第28話 鏡王・ミラリウスとの思い出
わたしたちは、メミニの開けた空間の歪みを通って、街の中に入りこんでいた。
通行許可証がないのに不法侵入ですって? 不法なんていうのは、人族同士の時に考えれば良いのよ。エルフ族のわたしに、人族が作った法なんて関係あるわけないじゃない。
「人が……たくさんいます……」
ルナリアがわたしのローブの裾をギュッと掴んでいる。
手が震え、顔も強張っている様子。
「大丈夫よ。街中でいきなり襲い掛かってくる人はまずいないわ」
周りを見てごらんなさい。
わたしたちに注目している人なんていないでしょう? みんなそれぞれの用事があるから、知らな人がどんな行動を取っているかなんて、さして興味もないのよ。
「それにしてもこの街は規模が大きいわりにずさんな管理よね。わたしがエルフ族の族長代理を名乗ったのに、門兵がそれを知らないなんて無知も甚だしいわ。城壁には魔法結界も張られていないなんて。瓦礫を積み上げただけの城壁に何の意味があるのかしら。まあ、わたしたちにとっては好都合だったのだけれど」
通行許可証? そんなものは最初から必要なかったのよね。
中に入ってしまえばこっちのものなのだし。
【おいらは、できればこうはしたくなかったんだよね……。中で身分証明を求められた時に、旅人は通行許可証を提示するんだよ。それができないと不都合があるかもしれないし】
「その時こそ、相手を催眠状態にすれば良いだけでしょう?」
【おいらはあんまり細かい魔法が得意じゃないんだ。次はリアンナがやってくれる?】
役に立たない使い魔ね。
この程度のことで、ご主人様に魔法を使わせようとするなんて。
「仕方ないわね。トラブルになってから慌てるより、今のうちに街全体を催眠状態にしておきましょう」
そのほうが手っ取り早いものね。
少し規模の大きな魔法だし、地面に魔法陣を書いて補強しましょう。
【わ~、待って待って! こんな街中で! 目立っちゃうからやめよう!】
「そう?」
どうせ催眠状態になるなら、大して変わりないじゃない?
「リアンナさん! 人がジロジロ見てきます!」
あら、魔法陣がめずらしいのね。
そうね、忘れていたわ。新人類たちは魔法を使わないのだったわね。
【リアンナ! とにかくこの場を立ち去ろう!】
「わかったわ。ルナリア、行きましょう」
ルナリアの手を引いて、その場を足早に立ち去る。
わたしたちは人目を避けるように大通りから外れて路地に入った。
誰も追ってはこないわね。
これなら書きかけの魔法陣をきちんと消してからくれば良かったわ。悪用されたら……そもそも使える人がいないのだったわね。
【リアンナ、街中で魔法はまずいよ……。しかも魔法陣なんて目立ちすぎるし……】
「あら、わたしに説教? メミニもえらくなったのね」
【そうじゃなくて……。できれば杖も収納しておいてほしいし、2人ともエルフの耳は隠してほしいかな】
メミニの視線が、わたしとルナリアの耳を行ったり来たりしていた。
「面倒ね。なぜわたしたちがそんなことをしないといけないの?」
ただ街を見て回るだけじゃない。
隠れてコソコソなんて性に合わないわ。
【この世界の人たちは、エルフを見たことがないんだよ。ただでさえリアンナの美しさが際立ってしまっているのに、さらにその特徴的な耳が目を引き過ぎてしまって悪目立ちしかねないからね……。もし人が集まってきたりしたら、門兵にもバレてたちまち街を追い出されてしまうよ……】
「メミニはそうやってすぐに調子の良いことを言うんだから。容姿を褒めれば、わたしが気分よく言うことをきくと思ったら大間違いよ」
わたしはエルフ族の中では並の容姿だもの。ルナリアも……わたしと同じで並よね。姉さんの美しさが遺伝しなかったのは残念だわ。
【おいらは事実を言っているだけなんだけどなあ……。そうだ。2人ともここで待っていて】
メミニが何かを思い出したように、1人路地から駆け出していく。
「今度は何よ?」
【2人はここで待っていて! おいらその辺のお店で、変装用の服を手に入れてくるから! 今度こそ絶対にこの場を離れないでよね!】
またそのパターンなの?
いちいちメミニに行動を制限されるのは癪だわ……。
【少しでも長く街の中を見学して回りたいなら、おいらの言うことを聴いて! ルナリアは良い子だからおいらの言っている意味がわかるよね?】
「はい! 知らない人たちに注目されないために、人族と同じような格好をするということですね! ルナたちはローブ姿で、このままだと人族の人たちと服装が違い過ぎて目立ってしまうから……」
【大正解! そういうわけだから、おいら急いで行ってくるね! ルナリアは、リアンナのことを監視していておいて】
あ、ちょっと待ちなさいよ!
行ってしまったわ。ご主人様の了解も取らずに使い魔がフラフラして……困ったものね。
「リアンナさん、ここで待ちましょう。メミニさんの言うことが正しいと思います」
その瞳に強い意思を感じる。
「……そう? ルナリアがそうしたいなら反対はしないわ」
ルナリアのために街に入ったわけだし、あなたの好きなようにしなさい。
それにしても暇ね。
待つだけはとっても暇。
何か暇つぶしは……。
そうだわ。
「ルナリアは知らない人を見るのが初めてだったわよね?」
「はい! 今日だけでたくさんの人を見ました! 街の外の列に並んでいる時からびっくりの連続です。塔の外にはこんなにたくさんの人がいたんですね!」
怖がる気持ちよりも好奇心のほうが上回ったようね。最初はずっと怖がっていたのに、いざ多くの人を目にしたら楽しくなったのかしら? やっぱりまだまだ子どもね。
「お父さんたちと塔の外の世界について話したりしたことはなかったの?」
冒険者パーティーだったのよね。
きっといろいろな経験をしているのだろうし、人との関わりについてもおもしろいエピソードがあったんじゃないかしら?
「みんな酔っ払うといつも冒険の話を聴かせてくれました。ルナは魔王四天王との戦いの話が好きでした」
魔王四天王というのがいたのね。
魔族に興味がなさ過ぎて、ぜんぜん知らなかったわ。意識していなかったのだけれど、もしかしたら初めて出会った魔族がメミニかもしれないわ。
「中でも鏡王・ミラリウスとの戦いがとても激しくて手に汗握るものなんです!」
「どんなお話なのか、わたしにも聴かせてくれるかしら?」
こんなに興奮気味に話をするルナリアはめずらしいわ。さぞかしおもしろい話のようね。楽しみだわ。
「鏡王・ミラリウスは四天王の中で3番目に戦った相手なんですけど、魔法関係の攻撃を全部反射するという特殊な魔族だったんです」
「それは……厄介な相手ね」
魔法使いのわたしは、あまり戦いたくない相手だわ。
「お父さんたちは4人パーティーで、魔法担当はルナのお母さんだったんです。普段は強力な魔法で敵をバンバン倒して、とっても頼りになるらしいんですけど、この時ばかりは手も足も出なくて――」
姉さんが手も足も出ない相手なんて存在するのね。でも、魔法反射はさすがに相手が悪すぎるか……。
「魔法使いは、さすがに見ているしかないわよね。でも補助魔法くらいなら使えるかしらね」
「それが……鏡王・ミラリウスの挑発に乗って大魔法連発をして暴れたらしく……鏡王城が崩れ去る事態に……」
「意外だわ……。姉さんはいつだって冷静沈着で、状況を見極める力にも優れているのに……。先に根城を叩き潰すことで活路を見出そうとしたのかしらね?」
きっとそうだわ。
「お父さんたちが止めるのも聞かずに、鏡王・ミラリウスに一騎打ちを挑んで……最後には自分の放った魔法封印を受けて戦線離脱を……」
姉さん⁉
まさかそんなバカみたいなこと……体調が悪かったのかしらね?
「それでそのあとどうなったのかしら……」
「鏡王・ミラリウスは物理攻撃に弱かったらしくて、お父さんの剣技の前にあっさりと……」
「あらー。最初からそうしていれば良かったのに……」
魔法反射の相手に魔法で一騎打ちを挑むなんて、姉さんもどうかしているわね。
「それから1週間ほどお母さんの機嫌が悪いままで、みんなであれこれ貢いでご機嫌取りをしたそうなんです。ルナはその話が一番おかしくて、もう!」
ルナリアが思い出し笑いを始めてしまった。
それにしても、自爆攻撃をした上に勝手に機嫌を悪くするなんて……。わたしの知っている姉さんとはぜんぜん違うわね。このパーティーの魔法使いは、本当に姉さんなのかしら? でも、ルナリアに蒼月珠のペンダントを渡しているのだし、姉さんで間違いないわよね……。
わからないことだらけね。なぜ姉さんが冒険者パーティーにいたのかも不明なままだし、わたしのいない間に何が起こったのかしら……。
【2人ともお待たせ! 今度はちゃんとおとなしく待っていられたんだね。関心関心】
「おかえりなさい。ルナリアの楽しい昔話を聴いていたらあっという間だったわ」
メミニの言いつけがあったから、おとなしく待っていたわけではないわ。
【それは良かった。じゃあ、2人ともこの服に着替えてくれる? それと髪を結って耳を隠そう】
こんな服を着るの?
そう、これが人族の中での正装なのね……。




