第33話 宿の代償
ドレスに着替えたわたしは、年若い使い魔に連れられて王城の廊下を進んでいく。
連れて行かれたのは、最初に通されたのとは別の部屋だった。
天井が高くてとても広い部屋――でもここは晩餐会の会場ではなさそうね。料理がないし、それを並べるためのテーブルもない、ただ広いだけの部屋ね。
ところで、メミニとルナリアはどこかしら。
「おお、リアンナ嬢! 私の晩餐会にようこそおいでくださった。とてもお美しい……」
部屋の奥――わたしが入ってきたのとは別の扉からやってきたのは、この城にわたしたちを連れてきた人族の男だった。男も着替えを済ませてきたようで、頭には金属の冠を戴き、裏地が真っ赤なマントを羽織った華美な服装へと変わっていた。
「どうもありがとう。宿屋に入れなかったわたしたちを、このような場所に一晩泊めてもらえるだけで感謝しているわ」
「何をおっしゃるのです。美しい人よ。一晩だけと言わず、もっと滞在していただいてかまわないのですよ。むしろもっと長くご逗留いただきたい!」
なぜ引き留めるようなことを言うのかしら?
もしかして、何か良からぬことを……わたしたちが魔法を使える稀有な存在だと知って、何かをさせようと考えているのかもしれないわね。早めに消滅させておいたほうが良いかしら。
「いいえ、けっこうよ。わたしたちは、明日の騎士叙任式というものを見学したら、この街を出るつもりなの」
宿の提供には感謝しているけれど、それを理由にあなたの願いを叶えるつもりはないの。ごめんなさいね。でももしこれ以上しつこくするようなら、ここで消えてもらおうかしら。
「ああ、叙任式に興味を持っていただいたのですね。ありがとうございます。叙任式が終われば、私も晴れて成人として認められます。そのあとであれば、旅人のリアンナ嬢にもっともっと珍しいものを見せて差し上げることができるかもしれません」
男は腰を曲げて恭しく頭を下げてくる。
「もっともっと珍しいもの? なにかしら?」
まさかここにも忘れじの塔のようなものがあったりするの? もしその可能性があるのなら、しばらくここに滞在する価値はあるわね。まだ生かしておきましょう。
「それは――」
男が微笑んでから口を開いたその時だった。
【お待たせ、リアンナ。ここにいたんだね】
「お待たせいたしました!」
メミニとルナリアが、年若い使い魔たちを伴って大広間に入ってきた。
なんとまあ、ルナリアのドレス姿はとてもかわいらしい仕上がりね!
瞳の色に合わせて蒼色のドレスだなんて。あなた、とても若そうな使い魔なのに良い感性を持っているわ。あなたの顔は覚えたわよ。
それに対してメミニは……なぜドレスに着替えたのかしら? メミニにも一応、見た目上の性別は男なのよね? あなたも男なら、こっちの人族の男のようなマントを羽織ったり――。
【おいらは一応男の子なんだけど、この人が、『あなたは絶対ドレスのほうが似合う』といって聞かなくて、半ば強引に着替えさせられてしまったんだよ……】
嫌なら断れば良いじゃない。
最後までしっかり着込んで何を言っているのかしら……。
【鏡を見たら、思いのほか似合っていたから……まあ、良いかなと……】
だったらそのままで良いじゃない。
むしろ仮で決めた性別のほうを女に変えれば良い気がするわ。
【そんな! おいらは性別に誇りをもっていて、かわいいよりもかっこいいと言わ――】
メミニの泣き言が始まりかけたところ――ルナリアが狙ったように割って入ってくる。
「リアンナさんのドレス姿! とてもキレイです! 黒いドレスに大人な女性の落ち着きを感じます。すごく……憧れてしまいます!」
「ありがとう。ルナリアもとても素敵なドレスを選んでもらえたのね。ルナリアのかわいさが際立っているわ」
近くで見ると本当によく似合って見えるわね。
まるでルナリアのために仕立てられたドレスのようだわ。
「人族の……あなた……良い使い魔を使役しているわね。ルナリアにこのようなドレスを着る機会を与えてくれて本当にありがとう。とても感謝しているわ」
【リアンナ、お礼を言う時くらいは名前を呼ばないと失礼だよ】
名前……。
さっきからこの男が一度も名乗らないのよ……。
【ああ、リアンナは気づいていないんだね。おいらも今の姿を見て気づいたんだけど、この人はオルガナイト国の第二王子・ナパヤ=オルガナイトだよ】
「ええっ⁉ 王子というと、明日、騎士叙任式に出席される方ですか⁉」
「あら、あなたが第二王子だったの?」
裕福そうな身なりだとは思っていたのだけれど、王の子だったのね。気づかなかったわ。
「やはりリアンナ嬢は、私の正体にお気づきになっていらっしゃらなかったのですね……」
先ほどまでの明るく朗らかな微笑みに、ほんの少しの陰りが見えた。
「ごめんなさいね。わたし、人族の顔はあまりよく覚えられないの。あなたのことを辱めようと思ったわけではないよ」
【リアンナが覚えられないのは、顔だけではなくて、人の名前も地名も常識もだけどね】
メミニが茶化すように笑う。
わたしが覚えられないのは、覚える気があまりないからよ。人族の定めたもの全般に興味がないだけよ。
けれど、人族の料理に関する情熱――食材を前に試行錯誤を繰り返して、さらにおいしい料理を作り出そうとする姿勢は評価できるわ。
「私が王族と知ってもなお、顔色も態度も変えたりされない。しかも、私のことを『人族』と呼ばれる……」
種族名で呼ばれて、気分を悪くしてしまったかしらね。
ええと、あなたの名前は何だったかしら?
【オルガナイト国のナパヤ王子だよ。そろそろ覚えてあげて】
「そう、ナパヤ。今度こそあなたの名前は覚えたわ。安心なさい」
これでもう、あなたのことを種族名で呼んだりはしないわ。
「そしてその耳、その瞳――」
ナパヤは、わたしの言葉が聞こえていないかのように何事かをぼそぼそと呟きながら、わたしの顔をじっと見つめてくる。
「やはりリアンナ嬢は、我が王国最古の文献に記されている『エルフ族』の方ではありませんか?」
「あら、わたしのことを知っているのね。わたしはエルフ族の族長代理リアンナよ」
「ルナは、ハーフエルフですが、族長の娘のルナリアです!」
【あまりエルフ族のことは、大っぴらに外では言ってほしくないんだけど……。おいらはリアンナの使い魔メミニだよ。ナパヤ王子はエルフ族のことをご存じなんだね?】
「はい。実際にお会いしたのは初めてです。文献でその存在を知りました。もし叶うのなら、お会いして話がしたい。ずっとそう願ってきました」
ああ、そういうことなのね。今になって、メミニが身分を隠そうとしていた理由がわかってきた気がするわ。
「ナパヤ。あなたは、わたしがエルフ族の者だと知った上で、この城に招待した。そうよね?」
恩を売って、わたしの力を利用するつもりなのね?




