おそば屋さん
「……へぇ、こちらが……」
「うん、どうかな?」
「はい、上手く表現できなくて申し訳ないのですが……その、とっても素敵です」
「ふふっ、ありがと遥くん」
それから、数時間後。
黄昏に染まる空の下、情緒豊かな路地の中にて沁み沁みと感想を口にする。……うん、語彙力が乏しいと我ながら思うけれど……それでも、率直な感想ではあって。
さて、僕らの前には、温かな和の雰囲気にぐっと惹かれる昔ながらのおそば屋さん。つい先日、更科さんのご親戚の方がお始めになったというお店だそうで。……うん、めっちゃ楽しみ。
「いらっしゃ……あっ、唯菜ちゃん! 今日も来てくれてありがとね! それから、可愛い彼氏さんも!」
「……へっ? その、僕は……」
「ふふっ、こんばんは叔母さん」
更科さんが引き戸を開くやいなや、カウンターから朗らかな笑顔でお声をかけてくださるふくよかな女性。太陽のような明るい笑顔で、こちらの心も明るくなる。お店の中も温かな和の雰囲気で、そして優しい賑わいに包まれていて……うん、いいなあ、こういうところ。更科さんのご親戚、という理由がなくてもまた来たいと心から思えて。……ところで、可愛くも彼氏でもないんだけども……まあ、ここで訂正するのも流石に野暮だよね。
――それから、15分ほど経過して。
「……うわぁ」
「ふふっ、美味しいでしょ?」
「……はい、とっても」
思わず、感嘆の声が。僕は注文したのは、このお店の看板メニューという昔ながらの中華そばなのだけど……うん、ほんとに美味しい。こう、これぞ中華そばというノスタルジックで温かな……うん、我ながら食レポが下手すぎる。これじゃグルメレポーターにはなれな……いや、そもそもテレビに出られる気もしないけれども。
「……でも、よかった。遥くんも気に入ってくれて。あたしの親戚だからじゃなくて、叔母さんもお店もすごく素敵で、料理もすごく美味しいから、遥くんをここに連れて来たかったの」
「……更科さん」
ややあって、ホッとした笑顔でそう口になさる更科さん。……うん、分かるよ。自分ではどれほどいいと思っていても、他の人がどう思うかまではその時になるまで分からないから、不安になるお気持ちは僕にもよく分かる。だけど、更科さんの仰る通り叔母さまもお店もすごく素敵で、お料理もすごく美味しくて、こちらに連れてきてくださったことに本当にありが――
「…………っ!!」
「……遥くん?」
ふと、頭がグラッとする。……あれ、なんだろう。なんか、こう……めまい? でも、なんで急に――
「――ああ、ごめんなさい! 他のお客さんに出すはずだった『酔って全部忘れちゃおう、ブランデーたっぷり中華そば』を間違ってその子に出しちゃった!」
「そんなのあったの!?」
朦朧とする意識の中、すぐそばで響くお二人の声。叔母さまと更科さんのお声、というのは辛うじて分かるけれど……でも、内容はまるで入ってこない。ぼんやりとした視界には、僕の両肩を掴みなにかを仰っている更科さんが。お表情はほとんど見えないけれど、それでも心配してくださっているのは伝わって。……うん、なにか言わなきゃ。更科さんを心配させないよう、とにかくなにか――
「……あっ、ゆいにゃ〜ん、おっはよ〜」
「急にまさかの名前呼び!? でも、これはなんか違うというか……こう、あんまり嬉しくない! 素面の時にやり直せ!!」
「ゆいにゃ〜ん、だ〜いしゅき」
「……ふぇ!? あ、あの、その……」
「ゆいにゃ〜ん、しゅき〜。きゅ〜」
「ふぇ!? あっ、その……きゅ、きゅ〜」
「わあい、ゆいにゃんあったか〜い。……ねえねえ、ぼくとけっこんして〜」
「ふぇ!? あっ、うんもちろん!」
「やった〜! じゃあ、いまけっこんしよ〜?」
「へっ? あっ、今はその、流石にルール的にダメだから……その、将来的にね?」
「……ほんとに〜?」
「うん、ほんとほんと!」
「やった〜、ありがとゆいにゃ〜ん」
「う、うん……その、こちらこそ」
「……ゆいにゃん、しゅき……だい、しゅき……じゅっと、ぼくと――」
「…………あれ?」
ふと、ポツリと声が。そんな僕の視界には、霞んでいても見紛うはずのない白い天井。……何故なら、この光景は――
「……おはよ、遥くん」
「……更科、さん……」
ふと、鼓膜を揺らす小さな声。そこには、覗き込むように僕を見つめる可憐な少女のお姿が。おそば屋さんにいたはずなのに、どうして今ここにいるのかは分からない。……それでも、今すべきことだけは明確に分かっていて――
「……その、本当に申し訳ありません!」
すぐさま、身体を起こし謝罪を。……正直、全く覚えていない。こう、急にグラッときて……正直、それ以降のことがまるで記憶にない。なのに……覚えていないのに謝罪なんて、却って失礼なのかもしれない。……それでも、僕が何かしら多大なるご迷惑をおかけしたことだけはほぼ確信を抱いていて。……ところで、先ほどから気になっていることがあって――
「……う、ううん、気にしないで。その、そんなことより……」
すると、さっと目を逸らす更科さん。心做しか、先ほどからソワソワしているご様子で。そして、心做しか頬が染まっていて……えっと、いったいどうなさって――
「……その、近い内に飲みに行こっか! お酒」
「年齢的にアウトですけども!?」




