第32話 静寂の花嫁来る
静寂の花嫁、来たる
夜——状況が変わった。
「来た」ウィークは感知した。
「静寂の花嫁の本格的な波動だ」
街の人々が——ぼんやりとしてきた。精霊の気配が薄れる感覚。音楽が遠のいていく感覚。
(帝国が音楽の意味を消そうとしている)
ラベルはアナンダ峰の麓に出た。
人々が、それぞれの場所で静かにしていた。活気が落ちていた。
(精霊を呼ぼうとするのではなく——人々と一緒に音楽を奏でることだ)
ラベルはノエルを構えた。
弾かなかった。
まず——傍に座った老人に声をかけた。
「音楽——一緒にやりますか?」
「俺には弾けないよ」老人は言った。
「声があれば十分です」ラベルは言った。
「この音だけで——」
んー、んー、んんーん——
「こういう感じで」
「できる!」老人が声を合わせた。
子供が続いた。母親が続いた。隣の家の夫婦が続いた。
人々の声が重なった。まとまりはない。音程も揃わない。
でも——それが、音楽だった。
精霊の気配が——近づいてきた。
小さな精霊たちが、人々の歌に応えて、光の粒となって舞い始めた。
「光ってる!」子供が叫んだ。
「精霊だ」ラベルは笑った。
「お前たちの歌に、来てくれた」
その夜——三角形の内側から、外に向けて、音楽が満ちていった。
静寂の花嫁が干渉しようとした場所に、誠実な音楽が満ちた。
帝国の干渉は——その夜だけは、届かなかった。




