第36話 神柱
ナパヤが神妙な顔つきで語り出した。
「我が王国最古の文献にはこう記されていました。『今から1,000年前、神の審判が下った。この地に住まうすべての生物は息絶えた』と」
メミニが運ばれて行ってすぐに、ナパヤがわたしたちのテーブルのところに戻ってきた。食事の説明もそこそこに、あれこれエルフ族のことを訊きたがったので、多少は付き合ってあげることにしたわ。これだけルナリアがしあわせそうに食事をしていることだし……多少よ?
「神が清浄化された土地に、新たに私たちが人類が生み出されたと書かれてあるのです。だから、『わたしたちは神の子である』というのが、我がオルガナイト王国の考え方です。『ハスル神』によってこの地に産み落とされ、繁栄した種族である、と」
メミニが魔導図書館から観察していたという『空間消滅』と時期も内容も一致するわね。
それにしても、神の審判とはよく言ったものね……。つまり姉さんは、その神の審判とやらに負けたということになるのかしら……。
「神の審判によって消滅したとされる種族の中に、エルフ族のことが記されていたのです。地を統べるエルフ族。水を統べる海人族、天を統べる天使族。闇を統べる悪魔族」
「わたしたちは、統べていたつもりはないのだけれどね」
大地には、エルフ族以外にも、たくさんの種族がいたわ。わたしたちは交流を持っていたのは、同じ幻想種の妖精族や精霊族が主ね。ドワーフ族とは協力関係にあったわ。けれど獣人族とかかわることはほとんどなかったわね。
「『ハスル神』の怒りに触れたせいで、すべての生物が息絶えたとなっていますが、実際のところはどうなのでしょうか……?」
ナパヤが神妙な面持ちでわたしの顔色を窺ってくる。
「わたしは『ハスル神』という存在を知らないわ。会ったことがないもの」
いたのかもしれないけれど、少なくともエルフ族と交流はなかった。つまり、わたしたちがそのハスル神の怒りの対象になるようなことはあり得ないのよ。
「でもね、空間が消滅したとされている時、たまたまわたしは別の空間にいたから助かったの。だから地上で何が起きたかはまったく感知していないのよね」
おもしろい話ができなくてごめんなさいね。
「別の空間……ですか?」
「そうよ、別の空間。そういえば、あなたたち人族は魔力を使えないのだったわね。わたしたちは多人数による大規模な魔法行使によって、この大地から独立した空間を作り出すことができるの」
もちろんそれは簡単なことでないのよ。何十人、何百人のエルフ族の者たちが、何千年も魔力を練り続けて、ようやく実現するものなの。
「それではリアンナ様は、たまたまその独立した空間にいらっしゃったのですね……」
「わたしのいる空間は、消滅の対象ではなかったということになるのかしら。1人で本を読んでいたから外で起こっていることに気づかなかったの。たまたま消滅させられずに生き延びただけよ」
「本、ですか?」
「そうよ。わたしがいたのは魔導図書館だもの。そこで新しい魔法の研究をしていたの」
「新しい魔法……。その魔法というのが、キネクティ地方にもたらされた『恵みの雨』なのですね」
「そういうことになるわね。あの時メミニが調子に乗って、わたしのことをユウトの『神様』だなんて言うから、大事になってしまったのよね……」
ユウトには、もっとしっかりと口止めをしておけば良かったわ。
「そういえばユウトはまだ来ないのかしら?」
この場に呼ばれているのよね?
「準備に時間がかかっているのでしょうか。リアンナ様をお待たせするのは良くないですから、すぐに来るように伝えさせたつもりなのですが……」
「大丈夫よ。ルナリアの食事が終わるまではこの場にいるつもりだから」
ルナリアはまだ頬いっぱいに食べ物を詰め込んでいるし、もう少しは時間の猶予がありそうね。
「今、ルナのことを呼びましたか?」
「少し名前を出しただけだから大丈夫よ。思う存分食べていなさい」
「ふぁ~い」
しあわせそうね。
この街に連れてきて良かったわ。
「ナパヤ。わたしからも質問をしても良いかしら?」
せっかくだから疑問を解消しておきましょう。
「なんなりと」
ナパヤは果実酒のグラスに口をつけてから、わたしのほうに向きなおった。
「飲みながらで良いわ。わたしがこの世界を旅している目的は、わたしのように生き延びた同胞を探すためなの。もしナパヤが、『恵みの雨』のような魔法行使の話を耳にしたことがあるのなら教えてちょうだい」
「そうですね……」
ナパヤは「う~ん」と唸った後黙り込んでしまった。
「なんでも良いの。情報をもらえるなら、小さなものでも良いから、1つ1つ確認していくわ」
わたしたちには時間だけはあるのよ。
「申し訳ございませんが、『神の御業』の話を直接耳にしたことはありませんね」
「そう……」
やはりわたしたちだけ、なのかしらね……。
「ですが、文献に記されている話であればお伝えできます」
そう言って、ナパヤはグラスの中身をすべて飲み干した。
ああっ、そんな一気にお酒を飲んでメミニのように酔って倒れてしまったら、文献の話が聴けないわ。……大丈夫そうね。さっきメミニが飲んだお酒には、魔族を睡眠状態にする魔法でも掛かっていたのかしら?
「我がオルガナイト国は、神によって創られた国です。その証として、3本の神柱が存在しているのです」
「神柱?」
「『ハスル神』が創ったとされる、巨大な建造物です。大きな大きな柱で、雲を貫き天高く伸びているそうです」
天高く伸びている柱――。
それのことなら知っているわ。
「もしかして、忘れじの塔のことかしら?」
「ご存じだったのですね! 神柱の1つが忘れじの塔と呼ばれています」
「わたしたちはそこにしばらく滞在していたのよ。あれはまさに、わたしたちの時代の遺物だわ」
神柱ね……。
やはり、忘れじの塔以外にも存在していたのね。
ぜひ残りの2本も調べてみる必要があるわ。




