緊急事態
「いや〜、楽しかったね遥くん」
「はい、そうですね里中さん」
それから、少し経過して。
ほのぼのと会話を交わしながら、賑わう廊下を歩き教室へと向かう僕ら。……うん、楽しかった。里中さんとの他愛もないお話も、一緒にタイ焼きを食べたことも。まあ、お化け屋敷は怖かったけども……でも、本当に怖かったのはお化け屋敷というよりも――
「……ん?」
「……あっ、うん。その、何と言うか……」
ふと、教室の前で立ち止まる里中さん。疑問に思い尋ねてみるも、困ったご様子の里中さん。なので自分で教室の中を見てみると、自由時間に入る前と明らかに雰囲気が違っていて。そして、お客さまが一人もいらっしゃらないところを見るに、いったん営業を中断しているようで……でも、いったいどうし――
「どうかしたの? 二人とも」
「……へっ? あっ……その、それが、僕達にも分からなくて……」
ふと、すぐ後ろからお声が。まあ、確認するまでもないのだけども――振り向くと、不思議そうなご表情の可憐な少女、更科さんのお姿があって。そして、彼女のすぐ後ろには田中さんと竹内くんのお姿も。どうやらお三方も今、自由時間から戻ってきたみたいで。
ともあれ、更科さんの問いに答える僕。学校では極力関わらないことになっているので、答えていいものか少しだけ迷ったけれど……でも、この場合はお答えしても問題ないと判断して。というのも、どうしてか扉のところで立ったままのクラスメイトを目にすれば、普段は関わりがなくても事情を尋ねるのは至って自然なこと――ならば、この状況で頑なに答えない方がむしろ不自然だと思うし。……まあ、答えると言っても、僕らもまるで分からないんだけども。
そういうわけで、教室に入りご自身で室内のクラスメイト達に事情を尋ねる更科さん。ホールを担当している女子生徒、土橋さんが先ほどの勤務中に足を少し捻ってしまった、との事情で。お話を聞いただけでも痛そうだし、土橋さんのご表情を見ても……うん、それは痛いよね。
「……ごめんね、みんな。その、大したことはないんだけど……でも、忙しい中で動き回るとなるとちょっと痛むと思うし、みんなに迷惑かけたり気を遣わせちゃうかなって」
「……ううん、気にしないで、土橋さん。後は私達で頑張るから、保健室とかでゆっくり休んでて」
「……あっ、でも……その、できれば私もみんなと最後まで頑張りたいから……だから、キッチンのお手伝いだけでもさせてほしいなって……」
「……大丈夫、なの?」
「うん。でも、あまり足は動かせないんだけど……それでも、いいかな?」
「……うん、もちろん。ありがと、土橋さん」
ややあって、田中さんとの会話を経てキッチンでの参加が決まった土橋さん。すごく驚いたし、彼女の足の具合は心配だけれど……それでも、僕を含め彼女のキッチンでの参加に異を唱える人はいない。可能な限りで頑張りたいという土橋さんのお気持ちを、みんな理解しているからだろう。僕も土橋さんと同じ立場なら、きっと同じように思ったと思うし。
「……さて、土橋さんの代わりに、ホールが一人ほしいところだよね。キッチンの中で、ホールに回ってもいいよって子は……でも、いきなりは難しいよね。こっから閉店までは、たぶんもっと忙しくなるだろうし」
そう、悩ましげにお話しなさる田中さん。そして、そんな彼女の懸念はご尤もで。彼女の言う通り、今から閉店までの最後の時間は恐らくもっと忙しくなる。ホールからキッチンにせよ、キッチンからホールにせよ、今からいきなりポジションを変えて働くというのはかなり難易度が高いだろうし。
「……うん、ここはわた――」
「ちょっと待って、佳子」
「……どしたの? 唯菜」
「あたし、知ってるんだ。キッチンの子の中で、いきなりでもテキパキとホールができそうな子」
「えっ、そうなの!? 誰!?」
更科さんのお言葉に、パッとお表情を輝かせ尋ねる田中さん。途中までのお言葉からでも、田中さんご自身がホールに入ろうとしていたのは伝わって。それでも、田中さんもここまでずっとキッチンで、いきなりの――それも、最も忙しくなるであろう最後の時間のホールは不安だったのだろう。……うん、それはそうだよね。
さて、当然ながら教室中のみんなの視線が更科さんへと集まる。いきなりでも、テキパキとホールができる子――それが誰なのかを、みんな知りたがってることは疑う余地もない。そして、もちろん僕も同様で。……いったい、更科さんはどなたのことを――
「…………ん?」
ふと、思考がピタリと止まる。というのも……つい先ほどまで一身に視線を集めていた美少女が、どうしてか何とも楽しそうな笑顔で僕を見つめていらっしゃるからで。……あれ、なんだかすっごく嫌な予感が――
「――ねえ、藤谷くん。なってみない? 巫女さんに」




