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第15話 第五の試練——A級ダンジョン「ソーン」と、母の影

幕間 ファフニールからソラスへ

 ファフニールを出て、六日。

 道が変わっていった。

 竜の山脈が背後に遠ざかり、平野が広がり、やがて空の色が変わり始めた。

 ラベルが最初に気づいたのは、光の質だった。

 同じ太陽の光なのに——ソラスに近づくにつれ、光が違って見えた。柔らかく、しかし透き通っている。影が薄い。

「光の国だな」ドノヴァンが言った。

「ソラスは光精霊が豊富な地域だ」ウィークが御者台から言った。

「光精霊が大気に満ちることで、光の散乱が変わる。だからこういう見え方になる」

「綺麗だ」エラが空を見上げた。

「しかし——影も濃い」ウィークは続けた。

「光が強ければ、影も濃くなる。ソラスはその両方を持つ」

「光と影の均衡——か」ラベルは空を見た。

「師匠、ソラスには——」

「ルーナがいる」ウィークは静かに言った。

「うん」

「五日前から未来予見が、今日の方向を示していた」ウィークは言った。

「今日——会える」

ラベルは荷台でノエルを膝に乗せたまま、前を見た。


何も言わなかった。


言葉が、出てこなかった。


カイが隣に座っていた。何も言わなかった。しかし——そこにいてくれた。

(父さんに会えていないカイが、俺の隣にいてくれている)

(ありがとう、とは言わない。でも——わかってる)


 道が続いた。


一 ソラス王国・光の都シルエス

 ソラス王国の都シルエスは——見た目から他の国と違った。

 建物の壁が、白い。

 純粋な白ではなく——光を反射するための白。壁の素材に光精霊石の粉末が混ざっているらしく、光を受けると微かに輝く。


 そして影が——はっきりしていた。

 強い光が作り出す、くっきりとした影。建物の影、木の影、人の影——全ての影が、まるで切り取られたように地面に落ちていた。


「光と影が、同時にある」ラベルは言った。


「ソラスの人々は、影を恐れない」ウィークは言った。

「光があるから影がある。影があるから光がある——その両方が在ることを、当然として生きている」


「それって——いい考え方だな」ラベルは言った。


「しかし——帝国はソラスの影の精霊に目をつけた」ウィークは続けた。

「影精霊は特殊な性質を持つ。影を通じて、遠く離れた場所の情報を収集できる。帝国はそれを諜報に利用しようとした」


「影精霊を——スパイに使おうとしたのか」カイが言った。


「そうだ。しかしソラスのエイランは、それを拒んだ。影精霊の自由を守るために」


「だから帝国との関係が、悪くなった?」


「帝国の圧力が増した。しかしエイランは折れなかった」ウィークは静かに言った。

「そしてエイランは——ルーナを匿うことを選んだ」


「ルーナを匿う理由が——あったんだ」


「帝国に抵抗してきた者同士として、繋がりがあった」ウィークは言った。

「詳しくは——エイランに直接聞けばわかる」


二 エイラン

 王宮への謁見は、その日の夕方だった。

エイラン。

 年齢は四十がらみ。銀色の長い髪。目が——空の色をしている。薄い青と白が混じったような、不思議な色。その目が、ラベルを見た瞬間——深く、静かになった。


「来てくれたか」エイランは立ち上がり、ラベルの前に来た。

「会いたかった」


「エイラン様」ラベルは言った。「ルーナを——」


「匿っています」エイランはラベルの言葉を先に受け取った。

「生きています。無事です」

ラベルの膝から、力が抜けそうになった。


カイが、後ろで静かに支えた。


「……ありがとうございます」ラベルは声が震えた。


「礼はこちらが言う側だ」エイランは静かに言った。

「ルーナは——あなたのために、五年間逃げ続けた。その強さが、この国に辿り着いた」


「五年間……」


「ここに来てから、三年になる」エイランは言った。

「最初は傷ついていた。追われ続けたことで、心が疲弊していた。しかし今は——回復している。そしてずっと——子供のことを話していた」


「俺のことを」


「あなたが、いつか来ると信じていた」エイランは言った。

「音楽が戻ってくる日が来ると——その日に、あなたが来ると」


「今日——会えますか?」


「会える。しかし——一つだけ、聞いてほしい」エイランは言った。

「ルーナは、ソーンの深部にいる」


「ダンジョンの中に?」ラベルが驚いた。


「三ヶ月前から——自分でそこに入ることを選んだ」エイランは続けた。

「ソーンの深部に、光と影の精霊が封じられた場所がある。帝国が封印した場所だ。ルーナはそこに——あなたのために、準備をしていた」


「準備……?」


「会えば、わかります」エイランは言った。

「ソーンへの同行を、私も許可する。試練の場でもあるから——攻略が必要だ。しかし今日だけは——あなたが先に進むことを、優先させたい」


「俺だけで?」


「仲間と共に。しかし——ルーナとの再会は、あなたが中心であるべきだ」エイランは穏やかに言った。


「ソーンは明日——入ってください」


三 夜の準備

 宿に入った夜。

ラベルは眠れなかった。


天井を見て、起きていた。


「ラベル」セシルが声をかけた。隣の部屋から気配を感じたのか、扉の外から声がした。


「起きてる」ラベルは答えた。


「入っていいですか?」


「うん」


セシルが部屋に入ってきた。静かに椅子に座った。


「眠れないですか?」


「眠れる気がしない」ラベルは言った。

「明日——母さんに会う。それだけを考えてたら、眠れなくなった」


「どんな気持ちですか?」


「嬉しい。怖い。会いたい。どう話せばいいかわからない。全部が一緒に来てる」


「会いたい、が一番大きいですか?」


「……うん」ラベルは天井を見たまま言った。

「でも——怖いっていうのも、ある。五年間会えなかった。その間に——俺は変わった。母さんも変わってるかもしれない。変わってしまって、うまく話せなかったらどうしよう、って」


「そういう心配は」セシルは穏やかに言った。

「親子には、必要ないと思います」


「なんで?」


「私たちカルテットは——四人ずっと一緒にいます。でも長い間離れたこともある。久しぶりに会った時、最初の一言は何だったかって、覚えていますか?」


「何だったの?」


「ロクが——「腹が減った」と言いました」


ラベルは思わず笑った。


「それだけで?」


「それだけで——四人がまた一緒になれた」セシルは穏やかに笑った。

「言葉は、最初は何でもいいのです。大事なのは——声が届くことだから」


「声が届く——か」


「あなたの声は、精霊にまで届く」セシルは言った。

「お母さんに届かないはずがない」

ラベルは天井を見た。


(声が届く——そうだな)


(俺の音楽は精霊に届いた。怒った精霊にも、絶望した精霊にも、眠った古老にも、千年生きた竜にも)

(母さんに届かないはずがない)


「ありがとう、セシルさん」


「おやすみなさい、ラベル」

セシルが出て行った。


ラベルは目を閉じた。


今度は——眠れる気がした。


四 カイの言葉

 翌朝、出発前にカイがラベルの隣に来た。

「ラベル」


「うん?」


「今日——うまく話せなくても、気にするな」


「カイ……」


「俺は父さんに会えていない。しかし——父さんの記録を読んだ。剣の型を受け取った。それだけで——父さんに会った気がした」カイは静かに言った

。「お前は今日、直接会える。それだけで、十分だ」


「十分——か」


「十分以上だ」カイは言った。「話せなくても、会えただけで、全部変わる。俺はそれを——父さんの記録から学んだ」


ラベルはカイを見た。


「カイ——ありがとう」


「礼はいい。俺のためでもある」


「カイのため?」


「お前が母さんに会えれば——俺も、父さんに会える日が来ると信じられる」カイは短く言った。「それだけだ」


ラベルは頷いた。


「絶対——見つける。カイの父さんも」


「ああ」


五 ソーンへ

 ソラス王国の光の中、ソーンへの道を進んだ。

 光精霊が、道を照らしていた。

 影精霊が、光の中に静かに在った。


「ここの精霊は——怖くない」ラベルは感じた。

「ブランガの精霊より、ずっと穏やかだ」


「ソラスの精霊は安定している」ウィークは言った。

「エイランが帝国の介入を拒んできたからだ。採掘されていない精霊は、本来の状態でいられる」


「帝国が来ていないから——精霊が穏やかでいられる」カイが言った。


「そうだ。それが——帝国が来ない場合の、本来の精霊の姿だ」


「創音王国が作りたいのは——こういう場所だ」ラベルは言った。

「全ての国の精霊が、こういう状態でいられる世界」


「まだ遠い」ウィークは言った。


「遠くても——目指す」


「そうだな」


 ソーンの入口は、光の中にあった。

 他のダンジョンとは違い、暗くない。光精霊が内部まで満ちているため、入口から既に明るい。


「明るいダンジョンは初めてだ」エラが言った。


「ソーンは光のダンジョンだ」ウィークは言った。

「しかし——深部に行くほど、影が濃くなる。光と影のバランスが逆転する」


「光が多い場所ほど、影が濃い——ソラスの性質と同じだ」セシルが言った。


「そうだ」


六 第一層から第八層

 ソーンの攻略は——これまでで最も静かだった。

 精霊が穏やかだった。魔物は出たが、その数が少なく、凶暴化していなかった。

ラベルが弾くと、精霊たちが自然に集まってきた。攻撃的ではなく、むしろ——歓迎するような動き方で。


「精霊が——喜んでいる?」ラベルは感じた。


「そうだ」ウィークは言った。

「ソーンの精霊は、音楽を長い間待っていた。ドランやレノスとは違う——苦しんでいるのではなく、単純に音楽を求めていた」


「帝国に採掘されていないから——苦痛はない。ただ、音楽が来るのを待っていた」


「そうだ。ソナーレの音楽は、精霊にとって特別なものだ。どの国の精霊も——その音楽を、何らかの形で知っている、あるいは記憶している」

(百年前に消えた音楽を——精霊たちは今も待っていた)


第五層で、光精霊の上位個体をカタログ化した。


第七層で、影精霊の上位個体をカタログ化した。


カタログ化完了——光精霊・上位個体。

カタログ化完了——影精霊・上位個体。


「光と影、両方か」ドノヴァンが言った。


「ソーンの特性だ」ウィークは書物を確認した。

「両方をカタログ化できる機会は——珍しい。書の達成度が上がる」


七 第九層:光と影の均衡の間

 第九層——ソーンの最深部一つ手前。

そこに、特別な空間があった。

 光と影が、完全に均衡している空間。

 どこを見ても、光と影が半分ずつ存在している。光だけの場所も、影だけの場所もない。どこにいても、光と影が共に在る。


「ここが——帝国の封印の場所か?」ラベルが問うた。


「違う」ウィークは言った。

「ここは——ルーナが選んだ場所だ」


「母さんが——ここにいるの?」


ウィークが義眼で確認した。


「……いる」


ラベルは前に出た。


空間の奥——光と影が交差する点に、人影があった。


小さかった。座っている。膝を抱えて、何かを手に持っている。


ラベルは歩き始めた。


近づくにつれ、人影が鮮明になった。


白髪交じりの黒い髪。旅装束。その手に——楽器を持っていた。


ハーディ・ガーディ——しかし、ラベルのノエルとは違う。もっと古く、くすんでいて、しかし確かに——魔力の光を帯びていた。


「……母さん」


声が出た。


人影が——顔を上げた。


目が合った。


その瞬間——ラベルの記憶が、全て戻ってきた。

(この目だ)

(この目が——俺を見ていた。いつも)

(廃村に隠れる前の夜も。真っ暗な道を走っていた夜も。歌を歌ってくれた夜も)


「ラベル……」

ルーナの声が——震えた。


ラベルは走った。


八 再会

 二人が——抱き合った。

言葉は、最初は出なかった。


ただ——そこにいた。五年間の距離が、この瞬間に消えた。


全員が、少し離れた場所に立って、その光景を見ていた。


誰も何も言わなかった。


ドノヴァンが、空を見ていた。


カイが、前を向いていた。


セシルが、目を閉じていた。


ウィークが、書物を静かに閉じた。


 しばらくして——ルーナが顔を上げた。


「大きくなった」ルーナは言った。声が震えていたが、笑っていた。


「会えた」ラベルは言った。

「会えなかったらどうしようって、ずっと思ってた」


「私も」ルーナは言った。

「あなたが無事でいるかを——毎日考えてた」


「無事だった。師匠が——」


「知っている」ルーナはウィークを見た。

「ウィーク殿——ありがとうございます。ラベルを、ここまで」


「私は、書が示した場所に行っただけだ」ウィークは静かに言った。


「その場所が——ラベルがいた廃村だった」ルーナは言った。

「それだけで、十分です」


ラベルはルーナを見た。

「母さん——怪我は?」


「怪我はない。ただ——疲れた」ルーナは穏やかに言った。

「五年間、逃げ続けた。エイランのところに来てから、初めて休めた」


「なんでここに来たの? ダンジョンの中に」

ルーナは手元の楽器を見た。


「あなたのために——準備をしていた」


「何の準備?」


「これを」ルーナは楽器を、ラベルに向けた。

ラベルは受け取った。


 くすんでいるが——温かかった。ノエルと似た温かさ。魔力の光が、弦の一本一本に宿っている。


「これは……」


「ルーナの楽器だ」ウィークが静かに言った。

「魔力楽器——しかし、ノエルとは違う個体だ。書が反応している」


書物が光を放った。

ユニーク魔力楽器——名称不明。ルーナ・ソナーレが長年連れ添い、精霊と共鳴させ続けた楽器。ソナーレの音楽の記録を内包している。


「名称不明か」ラベルは楽器を見た。「名前がないの?」


「名前をつけていなかった」ルーナは言った。「あなたが名前をつけてくれないか、と思っていた」


「俺が?」


「この楽器は——あなたのノエルと共鳴できる。二本のハーディ・ガーディが同時に鳴った時、何が起きるかを——ここで確かめていた」


「確かめて——わかったの?」


「わかった」ルーナは静かに言った。

「この楽器に残っているソナーレの音楽の記録が——ノエルと共鳴することで、解放される。まだ出ていない旋律が、二本が重なることで現れる」


「建国の楽曲「創音」の——残りの部分?」


「そうだ」ウィークが言った。

「書に記されている。ルーナの楽器とノエルが共鳴することで——建国の楽曲の最終節が完成する」


「最終節……」ラベルは楽器を、ノエルと並べて持った。


「今すぐやる?」


「いや」ウィークは言った。

「それは——ダンジョンを攻略した後だ。今日の試練が終わった後に。全てが揃った後に」


「わかった」


ラベルはルーナを見た。


「母さん——一緒に来てくれるか?」


「どこへ?」


「ここから先の旅に。ハフト・ハーンが終わるまで——そして、その先も」

ルーナはしばらく、ラベルを見ていた。


「逃げ続けることには、もう慣れた」ルーナは静かに言った。

「でも——前に進むことは、まだ慣れていない」


「俺も同じだ」ラベルは言った。

「一緒に、慣れていこう」


ルーナの目から——一筋の涙が落ちた。

「……そうしよう」


九 ソーンの最深部

 ルーナが同行した。

 第十層——ソーンの最深部。

そこに、帝国の封印があった。

 光と影の精霊が同時に封じられた空間。光精霊と影精霊が、互いを縛り合う形で封印されていた。


「光で影を縛り、影で光を縛る——か」ウィークは言った。

「帝国の封印の手口だ。お互いを縛り合わせることで、どちらも動けなくする」


「互いを縛り合うことで——精霊が消耗していく」ラベルは感じた。

「光も影も、どちらも苦しんでいる」


「解除するには——両方を同時に解放する必要がある」ウィークは続けた。

「片方だけを解放すれば、もう片方の縛りが強くなる」


「両方同時に……」


「ラベルとルーナ——二人の音楽が必要だ」ウィークは言った。


「俺と母さんで?」


「光精霊にラベルが。影精霊にルーナが。二つの音楽が同時に届くことで——両方が解放される」


「やれる」ルーナは静かに言った。「ここで三ヶ月、練習してきた」


「三ヶ月——」ラベルは母を見た。「それが、準備だったのか」


「あなたが来ることを信じて——練習していた」ルーナは言った。

「あなたが光精霊に届ける時、私が影精霊に届ける。二人が同時に音楽を出せれば——解放できる」


「一度もやったことがない」ラベルは言った。

「俺と母さんが一緒に弾くのは」


「初めてだ」ルーナは静かに笑った。

「しかし——あなたの音楽は知っている。遠くから聴いていたから」


「遠くから——?」


「ザザントの時から」ルーナは言った。

「あなたが覚醒した時——ここまで届いた。音の波が。あなたの音だとわかった」


「母さんに——届いていたのか」


「ずっと届いていた」ルーナは言った。

「それが——毎日ここで練習を続けられた理由だ」


十 二つのノエル

 二人が、向かい合った。

 ラベルが光精霊の方へ。ルーナが影精霊の方へ。


カルテットが、その間に立った。

「二人の音楽を繋ぎます」セシルが言った。

「私たちの声が——橋になります」


「頼む」ラベルは言った。


「頼みます」ルーナが言った。

セシルが頷いた。


四声が、静かに重なり始めた。


ラベルはノエルを構えた。


ルーナが——楽器を構えた。


二人が目を合わせた。


ルーナが、微かに頷いた。


同時に——弦を鳴らした。

ノエルの深緑の光と、ルーナの楽器の淡い金色の光が——空間に溢れた。

カルテットの四声が、二つの旋律を繋いだ。


光精霊が——ラベルの音楽に応えた。


影精霊が——ルーナの音楽に応えた。


縛り合っていた二つの精霊が——それぞれの音楽を受け取り、縛りを解き始めた。

(光が影を縛り、影が光を縛る——その縛りを、音楽が溶かしていく)

しかし——途中で、バランスが崩れた。


光精霊の解放が進み過ぎた。影精霊の縛りが強くなる。


「ラベル——少し抑えろ」ウィークが言った。


「でも——」


「抑えながら続けろ。ルーナの速度に合わせろ」

(母さんに合わせる——)


ラベルは旋律を落とした。ルーナのペースに合わせた。


すると——二つの解放が、均衡した。


光精霊と影精霊が、同じ速度で縛りを解いていく。


「そうだ」ウィークは言った。「その速度を保て」

(母さんの音楽を感じながら——自分の音楽を出す)

(合わせようとするのではなく、感じながら)


それは——初めてなのに、初めてではない感覚だった。


母の音楽を、ラベルは知っていた。


子供の頃に、毎晩聴いていたから。


その旋律が血の中に残っていた。だから——初めて一緒に弾くのに、迷わなかった。

二つの音楽が、一つになっていった。


光と影が——解放された。


縛り合っていた二つの精霊が、互いを解き放ち、それぞれの本来の姿に戻った。

光精霊が——輝いた。


影精霊が——深く、静かに広がった。


光と影が——均衡した。


カタログ化完了——光精霊・封印解除。影精霊・封印解除。均衡状態、確認。

書物が強く光を放った。


第五の試練、クリア。ソラス王国、創音王国の承認。


十一 建国の楽曲、完成へ

 封印が解けた後、全員がその場に座り込んだ。

疲労ではなく——あまりにも大きな何かが起きて、動けなくなった。


ラベルとルーナが——隣り合って座っていた。


「ラベル」ルーナは言った。


「うん」


「うまく弾けていたか?」


「うまくはない」ラベルは正直に言った。

「でも——誠実には弾けたと思う」


「それで十分だ」ルーナは言った。

「音楽は——誠実さが全てだから」


「テレーズさんと同じことを言う」


「テレーズ——あの人を知っているのか?」ルーナが少し驚いた。


「師事した。二日間だけど」


「そうか」ルーナは微かに笑った。

「あの人も——ソナーレの音楽を知っていた。若い頃に、帝国の記録の断片で」


「だから俺に教えてくれたのかな」


「そうかもしれない」


ウィークが書物を開いた。


「ルーナ」ウィークが言った。

「あなたの楽器とノエルを、今ここで共鳴させることは——できるか」


「できるわ」ルーナは答えた。

「この試練の後でも、力は残っている」


「建国の楽曲「創音」の——最終節を完成させる時だ」

ラベルはノエルを持ち直した。


ルーナが楽器を構えた。

「最終節——母さんが知ってるの?」

「知っている」ルーナは静かに言った。「あなたに伝えるために——五年間、忘れないようにしていた。この音楽だけは——帝国に追われながらも、ずっと心の中で鳴らし続けていた」


「五年間——」


「消えなかった」ルーナは言った。「音楽は消えない。どんな状況でも、心の中では鳴り続ける。それが——ソナーレの信条だった」


ラベルの目が、熱くなった。


「弾こう」ラベルは言った。


「弾こう」ルーナは頷いた。


 二つのハーディ・ガーディが——重なった。

ノエルの深緑の旋律。


ルーナの楽器の金色の旋律。


二つが重なった時——ノエルの中に眠っていた記録が、溢れ出した。


百年間封印されていた旋律が。ルーナの五年間が。カリンの百年間が。ミミールの記録が。霧精霊の古老の記憶が——全部が、この瞬間に一つの旋律として現れた。


建国の楽曲「創音」——第一節から最終節まで。


完全な形で、空間に満ちた。


精霊たちが一斉に応えた。


遠くで——フレイムの声が響いた。


ミミールの霧が、この旋律を大陸全体に運んでいった。


                書物が、強く輝いた。


建国の楽曲「創音」——全節、完成。


十二 ルーナの名付け

「名前」ラベルは言った。「母さんの楽器に——名前をつけていいか?」


「あなたがつけるために、待っていた」


ラベルは楽器を見た。


 金色の光。五年間、帝国に追われながら音楽を守り続けた証が、この楽器に染み込んでいる。


「ルーナはどうか」ラベルは言った。「母さんの名前を、この楽器に」


「私の名前を?」


「母さんの音楽が染み込んでいる楽器だから。母さんの名前が——一番ふさわしい」


ルーナはしばらく楽器を見ていた。

「……そうしよう」ルーナは静かに言った。「この楽器は——ルーナという名前になる」


         ユニーク魔力楽器「ルーナ」——命名完了。


カタログ化完了。ソナーレの音楽の記録、解放。


十三 エイランへの報告

 翌日、エイランへの報告を行った。


「封印が解けたか」エイランは静かに言った。


「はい」ラベルは答えた。「光精霊と影精霊、両方を解放できました」


「ソラスの精霊が——完全な形に戻る」エイランは窓の外を見た。

「三年前から、影精霊が弱まっていた。光精霊に縛られて。バランスが崩れていた」


「それが——帝国の狙いだったのですか?」


「そうだ」エイランは言った。

「影精霊を弱めることで、諜報能力を削ぐ。そして光精霊だけを強化して、利用する——帝国の計画だった」


「均衡を崩す——か」ウィークが言った。


「光と影は、どちらか一方では成立しない」エイランは続けた。

「ソラスはその両方を守ることで、独立を保ってきた。しかし封印が続けば——いずれ、どちらかが消えた」


「今日の攻略で——均衡が戻った」ラベルは言った。


「ありがとうございます」エイランは深く頭を下げた。

「ラベル・ソナーレ——ソラス王国として、創音王国を正式に承認します」


そしてエイランは——ルーナを見た。


「ルーナ。これからも——ここに居場所はある」


「ありがとうございます、エイラン様」ルーナは言った。

「しかし——息子と共に、行きます」


「そうしなさい」エイランは穏やかに言った。

「ここはあなたの家だった。しかし——前に進む人間を、引き止める場所ではない」


十四 夜の焚き火

 ソラスを出た夜。

焚き火を囲んで、全員が座っていた。


今夜は——ルーナも加わっていた。

「ラベル」ルーナは言った。


「うん?」


「旅の間——一人でいる時、どうしていた?」


「師匠がいた。ドノヴァンさんがいた。カイがいた。カルテットが来た。一人じゃなかった」ラベルは言った。

「そうか」ルーナは周囲を見た。

「皆さん——息子を、ありがとうございました」


「礼はこちらが言う」ドノヴァンは言った。

「ラベルには、何度も助けてもらった」


「俺が助けてもらってばかりだ」ラベルは言った。


「お互い様だ」カイは短く言った。


「水流剣の新しい型を見せてもらえますか?」ルーナがカイに言った。

「シルバ殿の型が——ここまで繋がったことを、見たい」


カイは少し驚いた顔をした。


「父を——知っているのですか?」


「ザザントに来た時、少し話した」ルーナは言った。

「息子のために、という言葉が印象的だった。あなたのことを、本当に誇りに思っていた」


カイは、黙っていた。


それからゆっくりと、立ち上がった。


「見せます」

カイが、夜の空き地で型を始めた。


ラベルがノエルを弾いた。


ルーナが——楽器「ルーナ」を取り出した。


二つのハーディ・ガーディが重なった。


カイの剣が、その音楽の中で動いた。


音楽と共に在る時、最も輝く——水流剣。

焚き火の光の中で、剣が弧を描いた。


誰も何も言わなかった。


ただ——その光景が、夜の空気に在った。


「……綺麗だ」ルーナが静かに言った。


「それはラベルがいつも言う言葉だ」ドノヴァンが言った。


「親子だから」ルーナは穏やかに笑った。

ラベルは弾きながら笑った。


幕末 残り二つ

 旅の後半に入っていた。

ウィークは書物を確認した。


第五の試練——完了。ソラス王国、承認。

残る試練:ラエール王国・シルベルト王国。


「残り二つ」ラベルは言った。

「ラエールは音楽の決闘が試練になる可能性がある」ウィークは言った。

「書がそれを示唆している」


「音楽の決闘……」ラベルは少し考えた。

「音楽で勝負するのか?」


「詳細はラエールに行けばわかる」


「シルベルトは?」

「最も難しい試練だ」ウィークは静かに言った。

「S級ダンジョン——これまでとは格が違う。そして——」ウィークは少し間を置いた。

「シルベルトで、私が話さなければならないことがある」


「何を?」


「その時に話す」


ラベルはウィークを見た。

(その時に話す——師匠がそう言う時は、いつも重要なことだ)

(シルベルトで、師匠が話すこと——それが何かは、まだわからない)


「わかった」ラベルは言った。「その時に聞く」


ルーナが隣に座ってきた。


「ウィーク殿は——いつもそういう言い方をするのですか?」ルーナはウィークに聞いた。


「その時に話す、というのが私の癖だ」ウィークは答えた。


「息子が慣れているのは——そのせいか」


「慣れたのか?」ウィークがラベルに聞いた。


「慣れた」ラベルは言った。

「師匠がその時に話す、と言った時は——必ず重要なことで、必ずちゃんと話してくれる。それがわかってるから、待てる」


「……そうか」


「信頼してる、ということだ」ルーナが言った。


「……」ウィークは何も言わなかった。

 しかし——その白金の瞳が、わずかに柔らかくなった気がした。


ラベルはノエルを一度鳴らした。


夜の空気に、旋律が広がった。


ルーナが——楽器「ルーナ」で、それに応えた。


二つのハーディ・ガーディが、夜の空気に重なった。


残り二つ——ラエールとシルベルト。

旅は続く。

しかし今夜は——母と子の音楽が、仲間たちを包んでいた。


第15話 了

次話予告

 第16話「第六の試練——A級ダンジョン「ライラックス」と、音楽の決闘」

 ラエール王国——音楽を国是とする国。

 ファルナ女王は言った。

 「音楽で国を治める国として——音楽で試させてもらいたい」

 ラベルが挑む、音楽の決闘。

 相手は——ヴァッソ。

 帝国に音楽を奪われた、孤独な音楽師。

 技術ではなく、誠実さで戦う。

 ラベルの音楽が、誰かの心を変える時——

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