彼氏
「……あんた、誰? 私達に何の用?」
常ならぬご様子の可憐な少女、更科さんへと怪訝なご様子で問いかける真姫さま。彼女もまた常ならぬ、そしてつい先ほどまでとは打って変わった、ありありと苛立ちを孕んだお声で。……うん、ちょっと怖い。
「あれ? ついさっき言ったと思うんですけど、聞こえなかったんですか? あたしの彼氏に、ちょっかいかけるなって言ったんですよ」
「……ああ、空耳じゃなかったのね。でも、だったら痛い妄想じゃない? そもそも彼女いないから、遥くん」
その後も、お互い鋭い視線を向けつつ応酬を交わすお二方。彼女がいない、とお伝えした記憶はないのだけども……まあ、僕だしね。そもそもいるわけないと思われてもいても全く以て自然なことで。
……まあ、それはともあれ……うん、流石に分かってる。僕が、迂闊に口を出していいような状況じゃないことくらい。それでも――
「……あの、真姫さま。その……今、彼女が……更科さんが仰っていたように、実は僕……その、更科さんの彼氏でして……」
そう、躊躇いつつ口にする。……うん、なんて烏滸がましいのだと自分でも思う。だけど――
「……うそ、よね? だって、遥くん、今まで、一言もそんなこと……」
すると、呆気に取られたようなご表情でそう口になさる真姫さま。……まあ、言ったことないですしね。そもそも、実際に彼女はいないんだし。……さて、この後どうしよう。果たして、真姫さまはこの後どのような――
「――お客さま、いかがなさいましたか?」
「……あっ、いえ……その、何でもないです。あっ、今日はもう帰りますね? それでは!」
懸念の最中、ふと後方から柔らかなお声が。琴乃音の店主たる秀麗な男性、松永さんのお声で。そして、他のお客さま方の視線が集まっていることに気が付いたためか、少し慌てたご様子でお店を後になさる真姫さま。それから少し経過して、お店の中がふっと緩和した雰囲気に……ふぅ、よかった。……いや、よかったと言っていいのかは分からないけど。
ちらと、視線を移す。すると、少し申し訳なさそうに僕を見つめる松永さんのお姿が。きっと、もっと早く駆けつけられなかったことに対する申し訳なさだと思うのだけど……でも、そんなふうに思う必要なんてどこにもないのに。むしろ僕の方が申し訳なく、そして感謝の念を抱いていて。……そして、感謝と言えば――
「……あの、更科さ――」
「おーい、兄ちゃん。そろそろ、注文いいかい?」
「……あっ、その……はい、ただ今お伺いします!」
更科さんへと話しかけるも、ふと近くのお客さまからお声が届く。もちろん、彼女に言うべきことはある。ある、けれども……でも、やっぱり今はスタッフとしての役目をまず最優先に――
「…………へっ?」
――それから、数時間後。
「……すみません、更科さん。お待たせ致しました」
「ううん、気にしないで遥くん。そもそも、あたしが勝手に待ってただけなんだし」
「あっ、いえそんな!」
鮮やかな茜に染まる空の下。
琴乃音が在する路地を抜けた辺りで、開口一番謝罪の言葉を口にする。すると、柔らかに微笑み答えてくださる可憐な少女。鮮やかな山吹色の髪を纏うクラスメイトの美少女、更科唯菜さんで。




