第5話 生贄として捧げられた少年
ついうっかり、子どもを木の根っこのところに寝かせたまま、合成魔法――再生を掛けてしまったわ……。
【あ~あ、魔力酔いしている少年に、さらに魔法の重ね掛けをするなんて……】
「どうしましょう……死んでしまったかしら……」
子どもに近寄り、首筋辺りに触れてみる。
「生きて……いそう。良かった……。あら? さっきは白かった肌が赤く……重症かしら……」
魔力酔いをしているところにさらに魔力を注ぎ込んでしまったし……。どこかに魔力吸収石でもあれば良いのだけれど。
「う、ううん……」
さっきまでピクリとも動かなかった子どもが、うめき声ともに身じろぎをする。
【リアンナ、もしかしたらその子の意識が戻るんじゃない?】
「魔力酔いがひどくなったのではなくて? もしかして、再生の効果で回復したのかしら?」
【それは植物にしか効かない魔法だと思うよ。なんだろうね……。でも見て。顔に生気が戻ってきているし、たぶん目覚めるんじゃないかな】
メミニの言う通り、肌の赤みは血色が良くなってきている証のようね。時折あげるうめき声も、苦しんでいるというよりは、眠りが浅くなってきている時の寝言のような?
と、子どもの目がカッと見開かれ、地面に腕をついて飛び上がるようにして立ち上がった。
「あら起きた? 魔力酔いをしていたのだから、突然動き出すとまた倒れるわよ。しばらく安静にしていなさい」
「……*!*&|@$⇒%§ц? Θ⇔Υ\%(!`@@+⁉」
この子が何を言っているのかわからない……。知らない言語ね。でもずいぶん警戒されているのは表情と口調でわかるわ。
【おいらたちの話す言葉とは、ずいぶん違う言語のようだね】
「異種族間での会話を成立させる補助魔法を……翻訳!」
わたしとメミニのほうに掛けておけば良さそうね。
「あなたたちは誰ですか⁉ 見たことない格好で……外国の人⁉」
やっと意味のある言葉として聞こえたわ。
わたしたちの素性を疑っているようね。
「わたしはリアンナ。こっちは使い魔のメミニよ」
「つかいま……?」
メミニのことを睨みつけるようにして観察している。
【おいらたちは、遠い外国からきたんだ。使い魔というのは従者――お世話係みたいなものだよ。リアンナは1人だと何もできないからね】
メミニがわたしの杖を引っ張りながら、ニシシと笑う。
「そうですか。どうせわたしは世間知らずですよ」
ところで外国って何?
【さあ? おいらも知らないよ。でも前時代の生き残り、なんて説明しても理解できないだろうから、少年の会話に乗ってみただけ】
そう。まあ、真実を話してどうなるものでもないし、その流れで行きましょう。
「あなたのお名前は何というのかしら?」
「ボクはユウト……です。リアンナさん、メミニさん、こんにちは」
ユウトは少しだけ警戒レベルを下げてくれたのか、ぺこりと会釈してきた。
「こんにちはユウト。とても良い名前ね。ところであなた、さっき火魔法で死にかけていたけれど、ここで何があったのか教えてくれない?」
せっかくなら火魔法が暴走していた理由を聞いて、すっきりしてから出かけたいの。
「ひまほう?」
「ええ。さっき、この木に吊るされて、周りを火魔法で囲まれていたでしょう。もしかして覚えていない?」
「ひまほう……火……あれは……」
ユウトはそれだけ言うと、目をつぶって下を向いてしまった。
何かを思い出そうとしているの? それとも話しづらい内容なのかしら……。
「ボクは神様に捧げられる生贄に選ばれたんだ。だから、火に……かけられていた……」
「カミサマ? イケニエ?」
また知らない言葉。
新しい時代に生まれた文化かしらね。
「ここら辺一帯は、しばらくずっと日照りが続いているんだ。半年以上も雨が降っていないから、作物が育たなくてみんな困っていて……。体に『刻印』の浮かび上がったボクが、生贄に捧げられる必要があるって言われて……」
要領を得ないユウトの話。
だから何なのよ? じれったいわね。
と、わたしとメミニで質問攻めにして、ようやくわかったのは――。
「つまり『神様』という目に見えない人物が怒っているから雨が降らない。そう言いたいのね? その怒りを抑えるために、体に『刻印』が現れた子どもを火にかけて殺す必要があるのね?」
実際に見せてもらった左肩にある『刻印』は、この時代の人からすると異端の印である、と。
ユウトが『刻印』と呼んだものは、小さな魔法陣ね。完全に読み解けたわけではないけれど、おそらく魔力を抑制する類のものだわ。
「ねぇ、神様なんて本当に存在するのかしら?」
少なくともわたしの時代にはそんなものはいなかったわね。子どもの魂をほしがる存在? 魔族の一部でもほしがるのは精気までよね。
【それは夢魔のことだね。おいらの部下……友達にはそういう者たちがいたかな。でも彼らは人の魂はほしがらないと思うよ】
そうよね。
魂はその人固有のものだし、死んだらそれでおしまい。誰かにどうにかできるようなものではないもの。もらったとしても困るわ。
「ところでユウトは雨が降らなくて困っているの?」
「うん……。作物や牧草がうまく育たなくて、このままだと冬を越すための食べ物が手に入らないかもしれないから……」
「冬を越すための食べ物を手に入れるために、『神様』に子どもの魂を対価として支払って水魔法を使ってもらうということかしら?」
人の魂を対価にする魔法なんて聞いたことがないけれど。
【おいらも聞いたことがないよ。でもこの時代は、大気中の魔力が極端に少ないし、効率よく扱わないと魔力枯渇の恐れがあるから、他人の体内にある魔力を利用した特別な魔法が生み出されたのかもしれないね】
そういうことなの……。
でも、それだったらなんでユウトは時折つらそうな表情を見せるのかしら?
「ユウトは『神様』に水魔法を使ってもらうのが嫌なの?」
わたしの言葉に、ユウトはハッとした表情を見せた。
「嫌……かどうかわからないよ」
「なぜ?」
「神様が雨を降らせてくれたとしても、その時にはボクは死んじゃっているからね……」
自嘲気味にため息を吐いた。
そうよね。
作物が無事育ったとしても、命を奪われたユウトがそれを食べることはないし、冬を越すこともないわ。
「ユウトは死ぬのが嫌?」
「それは……でも『刻印』が浮かび上がった者の定めだって言われたから……」
「その定めには、ユウトも納得済みなの?」
「納得って……昔からそういう決まりだって言われて……」
「ユウトは納得しているのか。わたしはあなたの気持ちを訊いているのよ」
しばらくの沈黙。
大人から言われていること。
ただそれを信じていたのなら、自分の頭で考えたことはなかったのかもしれないわね。
でも考えて。
「……してない」
1人で答えが出せてえらいわ。
「そう。ユウトは納得していないのに、大人たちに無理やり火魔法にかけられて、『神様』という人に水魔法を使ってもらうための対価としてユウトの魂が支払われたのね」
「……うん」
あなたの気持ちはよくわかったわ。
それなら……こっちにも考えがあるわよ。
【リアンナ、ダメだよ】
またわたしの心を読んで……。
使い魔って面倒ね。




