第19話 八峰の守護龍—絶対不可侵の三角形
幕間 式典の翌週
式典が終わって、一週間が経った。
テレーズが残っていた。
約束通りに——毎日、ラベルの音楽を聴いて、怒鳴って、修正して、また怒鳴った。
「ここが弱い。もう一度」
「はい」
「違う。また弱い」
「……はい」
「お前は弾けていると思っているだろうが——弾けていない部分がある」
「どこですか?」
「自分で見つけろ」
「それが一番難しいです」
「難しいからやれと言っている」
カイが遠くで型の練習をしていた。テレーズの怒鳴り声を聞きながら、淡々と剣を振っていた。
「カイさんは慣れているんですか」エラがカイに聞いた。
「ラベルが怒鳴られることには——慣れた」カイは剣を振りながら言った。
「自分が怒鳴られることは?」
「今のところ、怒鳴られていない」
「なぜでしょう」
「テレーズ殿は——私に何も教えていないから」カイは静かに言った。
「教えていない者を怒鳴る理由がない」
「合理的だ」ドノヴァンが後ろから言った。
「テレーズさんって——ドノヴァンさんを怒鳴りますか?」エラが続けた。
「怒鳴る」ドノヴァンは言った。
しかし——内容が違う。ラベルへの怒鳴りは、音楽の指導だ。俺への怒鳴りは——三日で逃げたことへの小言だ。もう八年経つのに」
「八年経っても小言を言う」セシルが言った。
「それが愛情表現なんだろう」ドノヴァンは肩を竦めた。
「ドノヴァンさんが愛情という言葉を使った」ラベルが練習の合間に聞いていた。
「聴こえていたのか」
「聴こえていた」
「……練習に集中しろ」
「はい」
その日の夕方。
ウィークが全員を集めた。
「明日から——八峰の守護龍結界の展開を始める」ウィークは言った。
「いよいよか」ドノヴァンが言った。
「龍使いとしての本格的な仕事だ」ウィークは破邪白眉斎の外装を見た。
龍の紋様が、夕暮れの光を受けて輝いていた。
「ラベル——お前の音楽が、各峰の守護龍を呼ぶ。私はその守護龍と信頼関係を築き、結界を展開する」
「守護龍を呼ぶ——音楽で?」
「精霊を呼んできた方法と、根本は同じだ」ウィークは言った。
「しかし——守護龍は精霊よりさらに古い存在だ。それに対応する旋律が必要になる」
「どんな旋律が必要?」
「各峰の属性に応じた旋律だ」ウィークは続けた。
「地属性、水霧属性、火鼓属性、風雷属性、光幻属性、重闇属性、連鎖属性、回復属性——八峰それぞれの守護龍が持つ属性に合わせた音楽を、お前が作る」
「作る……? 自分で?」ラベルは少し驚いた。
「教えてもらうのではなく——感じて出すことだ」ウィークは静かに言った。
「各峰に立って、その場の気配を感じる。それを旋律にすれば——守護龍に届く」
「それが——ソナーレの在り方よ」ルーナが静かに言った。
「そうだ」ウィークは頷いた。
「わかった」ラベルは言った。
「やってみる」
「一つだけ——覚えておいてほしいことがある」ウィークは全員を見た。
「なんだ?」
「この結界は——守護龍を縛るものではない」ウィークは言った。
「私の龍使いとしての誓いだ。縛らない。守護龍が選んで結界を張る——そういう形でなければ、本当の意味での守護にはならない」
「フレイムとの縛らない竜契と——同じ考え方だ」カイが言った。
「そうだ。この八峰全てで——守護龍が自分の意志で結界を張ることを選ぶ。それが最終召喚の時に、最大の力を生む」
「レベル到達後の最終召喚——のことか」ドノヴァンが言った。
「そうだ」ウィークは静かに言った。
「縛られた守護龍では、最大の力が出ない。信頼から生まれる力の方が——束縛から生まれる力より、遥かに大きい」
一 絶対不可侵の三角形
翌朝、ウィークが地図を広げた。
創音王国の跡地を中心に、北へ延びる三角形が描かれていた。
「ここが——絶対不可侵の三角形だ」ウィークは言った。
「三角形?」ラベルが地図を覗き込んだ。
「北の山脈を二辺とし、創音王国の北端を底辺とする。この三角形の内側を——守護龍の結界で覆い、
絶対的な防衛ラインとして確立する」
「三角形が——一番安定した形か?」セシルが言った。
「そうだ。この地形では、北の二辺の山脈が自然の防壁になっている。問題は底辺——南側の防衛ライ
ンだ。そこを守護龍の結界で補う」
「八つの峰が——この三角形のどこにある?」ラベルが聞く。
ウィークは地図の八点に印をつけた。
「三角形の三頂点に三つ。三辺の中間に三つ。そして三角形の中心部に二つ——全部で八つ」
「均等に配置されている」カイが地図を見た。
「そうだ。八峰が揃えば——三角形全体が結界で覆われる」ウィークは言った。
「ただし、全てを同時に展開するのではなく、順序がある。
書が示している——サーガラ峰から始め、アナンダ峰で完結させる。地の安定から始まり、回復と調
和で閉じる」
「最初がサーガラ峰か」ラベルは地図の北北西の点を見た。
「今日から、行けるか?」
「今日から始める」ウィークは言った。
「テレーズさんは——」ラベルが振り返ると、
「行ってこい」テレーズは杯を持ったまま言った。
「八峰が終わったら、戻ってきて続きをやる」
「はい」ラベルは頷いた。
「生きて帰れ」テレーズは言った。それだけだった。
第19話 了




