第24話 支える者の帰還
モニターの中で、若手の悲鳴が、上がった。
ダンジョン中層。岩肌の回廊で、三体の大型魔物に、囲まれかけた、若い探索者。才能値だけで、押し込んできて、陣形が、崩れている。後衛が、孤立した。あと一手、遅れれば、囲まれる。
その、崩れかけた隊列に、盾が、割って入った。
六車だった。
大きな身体が、後衛の子と、魔物の間に、滑り込み、その一撃を、盾で、受け止める。鈍い、金属音。衝撃で、六車の足が、地面を、削った。だが、退がらない。
「下がれ! 右だ! 味方の位置、確かめてから、動け!」
訥々としていた声が、戦場では、太く、通った。二十年、前線で、仲間を、束ねてきた声だ。若手たちの、崩れた動きが、その一声で、方向を、取り戻していく。
面談に来た日、工房の前を、引退届を握って、三度、行き来していた男だ。才能が枯れた、もう戻らない、と、諦めきっていた、あの背中。それが、今、盾を構えて、若手の壁になって、立っている。同じ身体で。ただ、立つ場所を、変えただけで。
六車は、囲まれかけた後衛の子を、背中に、庇いながら、次の魔物の、狙いを、読んでいた。どこから、誰を、襲うか。二十年、前線で、危険の来る方向を、嗅ぎ分けてきた勘が、若手には、まだ、ない。六車は、その一拍先を、読んで、身体を、割り込ませる。攻撃は、しない。ただ、味方の、いちばん、危ういところに、常に、自分が、いる。
控室のモニターの前で、俺は、拳を、握っていた。隣で、榊が、端末の数字を、追っている。
「見ろ。……六車が、後ろにいるだけで、あの子らの、生存行動が、変わった。無駄な、被弾が、減ってる。火力は、そのまま、生存率だけが、跳ね上がってる」
六車は、自分では、攻撃を、しなかった。ただ、危ない方向へ、身体を、差し込み、退路を、確保し、崩れた陣形を、組み直す。速さで、斬り込む役は、とうに、降りていた。だが、その代わりに、六車が、立った場所は、隊列の、いちばん、要だった。
やがて、一ノ瀬が、六車の作った、その一瞬の隙に、踏み込んだ。震える手を、抑え込み、切っ先を、敵の急所へ、合わせる。音羽の光球が、六車の盾が、稼いだ、溜めの時間の分だけ、深く、練られて、放たれた。
格上の、大型魔物が、三体。次々と、霧に、なって、散った。
若手チームが、生き残った。誰一人、欠けずに。
崩れかけた現場を、支える一枚の盾が、立て直した。攻めの、派手さは、なかった。だが、確かに、この場を、勝たせたのは、六車の、目配りだった。
戦いが、終わって。
モニターの中で、六車が、盾を、下ろした。荒い息を、吐きながら、その大きな背中が、まっすぐ、伸びていた。
「……まだ、戦える」
男の、掠れた声が、拾われた。誰に、言うでもなく。二十年、抱えてきた、その身体に、確かめるように。
俺は、モニターの、その姿を、見つめていた。
入口までしか、行けない俺には、あの中の、汗の匂いも、岩の冷たさも、届かない。俺は、ただ、外から、見ていることしか、できない。それは、久遠の日と、同じだ。
だが、今日は、違った。
あのときは、入口で、何時間も、待って、怯えていた。整っていない、と、心の底では、知っていたのに。今日は、怯えていなかった。六車の身体が、応えることを、俺は、この目と、榊の数字で、確かめて、送り出した。だから、信じて、待てた。
「久遠」
俺は、モニターに、映る、六車の背中に、重ねて、呟いた。
「見てるか。……今度は、俺、ちゃんと、送り出せたよ。焦らずに。怯えずに。あいつの身体を、ちゃんと、見て。……お前のときに、できなかったことを、やっと」
胸の底が、まだ、痛んだ。この、六車の帰還は、久遠を、取り戻すものじゃない。あいつは、もう、戻らない。俺が、送り出したことも、消えない。それでも、と、思う。あの入口で、俺が、覚えた恐怖は、無駄では、なかった。その恐怖があったから、俺は、六車を、焦らずに、見られた。久遠が、俺に、この目を、遺していったのだと、そう、思うことにした。
窓の外の、冬の空が、少しだけ、明るく、見えた。
七尾が、隣で、そっと、目元を、拭っていた。この人も、窓口で、見送ってきた名前の分だけ、この帰還を、噛みしめている。誰も、救えなかった、と、悔いてきた人間が、今、一人の、帰還を、見届けている。
夕方。会場を、出たところで。
仕立てのいいコートの男が、待っていた。冴島 迅牙。
膝をついた鷺沢を、一瞥もしなかったときと、同じ、静かな目で、俺を、見ている。
「三人目、ですか」
冴島は、言った。
「恐怖を、飼い慣らした青年。フォームを、組み直した魔法師。そして今度は、役割を、変えて、蘇った、ベテラン。……見事です。認めましょう。あなたのやり方は、確かに、人を、変える」
褒め言葉の、その裏に、刃が、あった。
「ですが、たった三人だ。ダンジョンには、何千人という探索者が、いる。あなたの、その、手間のかかるやり方で、その全員を、救えますか。……才能値で、選別する。それが、いちばん、多くの探索者を、効率よく、戦力にする、道理だ。私は、そう、信じている」
「なら」
俺は、その目を、見返した。
「衆目の前で、確かめれば、いい」
冴島の、眉が、わずかに、動いた。
「いいでしょう」男は、頷いた。「公開の、興行戦を、組みます。ゼニスの精鋭と、あなたの工房の、卒業生。どちらのやり方が、本物か。大勢の、見ている前で、証明してみせなさい。才能値の頂点と、あなたの"再生"が、正面から、ぶつかる舞台を」
冴島は、一歩、俺に、近づいた。
「ただし、負ければ。あなたの工房は、閉鎖していただく。この街から、あなたの思想ごと、消えてもらう。……それでも、受けますか」
工房の、全てを、賭けた、挑戦だった。
背後で、一ノ瀬たちが、息を、詰めるのが、わかった。断れば、工房は、このまま、兵糧攻めで、じわじわと、干上がる。受ければ、一度の敗北で、全てを、失う。どちらに、転んでも、退路は、ない。冴島は、それを、承知で、盤を、差し出している。
だが、俺の中に、迷いは、なかった。
六車の、あの背中を、見たあとだ。才能値で、切り捨てられた者が、立ち上がれる。それを、大勢の前で、証明できるなら。久遠のような人間を、二度と、出さないために。この舞台は、むしろ、望むところだった。
「受けて、立つ」
俺は、言った。声が、震えていないことに、自分でも、驚いた。
冴島の口元が、ほんの、わずかに、動いた。笑ったのか、それとも、値踏みしたのか。男は、背を、向けて、去っていった。
才能の、頂点との、全面戦争が、決まった。工房の、全てを、賭けて。




