、勝てない」

 俺は、言った。全員が、俺を、見る。

「単純な、天井の高さなら、向こうが、上だ。それは、認める。……だが、俺たちが、戦うのは、そこじゃない」

 俺は、榊の端末に、別の数字を、映させた。発揮効率、と、書かれた欄。

「才能値の、天井に、どれだけ、届いているか。それが、発揮効率だ。ゼニスの精鋭は、才能値は、高い。だが、そのぶん、天井に、あぐらをかいて、発揮効率は、案外、低い。鷺沢が、いい例だ。フォームの粗さに、無自覚なまま、才能で、押し切ってきた」

 一ノ瀬の目が、光った。あの、公開試合で、鷺沢を、効率で、完封したときの、手応えを、思い出したのだろう。

「一ノ瀬は、才能値の、九割を、出せる。音羽も、フォームを、組み直して、出力は、倍になった。六車は、支える強さで、二人の効率を、さらに、押し上げる。……一人ひとりの、天井は、向こうが、上だ。だが、実際に、発揮できる力の、総和なら。掛け合わさった、うちの三人なら」

 俺は、皆の、顔を、見回した。

「勝てる。俺は、そう、読んでる」

 これは、ただの、精神論じゃない。才能値の、単純な足し算では、負ける。だが、発揮効率という、伸ばせる余地を、限界まで、引き上げて。三人の強みが、いちばん、活きる配置で、組み合わせれば。個々の天井を、超えた力が、生まれる。六車の目配りが、一ノ瀬の集中を生み、その集中が、音羽の詠唱を、守る。掛け算だ。才能で、殴る相手には、決して、描けない、絵だった。

 それを、証明する舞台が、向こうから、来た。願っても、なかった舞台だ。才能値がすべて、という、この業界の、思い込みを。衆目の前で、上書きする。


 昼。

 打ち合わせが、一段落したころ。七尾が、俺の、そばに、来た。

「霧生さん」

 彼女は、いつもの、疲れた顔を、していなかった。何かを、決めた、顔だった。

「私、決めました。……この戦い、最後まで、付き合います」

「七尾さん。あんたは、ギルドの、職員だ。工房に、肩入れすれば、あんたの立場が」

「いいんです」

 彼女は、俺の言葉を、遮った。

「私、ずっと、窓口で、見送ってきました。才能値が、足りないって、それだけで、消えていく人たちを。何百人も。何もできずに。……名前を、覚えているだけで、精一杯だった」

 彼女の、声が、震えた。だが、その目は、まっすぐだった。

「もう、いやなんです。見送るのは。あなたのやり方が、勝てば。才能値が、足りない、で、切り捨てられる人が、減る。次に、壊れた人が来ても、"終わり"じゃないって、言える場所が、残る。……だから、私は、もう、見送らない。最後まで、付き合います」

 七尾は、束ねた、記録を、抱え直した。

「情報は、私が、集めます。ゼニスの、布陣も、過去の、戦い方も。全部、洗い出して、うちの、武器にします。……戦えない私にも、それくらいは、できる」

 その言葉に、俺は、胸を、打たれた。

 戦えないのは、俺だけじゃ、なかった。この人も、ダンジョンには、入れない。それでも、自分の立つ場所で、戦おうとしている。見送る側から、送り出す側へ。この人も、再生していた。

 思えば、七尾が、あの日、声にならない声で、俺を、一ノ瀬のもとへ、呼んだところから、全部が、始まった。この人の、抱えてきた悔いが、一ノ瀬を、音羽を、六車を、工房へ、連れてきた。工房は、俺、一人で、作ったものじゃない。見送る側の、負い目と、送り出す側の、俺とが、繋がって、初めて、形になる。


 夜。

 工房に、三人の弟子と、榊、七尾が、残った。ストーブの、火を、囲んで。

 俺は、皆を、見渡して、口を、開いた。

「言っておきたいことが、ある」

 全員が、俺を、見た。

「俺は、ダンジョンに、入れない。現場には、行けない。だから、本番で、何かを、決めるのは、お前たちだ。俺は、外で、待つことしか、できない」

 久遠の、入口を、思い出す。あの日、俺は、外で、待って、怯えていた。

「だが、もう、怯えない。俺は、お前たちの身体を、ちゃんと、見た。組み直した。応えることを、確かめた。……あとは、信じて、送り出す。それが、俺の、戦い方だ。剣も、魔法も、握れない、俺の」

 一ノ瀬が、静かに、頷いた。音羽が、こぶしを、握る。六車が、盾を、撫でた。

 三年前、俺は、久遠を、手放せずに、焦って、送り出して、失った。今日、俺は、手放す覚悟を、覚えた。信じて、託して、外で、待つ。その、いちばん、怖いことを、引き受ける覚悟を。

 思えば、俺は、ずっと、"戻さない"という言葉に、隠れてきた。整うまでは、と言って、送り出す瞬間を、先延ばしにして。それは、弟子を、守るためだと、信じていた。だが、本当は、俺が、送り出す恐怖から、逃げていただけだ。手放さなければ、失うことも、ない。そうやって、抱え込むことを、慎重さと、言い換えていた。

 もう、逃げない。壊れた人間を、戻すというのは、いつか、その手を、離すことだ。離して、外で、待つことだ。俺が、覚えるべきだったのは、抱え込む勇気じゃない。手放す勇気だった。

 戦えない男の、覚悟が、ようやく、固まった。

 相手は、鷺沢を、擁する、ゼニスの精鋭。采配を、振るうのは、冴島 迅牙、本人。才能の、頂点と。壊れて、再生された者たちの、総力戦。

 その舞台が、もう、目の前に、来ていた。


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