第6話 大瀑布
【リアンナ、それはダメだよ】
「良いじゃない。ここまで話を聞いちゃったんだから、わたしの好きにさせてよ」
嫌がっている子どもを無理やり殺して怒りを鎮めないと雨を降らせてくれない存在よりも、今ここにいるわたしのほうがよっぽど頼りになるわよ?
【この土地の魔力はもう――】
「それはさっきも聞きました。魔力がなければ魔力を使えば良いじゃない。緊急回復用の魔力石も用意してあるし、何も問題ないわ」
【それは本当に魔力が枯渇した時のために残された命を繋ぐ大切な――】
「うるさいわねぇ。メミニもわたしの使い魔なら、少しは主人に協力しなさいよ。わたし、姉さんが大魔法を使う時には、いつも魔法陣の組み立てと魔力の提供をしていたわよ?」
あなたもそれくらいしてちょうだい。
【本当にやるの……? わかったよ、使い魔使いの荒いご主人様だよ……】
メミニが小さくため息を吐いてから、あきらめたように小さく首を振った。けれどすぐに目を閉じる。しばらくすると、メミニの顔の前に大きな魔法陣が浮かび上がり始めた。体内で魔力の錬成に入ってくれたみたいね。
「ありがとう、メミニ。助かるわ」
わたしも集中しなきゃ。
効果範囲は、向こうの山からあっちの山くらいで良いかしらね。それで足りなかったら、またあとで追加すれば良いわ。
魔力の消費量は……メミニに少し借りられれば余裕はありそうね。
【リアンナ、威力の調整は大丈夫そう? さっきみたいに全部流してしまわないようにしてよね】
「わかっているわよ。溜めた水を一気に流さずに、少しずつ撒けば良いのでしょう? そうね、100日くらい続けば大地も潤うかしら?」
【100日は長過ぎる気もするけれど……。作物が育つには陽の光も必要だし、3日おきくらいに雨が降るとちょうど良いんじゃないかな。でもリアンナはそんなに長い間、魔法陣を維持できるの?】
「当たり前でしょ。これくらいの初歩魔法、エルフなら100年でも200年でも維持できるわ」
【初歩魔法でもないし……それは当たり前じゃないと思うけどね……。少なくともおいらは、そんなことができるエルフの話を聞いたことないよ】
「それはメミニが魔族だからでしょう。魔族にエルフのことがわかるわけないじゃない」
交流なんてほとんどないし、むしろ考え方が合わずに敵対することが多かったくらいだもの。
「あの……リアンナさんたちは何を……」
気づけばユウトが、わたしとメミニを交互に見ながら困惑の表情を浮かべていた。
準備に夢中でユウトのことをすっかり忘れていたわ。
「どう説明しようかしら……そうね……」
【簡単なことだよ。今からユウトの『神様』はリアンナさ】
ちょっと。
勝手なことを言わないで!
「神様……?」
ユウトが不思議そうな表情浮かべ、小首を傾げる。
【『神様』は日照りの続いた大地に雨を降らせてくれるんでしょ?】
「うん……」
【これからリアンナが100日間、3日おきに雨を降らせてくれるからね。もう作物の成長の心配はいらないよ】
ユウトが「本当?」と、確認するようにわたしのことを見つめてきたので、大きく頷いて見せる。
「姿も見せず、子どもの魂を欲する『神様』という人に頼る必要はないわ。わたしに任せておきなさい。もちろんあとから『ユウトの魂を寄越せ』なんて言ったりしないから安心してちょうだいね」
「リアンナさんたちは、どうしてそんなことを……?」
ユウトはさっきからずっと、訝しげな表情を見せている。
ちょっとはうれしそうにしなさいよね。
「ユウトは『神様』に魂を捧げたくない。そう言ったものね。だから捧げなくて良いようにしてあげる。それだけよ」
「ボク……生贄にならなくて良いの……?」
「そうよ。これから雨の代わりに水魔法で大地を潤わせるのはわたし――リアンナよ。わたしが捧げなくて良いと言っているんだから、ユウトの魂は誰にも捧げる必要はないの」
ユウトが一瞬だけ笑顔に……それからすぐに暗い顔に戻ってしまった。
「何かまだ不満があるの?」
「何も……。ありがとう……ございます」
よろしい。
小さいのにちゃんとお礼が言えてえらいわね。
【リアンナ、こっちは準備OKだよ】
「わたしのほうもOKよ。じゃあ行くわね」
杖を掲げ、わたしとメミニの組み上げた魔法陣を起動する。
練り込んだ魔力を流していく。
ゆっくりと――。
完成した空に転写。そして定着させる。
期間は100日。
準備は完璧。
「大瀑布――」
小さく呟き、魔法を発動させる。
雲1つない青空。
日差しが照りつける中、空から大量の水が降ってきた。
それがすべて、乾いて地割れした大地に吸い込まれていく。
成功かしらね。
「本当に雨が……」
ユウトが呆然とした様子で、空を見上げていた。
再び全身を濡らしながら。
【ねぇ、リアンナ。この水、ちょっと威力が強すぎない?】
「初回サービスよ。次からはこの半分の水量に調整してあるから安心して」
半年の日照り続きで、大地がカラカラに乾いているんでしょう? だから最初だけ少し多めにね。それくらいちゃんと考えているわよ。調整を失敗したわけじゃないんだからね。あー、メミニ、その顔……疑っているでしょ⁉ 失礼しちゃうんだから。
【あの魔法陣はリアンナがいなくても発動し続けるの?】
メミニの質問の意図はわかっていた。
「もちろんよ。わたしたちがこの地にとどまり続ける必要はないわ」
行きましょう。
新しい時代、新しい文明を見て回るの。
そしてわたしの家族を探す旅に出ましょう。
あの姉さんが空間消滅とともに死ぬなんて想像もつかないもの。
きっとどこかで生きているに違いないわ。
「ユウト、これでお別れよ。それじゃあ、わたしたちは行くわね。集落のみんなへの説明はあなたからしてちょうだい」
空を見上げたまま佇むユウトを残して、わたしとメミニは歩き出す。
少し歩いてから立ち止まり、空を見上げてみる。
相変わらず雲1つない青空。
そして降り注ぐ大量の水。
自分でやっておいてなんだけど、不思議な光景ね。
「雨に見せかけるために雲でも用意したほうが良かったかしら?」
【そうかもね。次があったらそうしよう】
次があるかしらね?
わたしたちは前を向き、再び歩き出す。
行き先はどうしようかしらね。
そうね。まずはあの地平線の先まで行ってみましょうか。
水除けの補助魔法をかけているから、わたしたちの服は濡れたりしない。




