第34話 人族との取引
「ナパヤ、よく聴きなさい。エルフ族はいかなる場合でも、人族と取引をすることはないわ。それはわたし個人だけではなくて、すべてのエルフ族がそうよ」
当てが外れて残念だったわね。
「そういうわけだから、わたしたちは失礼するわね。これだけは言っておくのだけれど、ルナリアに素敵なドレスを着せてくれたことには感謝しているわ。ありがとう」
ではさようなら。
メミニ、ルナリア、行くわよ。ドレスを脱いで城を出ましょう。
ほら、2人とも何をしているの? 長居は無用よ。
「ルナリア、そんな顔をしないの。こういったことはこれから幾度も起きると思うわ。とくにハーフエルフのあなたは、与しやすいと思われて、内々にエルフ族のわたしとの橋渡しを求められることもあるでしょう。人族とはそういう生き物なのよ。少しずつ慣れていきなさい」
「はい……でもお肉……」
まだそんなことを言って――。
【ああ、大丈夫だよ、ルナリア。おいらはお金持ちだからね。ここで食べられなくても、好きなだけ屋台のお肉をご馳走してあげるよ】
「ありがとうございます! メミニさん大好き♡」
ドレス姿のルナリアが、ドレス姿のメミニに抱き着く。
ふむ……これはこれで……良いものだわ。
やはりメミニは女の子になるべきね。もともと違和感があったのよ。わたしの使い魔なのに男の格好をした魔族だなんて。
【ええっ、おいらはリアンナのエスコート役もできるようにと思って、男の格好をしているのに……】
「そんなの1万年早いわよ。ドレスのほうが似合っているのだから、その見た目にふさわしい性別に変化なさい」
生意気でも、かわいい女の子の使い魔だと思えば、多少は許せるわね。魔力の錬成に自信がないなら、わたしが補助してあげるわ。
メミニが人族の女の子に変装するための服も買わないとダメね。
いっそのことみんなで選ぶのはどうかしら?
【げ~! あのひらひらの服をおいらも着るの?】
きっと似合うわよ。さっそく買いに行きましょう。もちろんお肉もね。
【でももう夜だから、ほとんどの店は閉まっていると思うよ。今夜の宿はどうしようか……】
「それだったら今夜は、街のどこかに拠点を作りましょう。周囲に人払いの補助魔法を掛ければ、ここにはそれを解除できる者なんていないのだから大丈夫よ。わたしたちの好きに寝泊まりできるんじゃないかしら」
肉は……メミニがどこか空いている店を探して来てちょうだい。宿屋には料理を出すところもあるのよね? そこで料理だけ買い取れないか確認するのはどうかしら。
【良い考えだね。さっそく行こう】
「待ってください! どうかお待ちください、リアンナ嬢! いいえ、リアンナ様!」
あら、ナパヤ? わざわざ部屋の外まで追いかけてきて、何の用かしら? いくら頼まれても取引はしないわよ。
「このような遅い時間に城を出るなど、あってはならないことです。美しい人よ、どうか今宵は我が城にご逗留いただきたい」
ナパヤは右手を胸に当てて、深く腰を折って頭を下げてくる。
「わたしたちがこの城に泊めてもらう理由がないわ。あなたに何も返すつもりがないのだから」
あなたが恩を押し売りしてきても、わたしは何も施しを与えない。いくら期待をしても、それは失意と絶望に変わるだけなのよ。
「そうではないのです。私はずっと会いたかった。あの時の噂を聞いてからずっと……。幼少期より憧れていたエルフ族が、架空の存在ではなく実在するのだとしたら、何と引き換えにしてでも会いたかった……。ただそれだけなのです ……」
ナパヤが跪き、床に頭をこすりつける。
【ナパヤ王子、顔を上げて。そんなことをされてもリアンナは困るだけだよ。それより、あの時の噂というのが何か、訊いても良いかな?】
メミニが、わたしとナパヤのちょうど中間地点辺りに体を割り込ませてきた。
心配性ね。万が一、人族に攻撃されたとしても、何らダメージを負うことはないわよ。
ナパヤが顔を上げる。
メミニの警戒に気づいていないかのように、無邪気な微笑みを浮かべた。
「はい、今から15年ほど前になりますか……。キネクティ地方に女神様が顕現なされたとの噂が流れたのです」
女神ね。
それは人の子を生贄に喰らう神とは違うものかしら?
「おおよそ人ではありえないほどの美しさと神々しさ、その両方を身に纏った女神様が、黒き小さな少年を従えて顕現なされたという噂でした。稀に見る大干ばつによって、深刻な不作と水不足が発生し、いよいよ土地を捨てて移住を計画していたキネクティ地方に対して、その女神様が恵みの雨をもたらされた、と」
既視感があるわね。
この世界は常に魔力も枯渇しているし、どこでも似たようなことが起きているのね。
【リアンナ……たぶんだけど、その女神というのは、リアンナのことだよ……】
「わたしはエルフ族だもの。女神という不確かな存在ではないわよ。子どもの魂を生贄に捧げなければ、水一つ与えられない神と一緒にされては困るわ」
人族というのはどこまでも失礼ね。
ええと、あの時助けたのは――。
【ユウト】
「そう、ユウト。ユウトは、体に現れた『刻印』が消えたわけではないものね。数年後にメミニが集落の様子を見に行った時にはすでにもう……。再び雨が降らなくなった時に、再び火にかけられて神にその魂を捧げられてしまったのよね……」
あの子は生贄になることを望んでいなかったというのに。
「我が国で広く信仰されている『ハスル神』は、決して生贄を求めたりはされません。そのようなことは、教義で固く禁じられています。しかしながら、キネクティ地方には古くからある異教の教えがあり……それが……」
【ユウト少年の魂を求めた、と?】
「はい……」
ナパヤはそれだけ言うと、うな垂れてしまった。
【異教徒のやったことだから知らないというのは、王族としてどうなのかなっておいらは思うんだけどな】
「決してそのようなつもりは……。女神様の御業の噂の真偽を確かめるべく、私の兄――王太子のソライが先頭に立ち、キネクティ地方の調査に乗り出しました。その際に、異教徒の粛清は……」
ナパヤの表情は曇ったままだった。
「そう。ではもうユウトのように、生贄に捧げられる子どもはいないのね」
「はい……もう二度と……」
ナパヤは顔を上げ、力強く頷いた。
「これで良かった、とは思わないわよ。わたしの助けたユウトが、神という存在に、再び生贄として捧げられた事実は消えないわ」
命は失われてしまったら、もう元に戻らないの。
「いいえ、そのことですが――」
ナパヤが立ち上がる。
「女神に助けられたという少年――ユウトは、事情聴取という名目で兄の率いる調査団が保護しております。少年は生贄には捧げられておらず、現在も無事だと聞き及んでいます」
「あら、ユウトは生きていたのね」
【それは良かった! 今も元気なの?】
「はい。それはそれは元気で……現在は王国騎士団に所属して、毎日訓練に励んでいると聞き及んでいます」
そう、ユウトは兵士になったのね。
「今、騎士団の宿舎のほうに使いを出しております。王国騎士・ユウトを本日の晩餐会に出席するように指示しておりますので……」
ナパヤがわたしの顔色を窺ってくる。
【だから、このまま城を出ていかずに、おいらたちにも晩餐会に参加しろって?】
「はい、ぜひとも。私は憧れのエルフのリアンナ様のお話を伺いたい。当時、直接リアンナ様に助けられたユウトも交えて、昔話に花を咲かせるのはいかがでしょうか。これは取引などではなく、ただのお願いでございます」
ナパヤが再び片膝をつき、首を垂れた。
「せっかくの申し出だけれど……ユウトには、『無事で良かった』と伝えておいてちょうだい」
やはり人族の晩餐会に出席して、その代償としてエルフ族の話をするのは、お願いなどではなくて取引よね。あなたが悪い人ではないのはわかったわ。でも、ごめんなさいね。
頭を下げ続けるナパヤをその場に残し、立ち去ろうとしたその時だった。
グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。
「あっ……」
静かに黙っていたルナリアの口……ではなくお腹から、空腹を告げる鐘の音が――。
ルナリアはお腹を押さえてうずくまった。必死にお腹と顔を隠すルナリアだったけれど、その首筋は朱色に染まっていた。
【リアンナ。まあ、良いんじゃないのかな】
そうね。ルナリアのお腹がここで食事をしたいと言っているのなら、親としては甘やかしてあげるべきよね。
「ナパヤ、気が変わったわ。晩餐会に参加させてちょうだい」




