第17話 第七の試練——S級ダンジョン「シンタックス」と、根源への問い
幕間 ラエールからシルベルトへ
ラエールを出て、七日。
道が、変わっていった。
音楽の国の賑やかさが遠ざかり、平野が広がり、やがて空気が冷たくなった。
北へ向かっている。シルベルト王国は大陸の北端に近い。
「寒くなってきた」エラが外套を引き寄せた。
「シルベルトは高緯度の国だ」ウィークが御者台から言った。
「年間を通じて気温が低い。冬は降雪もある」
「北の国だ」カイが言った。カイは寒さを気にしていなかった。
「カイさんは平気なんですか?」エラが聞いた。
「剣の鍛錬で外にいることが多かった。寒さには慣れている」
「羨ましい体質だ」ドノヴァンが言った。
「体質ではない。慣れだ」
ラベルは荷台でノエルを弾いていた。
建国の楽曲「創音」——全節を、通して弾いた。
最初から最後まで。
「……弾けた」ラベルは呟いた。
「全部?」ルーナが聞いた。
「全部。途切れずに、全部通した」
「いつの間に」ドノヴァンが言った。
「気づいたら——弾けるようになってた」ラベルは言った。
「ラエールにいる間、ヴァッソさんとの夜の後に——なんか自然と弾けた」
「ヴァッソとの対峙が——何かを解いたのかもしれない」セシルが静かに言った。
「音楽を在らせること——ヴァッソさんに言われた。届けようとするのではなく、ただ在らせる。それを考えながら弾いたら——全部通った」
「式典ができるな」カイが言った。
「シルベルトが終わったら——式典をやる」ラベルは言った。
「そう決めた」
「どこでやるんだ?」ドノヴァンが聞く。
「ソナーレ王国の跡地——創音王国を建国した場所で」ラベルは答えた。
「建国宣言をした場所で、建国の楽曲を全部弾く。それが——本当の始まりだと思う」
「七つ全部終わってからか」
「うん。もう少しだ」
ウィークは御者台で、静かに前を向いていた。
(式典の日——私はまだここにいられるか)
(シルベルトで、話さなければならない)
(ラベルに、全てを)
一 北への道
ラエールを出て、九日。
道が、厳しくなった。
緑が減り、風が冷たくなり、空が低くなった。岩肌が露出した丘陵が続き、その先に——白い山脈が見え始めた。
大陸の最北端。
人が少ない。村の間隔が広くなり、言語が変わる。南の国々の賑わいが、ここでは遠い世界の話のように感じられた。
「寒い……」エラが外套を引き寄せた。
「ラエールから一気に北まで来た」ロクが低音で言った。
「気候が違いすぎる」
「シルベルト王国は大陸最北端に位置する」ウィークが馬車の御者台から言った。
「年間を通じて気温が低く、冬は極寒になる。今は秋だが——それでも、南の国の冬より寒い」
「師匠は寒くないのか?」ラベルが荷台から聞いた。
「感知はするが、不快感はない」
「羨ましい」ラベルは外套を深く着込んだ。
ルーナが隣に座り、肩を寄せてきた。
「温かい?」ルーナが聞いた。
「温かい」ラベルは答えた。
カイは荷台の端で、剣の手入れをしながら空を見ていた。北の空は澄んでいて、星が南より多く見えた。
「シルベルト王国は——どんな国なんだ?」カイが問う。
「孤高の国だ」ウィークが答えた。
「帝国とも、他の国とも——独自の距離を保っている。軍事力は強大で、しかし侵略もしない。帝国すら、直接的な干渉を避けている」
「そんな国が——なぜハフト・ハーンに参加している?」ドノヴァンが問う。
「自国の判断で参加した」ウィークは続けた。
「シルベルト王国は——ソナーレ王国の建国に、深い関心を持っている。理由は、まだ書に記されていない」
「最後の試練が——最も謎が多い」セシルが静かに言った。
「S級ダンジョン「シンタックス」の詳細も、まだわからない」ウィークは言った。
「シルベルト王国に到着した時点で、書が更新されるはずだ」
「到着するまでわからない——それが、最後の試練らしいと言えばらしい」ラベルは空を見た。
北の空に、一筋の光が流れた。流れ星だ。
「縁起がいいな」ドノヴァンが言った。
「根拠はないが——そうかもしれない」ウィークは静かに言った。
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二 帝国の最終手
シルベルト王国の国境まで、あと二日という夜。
ウィークが突然、馬車を止めた。
「全員、起きているか」
「起きてる」ラベルが答えた。
「来た」ウィークの白金の義眼が、暗闇を見通した。
「未来予見が——今夜、最も重要な分岐点を示している」
「帝国か?」カイが即座に剣に手を当てた。
「枢密院の総力だ」ウィークは静かに言った。
「ヴォルガが来ている。しかし今回は——彼一人ではない」
「何人だ」ドノヴァンが五指を開いた。
「ヴォルガを含む、帝国枢密院直属の精鋭が五十人。そして——」ウィークは一瞬、言葉を止めた。
「枢密院の長官代理が直接来ている」
「長官代理?」ラベルが聞く。
「アザトース長官の右腕——グリムという人物だ。レベル九十八。ヴォルガより上だ」
「五十人プラス、ヴォルガとグリムか」ドノヴァンは表情を変えずに言った。
「数は多いが——」
「問題は数ではない」ウィークは続けた。
「グリムは——空間切断の固有スキルを持つ。物理的に空間を切り裂き、対象を隔絶する能力だ。ナノ・ワールドの絶対領域に対して、唯一の対抗手段となりうる」
「師匠の能力に対抗できる——」ラベルは静かに言った。
「そのために来た」ウィークは答えた。
「帝国はここまでの戦いで、私の能力の詳細を分析した。弱点を突きに来ている」
「どうする?」カイが問う。
「戦う」ウィークは短く言った。
「しかし今夜は——特別な対応が必要だ」
ウィークは全員を見渡した。
「聞いてくれ。今夜の配置を説明する」
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三 布陣
「まずルーナとカルテットは——」ウィークはルーナを見た。
「後方で、ラベルの支援に専念してほしい」
「戦えます」ルーナは言った。
「戦うことも求める。しかし最優先は——ラベルの音楽を支えることだ。今夜の戦いで、ラベルの音楽が最も重要な役割を果たす」
「俺が?」ラベルが聞く。
「後で説明する。次——ドノヴァン」
「何でも来い」
「五指の最大展開を惜しむな。三重重ねも許可する」
「ダンジョンじゃないから、周囲を吹き飛ばしても問題ないな」ドノヴァンは口元を上げた。
「問題ない。カイ——」
「ヴォルガを抑える」カイは即座に言った。
「そういう配置だろう」
「そうだ。ヴォルガは私が相手をしたいが——グリムも来ている。二方向同時対応には限界がある。ヴォルガの動きを封じてくれれば——私はグリムに集中できる」
「ヴォルガはレベル九十五だ」カイは静かに言った。
「俺のレベルでは——抑えるだけだ。倒すのは難しい」
「抑えるだけで十分だ」ウィークは言った。
「そしてラベル——」
「師匠が一番大変な相手と戦う間、俺は何をすればいい?」
「精霊を守れ」
「精霊を?」
「今夜、帝国は精霊への干渉を同時に行う可能性がある」ウィークは説明した。
「グリムの空間切断は——私のナノ・ワールドを分断する。そうなれば、精霊との接続が弱まる。それを補うのが——お前の音楽だ」
「精霊を音楽で繋ぎ止める」
「そうだ。私のナノ・ワールドが分断されても、お前の音楽が精霊を呼び続ければ——戦場全体の精霊接続が維持される。精霊がいれば、カルテットのボイスプレイも、ドノヴァンのスペリングネイルも——最大出力を保てる」
「わかった」ラベルはノエルを握った。
「弾き続ける。何があっても」
「何があっても、だ」ウィークは繰り返した。
「たとえ私が倒れても——」
「倒れないでくれよ」ラベルは言った。
「……倒れるつもりはない」ウィークは静かに言った。
「しかし——言っておく必要がある」
「言わなくていい」ラベルは前を向いた。
「俺は弾き続ける。師匠が立っていられる限り、師匠が戦い続けられる限り——弾き続ける」
ウィークは一秒、ラベルを見た。
「——わかった」
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四 決戦
帝国の部隊が、暗闇から現れた。
五十人が半円形に展開し、一行を囲んでいた。松明の光が、鎧を照らしている。
そしてその中心に——二人がいた。
黒鎧のヴォルガ。
前回と同じ、漆黒の重鎧。しかし今回は——傷が一つも修復されていない。前回の戦いの痕跡が残ったまま来ている。それが、今夜にかける本気を示していた。
そしてその隣に——グリムがいた。
細身の男だった。年齢が読みにくい。白い外套を纏い、両手に手袋を着けている。顔に表情がなく、目だけが——鋭く、冷たく光っていた。
「ウィーク殿」グリムは静かに言った。声が、奇妙に平坦だった。
「最後にしましょう。帝国枢密院は——創音王国の建国を、認めない」
「あなたが決めることではない」ウィークは答えた。
「帝国が決めることです」グリムは手袋をゆっくりと外した。
「この手で——決着をつけます」
「来なさい」ウィークは静かに言った。
戦闘が、始まった。
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五十人が動いた。
ドノヴァンの五指が踊った。
五種同時展開。炎、雷、風、重力、土精霊——三重重ね。
ドォォォォン——!!!
炎が雷を飲み込み、風がそれを増幅した。倍化の三重連鎖——一つの爆発が、連鎖的に広がり、五十人
のうち半数が一瞬で戦闘不能になった。
「これが——三重重ねか」ロクが息をのんだ。
「見るのは初めてだ」セシルが言った。
「見る余裕があるなら歌え!」ドノヴァンが叫んだ。
「はい!」
カルテットの四声が重なった。ボイスプレイが全員の精神防御を張り、精霊との接続を強化した。
カイが動いた。
ヴォルガへ向かって——真っ直ぐに。
「また来たか、ソナーレの剣士」ヴォルガは言った。
「今夜は倒しに来た」カイは答えた。
「前回より——強くなっているか」
「試してみろ」
二人の剣が、夜の空気を切った。
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ウィークはグリムと向かい合っていた。
「ナノ・ワールド——第二段階展開」
白金の義眼が輝き、空間全体が掌握された。しかし——
「空間切断」
グリムの両手が、空気を裂いた。
見えない刃が、ナノ・ワールドの空間に走った。
領域が——分断された。
(来た)
ウィークは感じた。第二段階のナノ・ワールドでも、グリムの空間切断は届く。
空間認識が、部分的に歪んだ。
「想定内だ」ウィークは静かに言った。
「本当に?」グリムはまた空間を裂いた。二本、三本——連続して。
ナノ・ワールドが、さらに分断されていく。
しかしその瞬間——ラベルの音楽が、空間に広がった。
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ラベルは弾いていた。
戦闘の中心から少し離れた場所で、ルーナとカルテットに守られながら、ノエルを弾き続けた。
精霊を呼んだ。
六つの試練で出会った全ての精霊——風精霊、土精霊、火精霊、水精霊、霧精霊、音精霊——が、
旋律に応えた。遠く離れた各地から、精霊の気配が繋がってきた。
「来てくれている……」ラベルは感じた。
「ブランガの精霊も。ザザントの精霊も。コプラスの神樹の子供たちも——」
「弾き続けて」ルーナが言った。
ラベルはノエルの弦を鳴らし続けた。
精霊が、戦場全体に広がった。
分断されかけていたナノ・ワールドの空間に、精霊が流れ込んだ。精霊がいる場所は、精霊の気配で繋
がっている。グリムの空間切断が空間を裂いても——精霊の繋がりが、その空間を補完した。
(精霊が、師匠の領域を支えている)
「……なるほど」グリムは眉を動かした。
「精霊を補助として使うか。想定外だ」
「精霊は私のものではない」ウィークは答えた。
「ラベルの音楽が呼んだものだ。私は借りているだけだ」
「そのラベルを——」グリムは視線をラベルに向けた。
「見るな」
ウィークが一歩、前に出た。
「スキルβ崩壊——第三段階」
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五 第三段階
空間が——揺れた。
第二段階とは違う揺れ方だった。
第一段階は対象を変質させる崩壊。第二段階は精密制御可能な崩壊。
第三段階は——
「認識の崩壊だ」ウィークは静かに言った。
グリムの目が、大きくなった。
「認識が——」グリムは自分の手を見た。自分の手が、何であるかの認識が、揺らいでいる。
「私の空間切断が——どこを切ればいいかが、わからなくなっている」
「第一段階は物質を崩壊させた。第二段階は物質と空間を崩壊させた」ウィークは言った。
「第三段階は——対象の能力の前提となる認識を崩壊させる」
「空間切断は——空間の認識があって初めて使える能力だ」グリムは低く言った。
「その通りだ」
「……巧妙な」グリムは静かに言った。怒りではなく、純粋な評価として。
「あなたは——これを最初から準備していたのか」
「未来予見で、グリムの空間切断があなたの主要スキルだと把握した。
そして——第三段階を、今夜のために取っておいた」
「全て——計算の上か」
「計算ではなく、準備だ」ウィークは答えた。
「対策を立てることは——卑怯ではない」
グリムは両手を見た。
空間を切ろうとした。
しかし——どこを切ればいいかが、わからない。
自分が立っている空間の輪郭が、認識の中で定まらない。
「降参するか」ウィークは言った。
グリムは一瞬黙って、それから——剣を鞘に収めた。
「……今夜は。次は対策を立てる」
「次があれば、また考える」ウィークは答えた。
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ヴォルガとカイの戦いは、続いていた。
カイの水流剣は、レベル差を技術でカバーしていた。ヴォルガの圧倒的な力を、流すように受け流し、
捌き、隙を突く。
しかしヴォルガも強かった。
何度か、カイは吹き飛ばされた。それでも起き上がり、また前に立った。
「……粘り強い」ヴォルガは言った。
「レベル差があるのに、倒れない」
「倒れるわけにはいかない」カイは答えた。
「俺がここで倒れれば——師匠に余計な負担がかかる」
「師匠——ウィークのことか」
「そうだ」
「お前はウィークのために戦っているのか、ソナーレのために戦っているのか」ヴォルガは問うた。
「どちらでもない」カイは答えた。「俺のために戦っている」
「俺のために?」
「父を探すために。一族の名誉を取り戻すために。そしてラベルが——やろうとしていることを、見届
けるために」カイは剣を構え直した。「それが、俺の理由だ」
ヴォルガはしばらくカイを見た。
「……面白い理由だ」ヴォルガは静かに言った。
その瞬間——グリムが剣を収めた。
グリムが戦意を失ったのを見て、ヴォルガも一歩後退した。
「今夜は——引く」ヴォルガは言った。
「また来るか?」カイが問う。
「来るかもしれない。しかし——」ヴォルガは少し間を置いた。
「次に会う時は、もう少し違う形かもしれない」
「どういう意味だ?」
「私自身にも、わからない」
ヴォルガとグリムが、残った帝国の部隊を連れて、闇の中に消えた。
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六 夜明け前
戦いが終わった後、全員が傷の確認をした。
カイが最も消耗していた。ヴォルガの打撃を何度か受け、右腕に鈍痛があった。
「一時の陣を使う」ウィークは言った。
「一時の陣——パブス召喚」
医神パブスが現れた。温かい光が、カイの傷を包んだ。痛みが、静かに引いていく。
「……助かる」カイは素直に言った。
「エラも——」セシルが心配そうに言った。
「少し頭が痛かっただけです。もう大丈夫」エラは言った。
「ドノヴァン、魔力は?」ウィークが問う。
「三重重ねを二回使った。流石に消耗した」ドノヴァンは正直に言った。
「今すぐ同じことはできない」
「わかった。今夜の戦いは終わりだ」
ラベルはノエルを下ろした。
手が震えていた。ずっと弾き続けていたせいで、指が痛かった。
「よく弾き続けた」ウィークがラベルの隣に立った。
「精霊が——来てくれた」ラベルは手を見た。「全部の精霊が。声に応えてくれた」
「今夜、お前の音楽が——戦場を支えた」
「師匠が戦ってくれたから、俺は弾いていられた」
「お互いがお互いを支えた、ということだ」
ルーナがラベルの手を取った。
「指が赤くなっている」
「大丈夫」ラベルは言った。
「少し冷やして」ルーナは水の入った布を当てた。
カイが空を見た。
「夜明けが近い」
「シルベルト王国まで、あと二日だ」ウィークは言った。
「今夜は休め。明日は早く動く」
「師匠」ラベルが言った。
「なんだ」
「第三段階——初めて見た。レベルが上がっているのか?」
「……まだだ」ウィークは静かに言った。
「レベルは今夜ではない。しかし——シルベルトに着く頃には」
「書が更新される?」
「予見では——シンタックスの攻略が完了した時点で、書が中級コンプリートになる。そしてその時に」ウィークは前を向いた。「全てが、次の段階に進む」
「次の段階……」ラベルは夜明けの空を見た。
「今は休め。全ての答えは——シルベルトにある」
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七 シルベルト王国・北風の都ヴィエイラ
シルベルト王国の都ヴィエイラは——風の街だった。
建物が低く、横に広い。風を受けるのではなく、風を流すための形。街中に風が吹き抜けていて、人々の外套が常に揺れている。
「常に風が吹いている」セシルが言った。
「北風精霊の影響だ」ウィークが言った。
「シルベルトは北風精霊が豊富な地域だ。精霊が常に風を送っている」
「北風精霊……」ラベルは感じた。
「ノエルが——反応してる」
「北風と弦楽器は相性がいい」ウィークは言った。
「風が弦を揺らす。弦が揺れると、精霊が反応する」
「ノエルが——風で鳴ってる」ラベルは背負ったノエルが、風を受けて微かに音を出しているのを感じた。
「弾かなくても、風が弾いてくれる」ルーナが穏やかに言った。
「それは——いい表現だ」ウィークは静かに言った。
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八 ゼイン王
王宮への謁見。
ゼイン王。
七十代。白髪で、背が少し曲がっている。しかし目が——若い。七十年の時間を経ても、その目だけは鋭く、深く、何かを見通すような輝きを持っていた。
「来たか」ゼインは立ち上がった。「待っていた」
「ゼイン王陛下——」ラベルが挨拶しようとすると、
「儀礼はいい」ゼインは手を振った。
「時間がない。私はもう老いた。言いたいことを直接言う」
「……は、はい」
「ラベル・ソナーレ」ゼインはラベルをまっすぐに見た。
「陣法士が来た時から——この日が来ることは知っていた」
「陣法士——師匠のことですか?」
「そうだ」ゼインはウィークを見た。
「ウィーク殿——久しぶりだ」
「ゼイン」ウィークは静かに答えた。
「お変わりなく」
「老いた」ゼインは言った。
「しかし——見届けるまでは、死ねない。そう思って生きてきた」
「何を見届けるために?」
「この日だ」ゼインは静かに言った。
「創音王国が最後の試練を越える日を。そしてウィーク殿が——ラベルに真実を話す日を」
ラベルが、ゼインを見た。それからウィークを見た。
「ゼイン——知っていたのか」ウィークは静かに言った。
「知っていた。あなたが何者かを——書が示す前から、私には感じていた」ゼインは言った。
「老いると、そういうものが感じられるようになる。根源的な力の気配というものが」
「師匠が——何者かを?」ラベルは静かに言った。
「試練の話の前に——ウィーク殿に話をさせてあげてください」ゼインは穏やかに言った。
「試練は、その後でいい。順序が大事だ」
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九 ウィークの告白
ゼインが席を外した。
謁見室に、一行だけが残った。
ウィークが全員の前に立った。
「話す」ウィークは静かに言った。
「全員に。ラベルだけでなく、全員に聞いてほしい」
「……うん」ラベルは頷いた。
「私は——この世界の存在ではない」
静寂。
「どういう意味だ」ドノヴァンが静かに言った。
「別の次元の宇宙——この世界とは別の宇宙が、存在する」ウィークは続けた。
「その宇宙で、ビッグバンが起きた。宇宙の誕生の瞬間に——根源的な力が生まれた。重力、電磁力、強い力、弱い力——四つの根源力だ」
「根源力……」
「私は——その根源力の一つだ。弱い力——ウィーク・ボソンという」
誰も何も言わなかった。
「弱い力は——物質の崩壊と変容を司る力だ。あの宇宙の物理法則を成立させている、四つのうちの一つ」ウィークは続けた。
「その力が意識を持ち、次元の境界を越えてこの世界に入った。それが——私だ」
「次元を越えて来た……」ラベルは静かに言った。
「この世界に入った時——創造神と接触した。創造神は懇願した。シンフォニアの窮状を救ってほしいと」
「創造神が——師匠に頼んだのか」
「頼まれた。しかし問題があった」ウィークは続けた。
「私が本来の力を振るえば——このシンフォニアという精緻な世界が、粉々になってしまう。私の力は、この世界の物理法則と相容れない規模だ」
「だから——」カイが静かに言った。
「力を限りなく抑え込んで、人の形で来た」ウィークは言った。
「アーティファクトボディは——私の力をこの世界の規模に閉じ込めておく器だった。聖者という形を借りた、根源力の器だ」
「ルー・クシャスラが——」ドノヴァンが言った。
「最初の器だった。サン・アポロニウスは二つ目の器だ。そして——レベルが上がるほど、器が進化するほど、本来の力に少しずつ近づいていく」
「じゃあ器はまた変化するんだよな」ラベルは言った。
「そうだ。だがあと2段階で、最終の器となる」ウィークは続けた。
「最終の器に達した時、私はこの世界でできることの全てを、やり切ることができる」
「できることの全てって——」
「最終召喚だ」ウィークは静かに言った。
「それが——私がこの世界でやるべき最後のことだ」
「最後……」ラベルの声が、少し揺れた。
「ラベル——最後まで聞いてくれ」ウィークは言った。
「聞く」
「創造神との約束を果たした後——私はこの世界に留まれない」ウィークは続けた。
「私の本来の使命は——別次元宇宙に存在する四つの根源力、重力、電磁力、強い力、弱い力——四つの魂の統合を果たすことだ」
「統合……」
「四つの力が統合された時、その宇宙の法則が完成する。私がここにいる間——その統合は、未完のまま止まっている」ウィークは言った。
「私が帰らなければ——別の宇宙が、完成しない」
「帰ったら——師匠は」ラベルは声が震えるのを抑えた。
「この世界から……」
「消える」ウィークは静かに言った。
「根源力としての魂が統合された時——この形では存在できなくなる」
誰も、何も言わなかった。
焚き火が——ない。謁見室の燭台だけが、静かに揺れていた。
「いつ——帰るの?」ラベルは言った。
「ハフト・ハーンが終わり、最終決戦が終わった後だ」ウィークは答えた。
「それまでは——ここにいる」
「最終決戦……帝国との?」
「そうだ。帝国が必ず動く。創音王国が七つの試練を越えた時——帝国は全面的な攻撃をしかけてくる。それが、最後の戦いだ」
「その戦いが終わったら——師匠は帰る」ラベルは静かに言った。
「そうだ」
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十 それぞれの言葉
長い沈黙の後。
ドノヴァンが最初に口を開いた。
「……最初から、知っていたのか。お前が何者かを」
「ある程度は」ウィークは答えた。
「なんで言わなかった」
「言う必要がなかった」ウィークは静かに言った。
「私の正体が何であれ——やるべきことは変わらない。お前たちと共に旅をして、精霊を解放して、創音王国を作ることが——私の使命だった」
「正体が根源力でも——師匠は師匠だ」ドノヴァンは言った。
「それは変わらない」
「……そうか」
「変わらない」ドノヴァンは繰り返した。
カイが言った。
「帰ることは——変えられないか」
「変えられない。別の宇宙が待っている」ウィークは答えた。
「そうか」カイは短く言った。それだけだった。しかし——その目が、何かを堪えていた。
カルテットの四人が、互いを見合った。
私たちは——ウィーク殿が何者であれ」セシルは言った。
「ウィーク殿の音楽を信じます。今まで、これからも」
「音楽の、か」ウィークは言った。
「私にとって——全ての存在は、音楽として認識できます」セシルは穏やかに言った。
「ウィーク殿の音楽は、本物でした。それだけです」
ルーナが静かに言った。
「私は——ウィーク殿が何者かを、うすうす感じていた。エイランのところにいた時、あなたが来た時——人間ではない何かが来た、と感じた」
「感じていたか」
「感じても——どうするわけでもなかった」ルーナは言った。
「ラベルを守ってくれていたから。それだけで十分だった」
全員がラベルを見た。
ラベルは——静かだった。
怒っているわけではなかった。泣いているわけでもなかった。
ただ——静かに、ウィークを見ていた。
「師匠」ラベルは言った。
「なんだ」
「一つだけ——お願いしていいか」
「なんだ」
「存在の証、、、——最終の器になった時にそれを——旅が終わった後、俺に渡してくれないか」
ウィークは少し間を置いた。
「存在の証を——お前に?」
「師匠が帰った後も——師匠の意志がここにある形で、いてほしい」ラベルは言った。
「証を通じて——師匠はいつでも聴ける。俺の音楽の続きを。別の次元から」
「……そうだな」ウィークは静かに言った。
「約束する。最終の器になった時——証を、お前に渡そう」
「ありがとう」ラベルは言った。
ラベルはノエルを見た。
それからウィークを見た。
「わかった。受け取る。しかし——」ラベルは言った。
「しかし?」
「証を通じて、聴いてくれるんだろ。俺の音楽を。別の次元から」
「そうだ」
「だったら——もっとうまくなる。師匠が聴いてくれるなら、止める理由がない」
ウィークは——何も言わなかった。
しかしその白金の瞳が、わずかに——温かくなった気がした。
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十一 ゼインの言葉
ゼインが戻ってきた。
「話せたか」ゼインは静かに言った。
「話せた」ウィークは答えた。
「よかった」ゼインは一行を見た。
「では——試練の話をしよう」
「はい」ラベルは頷いた。目が少し赤かったが、声は落ち着いていた。
「シンタックスは——S級ダンジョンだ」ゼインは言った。
「A級とは根本的に異なる。A級は精霊のダンジョンだ。しかしシンタックスは——」
「何のダンジョンですか?」
「存在の根源に触れるダンジョンだ」ゼインは静かに言った。
「人が、精霊が、竜が——なぜ在るのかという問いに、触れる場所だ」
「それは……ダンジョンなのか?」ドノヴァンが言った。
「ダンジョンの形をしているが——その本質は、問いの場所だ」ゼインは続けた。
「シンタックスに入った者は——自分の存在の根源と向き合わなければならない。
逃げれば——ダンジョンから出られなくなる」
「自分の存在の根源……」ラベルは言った。
「各人が違う問いを受け取る」ゼインは言った。
「私も若い頃に入ったことがある。私が受け取った問いは——お前はなぜ生きるか、だった」
「どう答えたんですか?」
「見届けるために——と答えた」ゼインは穏やかに笑った。「それが七十年間の答えだ」
「問いに——答えられれば、出られるのか?」
「答えることができれば、出られる。しかし答えは——言葉でなくてもいい」ゼインは続けた。
「行動でも、沈黙でも、音楽でも——それが本物であれば、シンタックスは受け入れる」
「音楽でも——」ラベルは言った。
「音楽師にとっては——音楽が最も誠実な答えかもしれない」ゼインは言った。
「さあ、休みなさい。明日——シンタックスへ向かう」
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十二 前夜
宿の夜。
ラベルは眠れなかった。
部屋の窓から外を見ていた。
風が吹いていた。北風が、窓を揺らしている。
「ラベル」
ルーナの声がした。扉の外から。
「入っていい」
ルーナが入ってきた。隣に座った。
「眠れない?」
「眠れない。考えてることが多くて」
「何を考えているの?」
「色々」ラベルは言った。
「師匠のこと。シンタックスのこと。存在の根源に向き合うって——何を問われるんだろうって」
「私は——あなたが何を問われるか、予想できる気がする」ルーナは言った。
「なんだと思う?」
「音楽を——なぜ続けるか、じゃないかな」ルーナは静かに言った。
「音楽をなぜ続けるか……」ラベルは繰り返した。
「ゼイン王は、なぜ生きるか——と問われた。私が若い頃に同じ問いを受けたとしたら——なぜ音楽を続けるかだったと思う。音楽は私の存在の根源だから」
「母さんも——シンタックスに入ったことがある?」
「ない。しかし——逃げ続けた五年間、似たような問いと向き合った」ルーナは言った。
「なぜ逃げ続けるのか。なぜ音楽を守ろうとするのか。なぜ——あなたを守ろうとするのか」
「答えは?」
「音楽は消えないから。あなたがいるから。それだけだった」ルーナは静かに言った。
「シンプルな答えが——最も正直だった」
「シンプルな答え……」ラベルは考えた。
「あなたは——音楽をなぜ続けるか。今の答えは?」
「師匠がいるから。みんながいるから。精霊が応えてくれるから——」ラベルは言いながら、考えた。
「それだけじゃなくて……音楽が、続くから。音楽は消えない。だから——俺も続ける」
「シンプルだ」ルーナは言った。
「これが答えになる?」
「なる」ルーナは静かに言った。「本物だから。それが——シンタックスが求めるものだ」
ラベルは窓の外を見た。
「母さん」
「なに?」
「一緒に来てくれてありがとう。ここまで。全部の試練を——一緒に越えてくれて」
「私は——あなたが来てくれたから、また前に進めた」ルーナは言った。「お礼を言うのは私の方だ」
「お互い様だ」ラベルは笑った。
「そうね」ルーナは穏やかに笑った。
風が吹いた。
ノエルが——微かに鳴った。
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十三 シンタックスへ
翌朝。
シンタックスへの道は——他のダンジョンとは違った。
案内板もなく、道標もなく。しかし——北風精霊が、道を示した。
「北風精霊が案内している」ウィークは言った。
「シルベルトの精霊は——このダンジョンへの道を知っている」
「精霊が案内してくれるのか」ラベルは言った。
「シンタックスは——精霊にとっても特別な場所だ」ウィークは続けた。
「存在の根源に触れる場所だから、精霊も畏敬している」
「精霊が畏れる場所……」
「それほどの場所だ」ウィークは静かに言った。
「覚悟していけ」
「……うん」
シンタックスの入口は——岩壁の中に、ただ口を開いていた。
特別な装飾も、紋様もない。ただの、穴。
しかし——その穴の前に立った瞬間、全員が感じた。
(深い——)
(この穴の先が、どこまで続くのかが、感じ取れない)
「S級の重さが——来てる」ドノヴァンが静かに言った。
「このダンジョンは——戦闘だけでは攻略できない」ウィークは言った。
「思考感知パッシブが——既に作動している。シンタックスの問いが、既に来始めている」
「問いが来てる?」
「まだ前兆だ。中に入れば——本番が来る」
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十四 シンタックスの内部
踏み込んだ瞬間——空気が変わった。
重さ、でも密度でもない。
深さだった。
この空間は——深い。どこまでも深い。壁も天井も床も、通常のダンジョンと同じに見えるが——全てが、何か別のものの上に薄く乗っているような感覚がある。
「ウィーク」ラベルは言った。
「何かが——来てる気がする」
「そうだ。シンタックスが——各自に問いかけ始めている」ウィークは言った。
「感じたことを、押さえ込もうとするな。受け取れ」
「受け取る……」
第一層から第五層——戦闘があった。
しかし魔物の形が、他のダンジョンと違った。
形が——定まらない。
「あれは——魔物か?」カイが剣を抜きながら言った。
「影のような形だ」エラが言った。
「概念魔物だ」ウィークは義眼で分析した。
「シンタックスの魔物は、物理的な存在ではない。各人の内側にある、向き合っていないものが形を取る」
「内側にある——向き合っていないもの」カイは静かに繰り返した。
「戦い方が違う」ウィークは続けた。
「物理攻撃は効かない。その概念を——認識し、受け入れることで消える」
「認識して受け入れる……どうやって?」ラベルが聞く。
「言葉でも、行動でも、音楽でも——自分が向き合っていなかったものを、向き合うことで消える」
最初の概念魔物が、ラベルに向かってきた。
形が——ぼんやりとしていた。
しかし近づくにつれ、輪郭が見えてきた。
廃村で一人でいた頃の、ラベル自身だった。
「……」
何もなかった頃の自分。名前だけがあって、力もなく、仲間もなく、音楽もなかった頃の自分。
「向き合え」ウィークが静かに言った。「逃げるな」
ラベルは——その影の前に立った。
「……俺が、俺に向き合うのか」
影が——揺れた。
(お前は何を怖れていた)
「音楽が——怖かった。母さんを思い出すから」ラベルは答えた。
(今は?)
「怖くない。音楽が——俺の一部になったから」
(何が変えた?)
「師匠が——来てくれたから。ノエルが——来てくれたから。みんなが——来てくれたから」
(それが——お前の答えか)
「うん」
影が——消えた。
「……消えた」ラベルは呟いた。
「向き合えた」ウィークは静かに言った。
全員が、それぞれの概念魔物と向き合った。
ドノヴァンは——テレーズに三日で追い出された頃の自分と向き合った。
そして言った。「俺には音楽じゃなく、指先に別の才能があった。それを認める」
カイは——父がいない五年間、一人で剣を振り続けた自分と向き合った。
「一人だったが——一人ではなかった。剣の中に父がいた。水流剣の中に、ソナーレが生きていた」
カルテットの四人は——それぞれの、声を失いかけた経験と向き合った。
ルーナは——帝国から逃げ続けた五年間と向き合った。
「怖かった。でも——音楽は消えなかった。それが答えだった」
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十五 シンタックスの核心
第十層——最深部。
そこは——空間が違った。
壁がない。天井がない。床だけがある。そしてその床の下に——無限の深さがある。
「……無限だ」セシルが言った。
「シンタックスの核心だ」ウィークは静かに言った。
「ここで——それぞれが最後の問いを受け取る」
沈黙が来た。
そして——問いが来た。
それぞれに、それぞれの問いが。声ではなく、感覚として。
ラベルへの問い。
(ラベル・ソナーレ——お前は音楽で何を成し遂げようとしているのか)
ラベルは考えた。
(精霊と人間を繋ぐ。帝国が壊したものを取り戻す。母さんが守ろうとした音楽を、続ける——)
(でも——それだけじゃない)
(師匠が帰る。帰っても——師匠が聴いてくれる音楽を、続ける)
(フレイムが空から見ている音楽を、続ける)
(カイが剣を振る時に傍にある音楽を、続ける)
(それが——俺の答えだ)
ラベルはノエルを構えた。
答えを——言葉ではなく、音楽で出した。
建国の楽曲「創音」——全節を、通して弾いた。
第一節——廃村から始まった旋律。
第二節——師匠に会った日の音。
第三節——カリンが百年間守った旋律。
第四節——カイと並んで歩いた日の音。
第五節——テレーズが教えてくれた誠実さ。
第六節——霧精霊の古老が教えてくれた旋律。
第七節——フレイムと共鳴した時の音。
最終節——ルーナと一緒に弾いた、始まりの旋律。
全部を——一つの旋律として。
カルテットが声を重ねた。
ルーナが楽器「ルーナ」で応えた。
ドノヴァンの精霊たちが光を増した。
カイが、剣を鞘に収めて——ただ、音楽を聴いた。
ウィーク(サン・アポロニウス)が——陣を、静かに展開した。
シンタックスの核心が——応えた。
深さの底から、光が来た。
存在の根源が——音楽に応えた。
ウィークへの問い。
(ウィーク・ボソン——お前はなぜ、この世界を愛した)
ウィークは——2時の陣 成功の鬼神ラベゼリンを召喚し答えた。
「愛することを——この世界で学んだ。根源力は力を持っているが、愛することを知らなかった。この世界で——初めて、愛することを知った」
(それで——十分か)
「十分だ。帰ることに、悔いはない。しかし——愛したことへの感謝はある」
(何に感謝する)
「ラベルに。この世界に。精霊に。全てに——感謝する」
(それが——お前の根源か)
「そうだ」
光が——満ちた。
シンタックスの核心が——開いた。
S級ダンジョン「シンタックス」——核心、解放。
各人の問いへの応答——確認。
第七の試練——達成条件、充足。
書物が——今まで見たことのない光を放った。
聖ラジエルの書・上級——移行開始。
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十六 出口と光
シンタックスを出た時——空が開けていた。
北の空。星が出ていた。
全員が疲れ切っていた。しかし——それ以上のものがあった。
(全部——越えた)
「七つ——全部だ」ラベルは星を見て言った。
「そうだ」ウィークは静かに言った。
「書は?」
ウィークは書物を確認した。
聖ラジエルの書・中級——コンプリート。上級へ移行完了。
第七の試練——完了。シルベルト王国、創音王国承認。
七つの試練——全て完了。七つの扉、全て開かれた。
精霊と人間の断絶——修復開始。
「七つの扉——全て開いた」ウィークは読んだ。
「精霊と人間の断絶が——修復される」ラベルは言った。
「まだ始まりだ」ウィークは続けた。
「修復には時間がかかる。しかし——扉が開いた。それが、今日の意味だ」
ゼインが、城壁の上から一行を見ていた。
老王の目が——星のように光っていた。
「見届けた」ゼインは静かに言った。「七十年間——待った甲斐があった」
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十七 ゼイン王との最後の言葉
翌日、ゼイン王への報告。
「シルベルト王国として——創音王国を正式に承認する」ゼインは言った。
「これで七つ全てだ」
「ありがとうございます」
「礼はいい」ゼインは言った。
「一つだけ——言わせてほしい」
「なんでしょう」
「ウィーク殿が帰る——それを、惜しまれるな」ゼインは静かに言った。
「惜しまない、は——難しいです」ラベルは正直に言った。
「惜しんでいい」ゼインは言った。
「惜しむことが——いた証だ。しかし——惜しみながら、前に進め。それが——残った者のやることだ」
「残った者の——やること」
「音楽を——続けることだ」ゼインは言った。
「ウィーク殿が帰っても、音楽は続く。精霊は応える。証は残る。それが——全てだ」
「……わかりました」ラベルは頷いた。
「ラベル・ソナーレ」ゼインは立ち上がった。
「シンフォニックキング——お前の音楽が、世界を変えることを、私は信じている。七十年間待って
——そう確信できた。それで、十分だ」
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十八 帰路と次の段階
シルベルトを出た翌朝。
一行は——創音王国へ向かった。
帰り道。
ウィークが書物を開いた。
「上級の書に——新たな記述が現れた」
「何が?」
「帝国が動いている」ウィークは静かに言った。
「七つの試練が全て完了したことを——帝国の枢密院が察知した。全面侵攻の準備が始まっている」
「いつ来る?」
「書が示す期間——三ヶ月以内だ」
「三ヶ月……」ラベルは言った。
「その前に——式典をやる」ラベルは言った。
「建国の楽曲を全部弾く式典を。そして準備をする。セレスティアル・フィルを作る。八峰の守護龍結界を張る」
「そうだ」ウィークは言った。
「やるべきことは多い。しかし——やることは決まっている」
「師匠のレベルは今——いくつだ?」
「百四十七だ」
「次の段階にになる時は?」
「レベル百五十で移行する。」ウィークは静かに言った。
「しかし——移行のタイミングは、創音王国に戻ってから。それまでに到達し、八峰の守護龍結界の展開が、最初の仕事だ」
「次に段階になってから——八峰を守る」ラベルは言った。
「そうだ。そして——レベル二百に達した時、最終形態となり、最終召喚をする」
「最終決戦で——全部が揃う」
「そうだ。しかしそれは——帝国が全面侵攻してくる時だ。式典、準備、防衛——全てを、三ヶ月以内にやる」
「わかった」ラベルは頷いた。
馬車が、南へ向かって進んだ。
北風精霊が——背中を押すように、風を送ってきた。
ノエルが、その風を受けて鳴った。
ルーナの楽器も、応えた。
二つのハーディ・ガーディが——帰り道の空気に重なった。
(七つの試練、全て終わった。精霊と人間の扉が開いた。師匠が話してくれた。証の約束をもらった。母さんが戻ってきた。カイが父の型を受け取った。)
(次は——式典。そして最終決戦。そして——師匠との別れ)
(でも今は——この旋律が、続いている)
(それだけで、十分だ)
第17話 了
次話予告
第18話「式典の夜——創音王国、真の誕生」
七つの試練を越えた一行は、創音王国の跡地へ戻った。
ウィークがサン・アポロニウスから次の段階へと変容する夜。
そして——建国の式典。
ラベルが建国の楽曲「創音」を、全節、全員の前で弾く。
七カ国の王が集まった。精霊たちが集まった。
そしてフレイムが——空から降りてきた。
音楽が世界に満ちる、その夜に——創音王国が、真に誕生する。




