アルバイト
「――おはようございます、松永さん。本日も、よろしくお願い致します」
「おはよう、遥くん。うん、今日もよろしくね」
ある休日の朝のこと。
路地の中に控え目に佇む、和の雰囲気が心地の好い小さなお店にて、一礼と共にご挨拶をする僕。すると、ほどなく頭上から柔らかなお声が。顔を上げると、声音に違わぬ柔らかな微笑を浮かべる男性のお姿が。彼は松永芽生さん――鮮やかな銀髪を纏う秀麗な男性で、そして僕のアルバイト先たる甘味処『琴乃音』の店主さんで。
さて、僕が琴乃音でお世話になることになったのは高校入学から間もない頃。高校に入ったら、何かしらアルバイトを始めたいと予てから思っていて。
だけど、元々は接客のようなお仕事をするつもりはなくて。理由は……まあ、言うまでもないかな。地味で陰キャラでコミュ障の僕に、他人さまとお話しすることがメインの仕事が務まるはずもなく。一方、家で作る機会が多かったため、料理はそれなりに得意だという意識があって。なので、可能であれば飲食業のキッチンを担当したいなと考えていた次第でして。
だけど、ある日のこと。ふと通りかかったこのお店が素敵だなあって思っていると、ふと窓にスタッフ募集の張り紙が見えて。だけど、募集なさっていたのは接客のスタッフ。そもそもお仕事自体まるで経験がないし、接客とならば尚のこと不安しかなくて。
……それでも、やってみたいと思った。そもそもお仕事自体が初めてなんだから、何を選んでも不安なのは変わらない。それと、そもそも採用していただける自信もまるでないけど……でも、それだって駄目で元々。どの道どこかには面接に行くことになるんだし、それなら不採用でも今後の面接の練習にもなる。なので、合否はどうあれ面接を受けない理由はない思い直し、急激に速まる鼓動を深い呼吸でどうにか受け入れつつ、お店の中に震える足を踏み入れおずおずと尋ねてみた。まだ、応募はなさっていますか? と。
それから、翌日のこと。心臓が飛び出そうなほどの緊張を抱えつつ、僕の人生における初めての面接へと臨んだ結果――なんと、採用。……うん、ほんとびっくりです。そして、ほんとにありがとうございます。
「――ありがとうございます、お客さま。またのお越しをお待ちしております」
「うん、いつもありがとねえ、坊や」
「今日も頑張ってて偉いねえ、可愛い店員さん」
「……そ、そんな可愛いだなんて……ですが、ありがとうございます、お客さま」
時は現在に戻り、開店から数時間後の午後二時頃。
解放的な出入り口のすぐ外にて、一礼と共にご挨拶を口にする。すると、柔らかに微笑み答えてくださる一組の年配のご夫婦。琴乃音によくいらしてくださるお二人で、僕が勤務から間もなく、今以上に失敗ばかりだった頃からずっと優しく励ましてくださっていて。……本当に、いつもありがとうございます。
ところで、ここ琴乃音はSNSなどに情報を載せていない、きっと今時では珍しいであろうタイプのお店で。そして、僕の通う葎黎高校からはなかなかに距離があるためか、琴乃音で当校の生徒を目にしたことはなく……いや、僕が知らないだけの可能性も十分すぎるほどあるけども。例えば、今日みたいな休日に来店なさっていたら制服じゃないだろうし。それに、お相手も僕のことを知らないだろうから、知り合いとして声をかけてくることもまずないだろうし。
「――あっ、いらっしゃ…………へっ?」
店内へと戻っていた最中、柔らかな風鈴の音に反応し再び出入り口へと向かう僕。だけど、口にした挨拶がピタリと止まる。……と、いうのも――
「――あれ、どしたの? 店員さん。ほら、お客さんが来たんだからちゃんとお迎えしてよ」
そう、悪戯っぽく微笑み口にする可憐な少女。鮮やかな山吹色の髪を纏うクラスメイトの美少女、更科唯菜さんが目の前におはして。




