僕のすべきこと
「――おっはよ〜唯菜」
「おっす、唯菜」
「うん、おはよう佳子、翔」
それから、20分ほど経過して。
一年E組の教室にて、扉の前で一組の男女生徒に迎えられ笑顔を見せる可憐な少女。鮮やかな山吹色の髪を纏う美少女、更科唯菜さんで。……だけど、
「……ねえ、唯菜。なんか、元気ない?」
「ん、なんで? 全然、いつも通りだけど」
ややあって、心配そうにお尋ねになる田中さん。そんな彼女の隣では、竹内くんも同じようなお表情を浮かべていて。誰の目にも明らかなほどに、はっきりと表面に出ているわけじゃない。ない、けれど……それでも、更科さんの笑顔がいつもと違っていることに、あのお二人なら気がつかないはずもなくて。……そして、もしかするとその理由も――
「――いや〜、流石に緊張したね。なにせ、付き合って初めての登校だったし。もしかしたら、気がついた子もいたかな? 私達の関係に」
「……そう、ですね……ですが、まだそんなことはないかなと」
「まあ、そうだよね。今日は始業式だし、学校でもそんなに話せてないもんね」
それから、数時間後。
帰り道、隣から楽しそうに尋ねる黒髪の美少女。そして、そんな彼女にぎこちない口調で答える僕。表情も随分とぎこちないであろうことが、鏡なんて見ずとも分かる。……うん、こんなじゃダメだ。早く、ちゃんと笑えるようにしないと。……少なくとも、彼女に悟られない程度には。
「あっ、遥くん。クレープ食べよ?」
「……へっ? ……あっ、その……」
ふと、立ち止まり尋ねる里中さん。一方、思わず言葉に詰まる僕。……いや、驚くような提案じゃない。里中さんも甘いものが好きなことは、僕でも多少は知っているわけだし。……だけど、あのクレープ屋さんは――
「……もしかして、気分じゃなかった? それとも……更科さんとじゃなきゃ、一緒に食べたくない?」
「あっ、いえそういうわけでは! ……その、是非とも一緒に食べましょう」
「やった! それじゃ、さっそく行こ!」
慌てて返事をする僕に、ニコッと微笑み僕の手を引く里中さん。……うん、分かってる。僕のすべきことくらい、ちゃんと――
「……うわあ、美味しい」
「そうですね、里中さん。僕も大好きなんです、こちらのクレープ」
それから、ほどなくして。
僕の隣で、頬を緩ませ感想を口にする里中さん。今いるのは、クレープ屋さんに設置されている木組みのベンチ――そこに並んで腰掛け、里中さんはチョコ、僕はカスタードのクレープを一緒に食べているわけで。
……だけど、僕の脳裏に映っているのは、ここにはいない一人の女の子の笑顔。今と同じような状況で、初めてクレープを一緒に食べた時の、あの可憐な少女の笑顔で――
「ねえ、遥くん。一口、交換しよ?」
「……へっ? あっ、その……」
瞬間、現実へ戻る。だけど、里中さんの言葉に再び脳裏に彼女の笑顔が。……そう、彼女もあの時――
「……もしかして、嫌? やっぱり、更――」
「いえ、そんなことは! その……どうぞ」
「やった。それじゃ、私のもどうぞ」
「……いえ、僕は……その、これ一つで十分ですので」
「……ふぅん、そっか。まあ、味の好みもあるし、無理強いはよくないよね」
僕の返答に、怪訝そうにしつつも一応は納得を示してくださる里中さん。一方、そんな彼女に少しだけ安堵を覚える僕。……うん、分かってる。これからは、里中さんのことを好きになる――これが、僕のすべきことだということは。




