第10話 忘れじの塔へ
これが忘れじの塔の真の姿なのね。
ついさっきまで一切の継ぎ目もないほどにツルツルだった塔の表面に、錆びて赤茶けた鉄扉が出現していた。
高さ2mほど。
人が出入りするのにちょうど良いサイズの扉――出入口だった。
【どうする? 入ってみる? 罠かもしれないよ?】
メミニが若干不安そうな様子で、わたしの顔色を窺ってくる。
「何よ? もしかして入りたくないの? 別に良いわよ。わたし1人で見てくるから」
立ちすくむメミニの横を素通りして、鉄扉に手を掛ける。
【わ~、待って待って! おいらを置いていこうとしないで!】
メミニは慌てた様子で私の腕を引いてきた。
怖がったり、淋しがったり忙しい使い魔ね。
わたしはどっちでも良いのよ? ここに何かの手掛かりがありそうだとわかった以上、たとえ1人でも調べに行くわ。
「メミニは自分の魔力でも生きていけるのよね? わたしからの供給がなくても」
【そうだけど……】
上目遣いに見つめてくる。
「それなら別行動でも大丈夫よ。あなたはほかの痕跡を探してくれていてもかまわないわ」
【そんなこと言わないでよ。おいらはリアンナの使い魔なんだから、どこまでも一緒に行くって】
そんなに泣きそうになりながら訴えられても……。
わたしが意地悪してみるみたいじゃないの。
「まあ良いわ。一緒に来てくれるなら心強いもの。1,000年前にわたしからメッセージを受け取ったのはあなたなのだし」
塔の入り口に残されていたのは、わたしがメミニに託したのと同じ言葉だったのよね。
つまりわたしがここにメッセージを残したということ?
ダメ、何も思い出せない……。でもさすがにそんなことはないわよね。まったく記憶にないなんてことは……。でもわたしでないとしたら、わたしの言葉を知る別の人物の仕業なのかしら。それはいったい……。
【あ、ちょっと見て! 扉が消えかかっていない⁉】
メミニが赤茶けた鉄扉を指さす。
たしかに、まるで靄がかかったかのように存在が薄く――。
「魔法偽装が修復されかかっているわ! 急いで中へ!」
メミニの手を引いて走る。
「扉――ドアノブがないわ……」
まさかもう時間切れ⁉
もう一度魔法偽装を剥がすのには、少し魔力が足りないかもしれないわね……。
やっと手掛かりらしきものを見つけたのに……。
メミニが扉の端に手を掛けて、スライドさせるように動かす。
【リアンナ、この扉、引き戸だ! ここを横に――開いた!】
まさか、ドアノブのない扉が横に動くなんて! 二段構えの偽装だったのね……。
「すぐに行くわよ!」
迷っている暇はない。
今にも靄の中に消え入りそうな入り口に向かって、わたしとメミニは飛び込んだ。
何とか塔の中に侵入。
床に倒れ込んだまま、後ろを振り返る。
ゆっくりと靄が晴れていく。
けれどそこにはもう、わたしたちが入ってきた扉の痕跡は残っていなかった。
【閉じ込められちゃったね……】
「閉じ込められた? 違うでしょう? こんな程度の魔法偽装ならいくらでも剥がせるわよ」
【でももう魔力の残りは……】
バカね。周りをよく観察しなさいよ。
「これだけ濃い魔力が溢れているなら、魔法なんて使い放題よ」
塔の中に入った瞬間にわかった。
ここはかつての大地と同じ。わたしたちが暮らしていたあのエルフの森と同じなのよ。
魔法を使うわたしたちにはなくてはならない魔力で満ち溢れた世界なのだわ。
【まさかこんなことが……おいら聞いてないよ……こんなことって……】
驚愕、そして恐怖。
メミニは狼狽えながら後ずさりをして――塔の壁に寄りかかって座り込んでしまった。
「この忘れじの塔は少なくとも1,000年間、魔法偽装が解かれることなく、塔内部に魔力を保持し続けていたのね。間違いなく、前時代の遺物だわ」
あー、お腹いっぱいだわ。
おそらく1,000年振りね。体から溢れるほどの魔力を吸収できたわ。ついでに緊急回復用の魔力石にも魔力を満たしておきましょう。
【こんなこと……これだとリアンナは……】
まだ怖がっているのかしら?
魔力が溢れていて何か問題でもあるというの?
「ほら、メミニもお腹いっぱい魔力を取り込みなさい。これから塔を登って行かないといけないのよ。ここから出られるのは、塔の中を隅から隅まで調査し終えてからだから、覚悟しなさいよ」
きっとこの塔の中には何かある。
空間の消滅に備えて準備されたシェルターのように思えるもの。偶然にしては出来過ぎね。
空間が消滅することを事前に察知した誰かがここに逃げ込んだか……。でも、外から開けることを前提に魔法偽装が施されていて……まるでわたしに見つけてほしいと言わんばかりに。
新しい時代の人類では、この魔法偽装を剥がすことは不可能に近いはず。
やはりこれは旧時代の誰か――わたしに向けられたメッセージなのではないかしらね。
わたしか、わたしに近しい者が遺した何かを見つけたい。
いいえ、もしかしたら手掛かりだけではなくて、この塔のどこかに生き残った誰かが隠れ住んでいるかもしれないわ。
もし叶うなら、ここに避難したのが姉さんたちでありますように。




