第37話 エルフ族と人族
オルガナイト国の第二王子・ナパヤ=オルガナイトから、神柱についての話を聴いた。
どうやらわたしたちが訪れた忘れじの塔は、神柱の1つだったようね。残りの2つの神柱の名前もわかったわ。
夢うつしの塔、そして影映えの塔。
それぞれ見に行ってみないといけないわね。
もしかしたら塔の中には、ルナリアのような存在がいるかもしれないのだし。
「我が国でも何度も調査団を派遣していますが、未だ内部に侵入できた実績はありません。人の手に余る存在。神柱と呼ばれる所以ですね」
「そうなのね」
魔法が使えない人族では、あの魔法偽装を解くことはできないでしょうね。忘れじの塔の魔法偽装を解いたのは、1,000年経ってもわたし1人だけだったわけだし。
おそらく外の世界に魔法を使える者はいないのだわ……。
「リアンナ様は忘れじの塔に滞在されていたとおっしゃっていましたが、もしや塔の中に、ということなのでしょうか?」
ナパヤの視線が鋭くなる。
さっきは口を滑らせたかもしれないわね……。
ここは慎重に答えないとめんどうなことになりそうだわ。
「忘れじの塔ですか? ルナはお父さんたちとずっと塔の中で暮らしていましたよ」
ちょっとルナリア!
こんな時だけ食事の手を止めて! そういう大事なことは、駆け引きなくはっきりと答えてはダメよ!
「やはり塔の中に……」
顎に手を当てると「やはり、やはり」と言葉を繰り返しながら、テーブルの周りをうろうろし出した。
「先に言っておくけれど、人族は塔に入れないわよ」
「なんと! やはり神に選ばれし種族でないといけないということでしょうか⁉」
ナパヤが距離を詰めてくる。
「違うわよ。魔力が体内で錬成できないと、塔の入り口に辿り着けないだけよ」
それより、ちょっと近いから離れなさい。
「それにあれは、あなたたちの言う神が創ったものではないわ。しっかりと魔法術式が編みこまれた結界が張られていたし、魔法偽装も馴染み深いものだった。あれはわたしの同胞たちが造ったものに間違いないわ」
あの中は異空間だもの。
忘れじの塔の外と中を観察してみたの。術式としては魔導図書館の造りを参考にしつつ、出入りの制限と魔力の対流に主眼を置かれているように感じたわ。あれは空間消滅の際に緊急退避用として造られたものではないかとわたしは思うのよね。
「中には何があるのでしょうか⁉」
ナパヤは知りたがりね……。
まあ良いわ。知ったところでどうにかできるものでもないわけだし、教えてあげるわよ。
「中はダンジョンよ」
と言ってもわからないわよね。
「塔は外側から見たサイズと中はまったく違うわね。横にも縦にも広大な空間が広がっていて、おそらく100層以上の階層構造になっていると思うわ。中には魔物が生息していて、ぼんやりしていると襲ってくるわね」
「魔物ですか……」
「どう説明すれば伝わるかしら。凶暴な家畜のようなものかしらね。わたしたちを見ると襲ってくるのよ。彼らが生息することで、空間内の魔力が濃くなるの。理屈はわからないわ。魔物の吐く息だという者もいれば、魔物の死骸が魔力を生成すると主張する者もいる。どちらが正しいかはさておき、魔物がいれば魔力が濃くなる。それだけは確かなのよ」
わたしたち魔力を体内に取り込んで生きる種族にとって、魔物は敵対者でありながら、共生者でもあるの。
「魔力を取り込む必要のない人族にとっては何も恩恵のない場所なのよ。魔物に襲われるだけのね。魔力が錬成できない種族は、魔物の皮膚にさえ傷をつけることができないわ」
「ダンジョンとは……とても恐ろしい場所、なのですね……」
これで興味を失ったかしらね?
「魔力を吸収できて、体内で魔力を錬成できる種族にとってはそうでもないわ。魔力による攻撃なら魔物は簡単に倒せるのよ。それに、この外の世界よりも何倍も魔力が濃いから生きていくのに不自由はないし。むしろ塔の中がわたしたちの居場所なのだと思うわ」
もうこの大地のほうが、わたしたちが生きることを歓迎していないように思うわ。空間消滅の後、人族のために最適化されたのよ。それこそ、『神』の手によってね。
「なぜリアンナ様たちは忘れじの塔を出られたのですか? 今のお話からすると、外に出る理由がないように思います」
「最初に言ったでしょう? 旅の目的は、わたしたちのように生き延びた同胞を探すためよ。だからほかに塔が2つもあると知ったからには、それを見に行かなければならないわね」
本当はすぐにでも出発したいわ。
ルナリアの食事が終わって、メミニの酔いが醒めたら……。
「夢うつしの塔、と影映えの塔の詳しい場所を教えなさい」
「もちろんお教えします。しかし……私が道案内したほうが確実ではないかと思うのです……が……どう、でしょうか……?」
ナパヤが上目遣いに見つめてくる。
まるで悪いことをしたのが親に見つかって、これから怒られるのを待っているような子どもの顔ね。
「答えは聞かなくてもわかっているのでしょう?」
無駄な会話は好まないわ。
「なぜ同行を許していただけないのか、理由をお聞かせ願えますか……?」
しつこいわね。まあ良いわ。
「単純な理由よ。人族の寿命は短いもの。今のあなたが18歳だとしてもね。残りの寿命は100年もないのでしょう?」
ナパヤったら、口をポカンと開けて……想像していなかった理由だったかしらね?
「塔の中がどうなっているかはまったくわからないのよ。忘れじの塔のように中からは比較的自由に出られる構造かもしれないけれど、そうではないかもしれない。100層以上のダンジョンを登っていって、塔の管理者を倒さないといけないかもしれない。それにかかる時間は100年では足りないかもしれないのよ」
人族のあなたが、わたしたち幻想種や長命種と一緒に旅をすることは無理なの。
「実際ね、ルナリアと一緒に忘れじの塔に避難した人族は、中でみんな死んだそうよ。ルナリアは小さいながらも約1,000年、塔の中でたった1人で過ごしてきた。わたしたちと出会ったのはつい最近のことなの。つまりはね、そういうことなのよ」
わたしとあなたでは根本が違うのよ。
こうして言葉が通じているように思えているのも、わたしが魔法を使って言語を変換しているおかげなのよ。
ショックを受けてよろめくナパヤのところに、屈強な使い魔が近寄ってきた。二言三言、やり取りをした後、ナパヤはわたしのほうに向きなおり、無理やり笑顔を作って見せた。
「ユウト=シェバスターが到着した……との報告が入りました……。ぜひ……会ってやっていただけますか……」
弱々しい微笑みね。
こんな時でも気丈に振舞おうとする姿は健気で好感が持てるわ。でも悲しい時には泣いても良いのよ。




