第15話 蒼月珠のペンダント
ハーフエルフの少女――ルナリアに食事を与えながら、身の上話を聴いていく。
「お母さんはいません」
ルナリアが無感情のまま答えた。
いない。
どういう意味の「いない」なのかしらね。
おそらくこの子の母親はエルフ族のはずなのだけれど。
「いないというのはどういうことなのか、詳しく訊いても良いかしら?」
今はどこかに出かけていて傍にいないという意味なのか。空間消滅の際に一緒に消滅したという意味なのか。それともまったく別の意味で言っているのか。
「ルナはお父さんと、賢者の■■■さんと、タンクの■■■さんと暮らしていました」
「ごめんなさい。今……よく聞き取れなかったわ。賢者とタンクの誰さん?」
「賢者の■■■さんと、タンクの■■■さんです」
おかしいわね。どうしてかしら?
この子の発言がうまく認識できないわ。わたしとは異なる言語体系を使っている? でも人の名前以外は理解できるのよね……。
「ごめんなさい、ちょっと魔法を掛けさせてもらうわね。翻訳」
杖をかざし、少女に異種族間での会話を補助するための補助魔法をかける。
「もう一度賢者とタンクの名前を教えてちょうだい」
「■■■さんと■■■さん」
【リアンナ、おいらにもうまく聞き取れないから、補助魔法ではカバーしきれない何か別の問題かもしれないよ?】
そうね、その可能性はありそう。
今は諦めましょう。
何らかの問題がありそうだけれど、今重要なのは人の名前ではないのだし。
「つまり、あなたはこのダンジョンの中で、お父様たちと4人で暮らしていたということね。あなたはここで産まれたのかしら?」
「違う、と思います……。『ルナが赤ちゃんの時にここにきた』と、お父さんたちが言っていました」
「そう、あなたが赤ちゃんの時にこの塔に入ったのね」
ハーフエルフの年齢ははっきりとわからないけれど、体の成長具合からいって、まだまだ子どもよね。エルフ族と同じような成長速度なのだとしたら、今は1,000歳前後――空間消滅の前後に生まれた子かもしれない。この子の言っていることとだいたい一致するわ。
「塔に入る時に、お父さんと賢者さんとタンクさん以外に、ほかの人はいたの? どれくらいの人がこの塔に避難してきたのかしら」
姉さんたちが一緒に逃げてきた可能性があったら――。
「4人だけだったと聞いています」
「……そう、なのね」
姉さんたちはここにはいないということが確定してしまったわね……。
【リアンナ、気を落とさないで。忘れじの塔が世界に1つしかないと決まったわけではないよ。別の塔に避難しているかもしれないね】
なんだか妙に冷静ね。
でもメミニの言う通りだわ。
ここにはいない、それだけのことだから。
それがわかっただけでもラッキーだわ。
塔を完全攻略する必要がなくなったものね。
ルナリアの父親はすでに亡くなっているのだし、この塔にいるほかの2人――賢者とタンクに話を聴ければそれでおしまい。それで手掛かりがなければ、次の塔を探しに行きましょう。
でもその前に、もう少しだけ母親のことを尋ねておきたいわね。
「あなたのお母さんとは、この塔に入る前に、その……どうしたのかしら?」
言葉選びが難しいわ。
死んだのかと訊くのも遠慮がなさすぎるでしょうし……。
「お父さんはあまりお母さんの話をしたがらなくて、ルナはぜんぜんお母さんのことはわからないんです……」
家族の話の中で初めて、ルナリアがほんの少しだけ表情を曇らせた。
「お父さんが死んで、賢者の■■■さんが死んで、タンクの■■■さんと2人で暮らしていた時に、■■■さんが酔っ払って少しだけ教えてくれたことがあるんです」
ああ、すべて過去形。この口振りからすると、すでに3人とも亡くなっているのね。お父様だけではなくて、賢者もタンクも幻想種ではなかったということかしら。
「『■■■は1人で■■■に残った。魔王を封印して空間の完全消滅を防ぐために自らの■■■を捧げたんだ』と」
魔王? 空間の完全消滅を防ぐ……?
急に話が大きくなったわね。
でももしそんなことができたとして、そんな力を持っていそうなエルフ族の者といえば、姉さんくらいのはず、よね……。
もしかしてこの子の母親は……姉さん、なの……?
「ねぇ、ルナリア。ちょっとよく顔を見せてちょうだい」
「はい?」
困惑するルナリアに近づき、その頬に触れる。
「顔立ちは……あまり姉さん似ているようには思えないわね。丸顔だし、耳も小さいし、鼻も低い。どちらかというとわたし似? なんてね」
わたしと姉さんは双子なのに顔立ちがぜんぜん違ったもの。わたしも姉さんみたいに美人に生まれたかったわ。
【リアンナはおいらが出会ったエルフの中でも一番の美人だよ。って、おいらが褒めてもぜんぜん素直に受け取らないのは悪い癖だと思うな】
ふん、だ。メミニは姉さんを見たことがないからそんなことが言えるのよ。わたしなんてエルフの中では並みの並みよ。
「ああ、でも瞳の色は同じね。姉さんもわたしも、そしてルナリアも蒼色。その青緑は、わたしたちの一族に伝わる大切な色なのよ。姉さんは次期族長として、蒼月珠をあしらったペンダントを、わたしは姉さんを補佐する者として、この蒼月珠のピアスを――」
「ペンダント……これのことですか?」
ルナリアが自身の胸元を探り、取り出したのは――。
「驚いた……。蒼月珠のペンダントだわ……」
姉さんが持っているはずの、蒼月珠のペンダント。
次期族長の証。




