第32話 晩餐会への招待
わたしたちは連れ立って城内の廊下を歩いていた。
至るところに金銀の装飾が施されているし、廊下にも生き物の毛が敷き詰められているわ。人族の城はとても派手ね。
【リアンナ……どうしてこうなったのか説明してくれないかな……?】
「リアンナさん……こんなところに入って大丈夫なのでしょうか……?」
2人してわたしのことを見ないでちょうだい!
わたしにだって何が起きているのかわかっていないのよ!
「さあ、リアンナ嬢、こちらの部屋にどうぞ」
大変身なりの良い人族の男が立ち止まり、わたしのほうに向き直る。
男は微笑みを浮かべたまま扉を指し示した。
その行動が合図だったのか、それまでわたしたちの後ろを歩いていた白髪の年老いた人族の男が前に進み出る。扉に手を掛けると、ゆっくりとした動作で開き始めた。
「改めて歓迎の意を。我が城によくぞお越しくださいました。リアンナ嬢、それにお連れの方々も、そのように硬くならずに。ご自分の家だと思っておくつろぎください」
ご自分の家ね。
わたしたちエルフ族は、こういった華美な人工物はあまり好まないのだけれど。
「リアンナさぁん……どうしましょう……」
ほら、ルナリア。情けない声を出さないの。
くつろげと言われているのだから、言葉通りにくつろげば良いのよ。あら、このイス、フカフカで触り心地が良いわね。たまにはこういう贅沢も悪くはないわね。
「お気に召したようで何よりです。ご入用の物がございましたら、何なりとこの者にお申し付けください。このあと身内で楽しむささやかな晩餐会がございますので、ぜひともご参加いただきたく。皆様のご準備が完了した頃にお迎えに上がります」
身なりの良い男が深々と頭を下げてくる。それから男は、“この者”と呼んでいた白髪の年老いた人族の男と二言三言言葉を交わすと、わたしたちを残して部屋を出て行ってしまった。
【ねぇ、リアンナ……?】
ドアが閉まると同時に、メミニが怪訝そうな表情を浮かべながら呼び掛けてきた。
「しつこいわね。本当に何もわからないと言っているでしょう。身なりが良さそうな人族の男がいたから、事情を話して『宿を紹介してちょうだい』と言っただけよ」
本当にそれだけなのよ。
【それだけで……なんでおいらたちは、王城の客間に通されているの?】
「ええっ⁉ ここは王城だったんですか⁉ 痛っ……ぶつけてしまいました……。すごく痛いです……」
ルナリアは驚きすぎたせいなのか、テーブルの角に激しく太ももをぶつけてうずくまった。
あら、美しい足に痣ができてしまっているじゃない。すぐに和らげるわね。
「再生」
出血が広がらないうちに、土と水の合成魔法『再生』をかける。
【あ、ちょっとリアンナ!】
「何よ? 元は成長促進の魔法なんだから、ケガをしてからすぐに使ったほうが効果が高いでしょう?」
「リアンナさん、ありがとうございます! もう痛くなくなりました!」
大丈夫そうね。
腫れと出血が引いて、皮膚も元のきれいな色に戻ってきているわ。
【リアンナ……人族に魔法を使っているところ見られるのはまずいよ……】
なんで小声なのよ。
くすぐったいわ。耳元でぼそぼそ囁かないでちょうだい。
「さっきの会話から察するに、あの者は裕福そうな男の使い魔なのでしょう? だったら問題ないわよ」
【使い魔だとなんで問題ないの?】
メミニが首を傾げる。
「わからないの? 使い魔は主人の命令には絶対服従なのよ。あの者の主人がわたしたちを歓待しているのであれば、その使い魔がわたしたちに不利益になるような行動を取ることはあり得ないの。だから何も心配いらないわ」
とは言ったものの、あまり質の良い使い魔ではなさそうね。
体は貧相だし、おそらく人族にしてはかなり年を取っている様子だし。しかもわたしの魔法を見て、目を逸らすどころか目を見開いて凝視してきている始末……。そのような者を使い魔にしているあの男も、裕福そうに見えて大したことはないのでしょうね。この城を見るに、金銭だけは蓄えているようだけれどそれだけのことね。それもあの男の功績というよりも、一族の中に秀でた者がいた結果、というとこかしらね。
【本当に大丈夫かな……】
「心配性ね。いざとなったら、この街にいる全員の記憶を消してしまえば良いのよ」
何も心配いらないわ。
【その方法は心配しかないから、本当に最後の手段にしようね】
もちろんそのつもりよ。
街全体に魔法を掛けるのには、かなりの魔力が必要になるのだし、できればやりたくはないわよ。
「そういえば先ほどの方がおっしゃっていた『晩餐会』というのは……やっぱり……」
ルナリアが期待に満ちた表情を見せる。
なんてかわいいのかしら。少しくらいなら抱きしめても――。
【おほん。晩餐会というのは、ルナリアが想像している通り、食事がたくさん食べられる集まりのはずだよ】
「本当ですか⁉ またお肉も食べられるでしょうか⁉」
ルナリアの蒼色の瞳が輝きを増し、部屋の明かりを乱反射していた。
よっぽど肉が気に入ったのね。そうね、きっと夜にも食べられるのではないかしら。
「そこのあなた。ちょっと良いかしら?」
年老いた使い魔に声をかけてみる。
「今日の晩餐会には、肉料理はあるのかしら? この子ね、大通りの屋台で食べたお肉が気に入ったらしいのよ。もしできるなら、肉料理を多めに出してあげてほしいわ」
あなたの主人に伝えておいてちょうだい。
「かしこまりました。肉料理の提供をするように調理担当の者に申し伝えます。ところでリアンナ様。晩餐会のために、お召し物のお着替えなどいかがでしょうか」
老使い魔が恭しく一礼してきた。
「ああ、文献にあったわね。人族が集まる時には、わざわざ服装を変えるのよね。わたしたちにはない感覚だけれど、ここはあなたたちのやり方に従うわ。宿を貸してもらう恩もあるのだし」
【それとこのあと食事もいただけるようだし、身の危険がないうちはおとなしく従っておこう】
わたしたちの会話を聞いて、老使い魔が満足そうに二度頷く。
「それでは担当の者たちをお呼びいたします。お気づきの点がございましたら何なりとお申し付けください。私は外で待機しております」
老使い魔は、再び一礼してから部屋のドアを開けて出て行った。と同時に、3人の年若い女の使い魔が部屋に入ってくる。
「私、アマネと申します。本日リアンナ様のお着替えをお手伝いさせていただきます」
「あらそう、よろしくね。ほかの2人は……」
見回すと、メミニとルナリアにも、それぞれ別の女使い魔が付いて話をしているところだった。
「皆さま、それぞれ別々のお部屋でご案内させていただきます。何か不都合がございますでしょうか?」
「大丈夫よ。お任せするわ。あ、でもあの子はこういった場所に来るのに慣れていないの。何事も丁寧に説明してあげてちょうだいね」
ルナリアのことを指さし、念を押しておく。
「ルナリア。その者の言うことをよく聞いて、人族の文化を理解するのよ」
「は、はい! がんばります! どうかお手柔らかにお願いします!」
肩に力が入っているわねぇ。
おそらくドレスというものを着るのでしょうけれど、ルナリアは大丈夫かしらね……。




