第44話 ヴァッソの指導
ヴァッソの指導
三日目のリハーサルの後、ヴァッソがラベルを呼んだ。
「指揮者の音楽について、話す」ヴァッソは言った。
「はい」ラベルは座った。
「お前は今——各国の音楽を聴きながら、自分の旋律を出している。それが羅針盤になっているつもりだろう」
「なっていないですか?」
「なっているが——弱い」ヴァッソは言った。
「羅針盤は、揺れてはいけない。お前の旋律が揺れると——各国の音楽も揺れる」
「揺れている、か」ラベルは自分の演奏を思い返した。
「お前が今、一番意識していないことがある」ヴァッソは続けた。
「何ですか?」
「誰のために弾くかだ」
「……全員のために、じゃないんですか?」
「全員のために弾こうとすると——誰にも届かない旋律になる」ヴァッソは言った。
「指揮者の音楽は——特定の誰かに向けて弾きながら、全体を包む。
矛盾しているように聞こえるが——そういうものだ」
「特定の誰かに——」ラベルは考えた。
「お前には——一番届けたい相手がいるだろう」ヴァッソは言った。
(一番届けたい相手——師匠だ)
(師匠が、この音楽を聴いてくれる。別の次元から、タクトを通じて聴いてくれる)
「……わかった気がします」ラベルは言った。
「試してみろ」
ラベルはノエルを構えた。
師匠に向けて——弾いた。
タクトを握りながら。
(師匠。これが俺の指揮者としての音楽だ。聴いてくれるか)
旋律が——変わった。
揺れなかった。
一本の軸が通った旋律が、空間に広がった。
精霊が——一斉に応えた。
「……それだ」ヴァッソは静かに言った。
「変わりましたか?」ラベルが聞く。
「揺れなくなった」ヴァッソは言った。
「羅針盤になった。さっきまでと——全く違う」
「師匠に向けて弾いたら——安定した」
「なるほど」ヴァッソは少し考えた。
「お前にとっての羅針盤が——師匠だということだ。それで弾け。指揮者として」




