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第14話 第四の試練——A級ダンジョン「ファーレン」と、竜の咆哮

幕間 ミミールからファフニールへ

 ミミールを出て、五日。

 霧が晴れた。

 正確には——ミミールの国境を越えた瞬間に、霧が消えた。まるで国境が霧の壁であるかのように、その先は青空だった。


「急に晴れた」エラが目を細めた。

「ミミールの霧は、ミミールの精霊が作っている」ウィークが御者台から言った。

「国境の外には出ない」

「国の形が、精霊で決まってるのか」ラベルが言った。

「逆だ。精霊が住む場所に、人間が国を作った。それがミミールだ」

「精霊が先で、人間が後——か」ラベルは荷台でノエルを弾きながら考えた。

「帝国は逆だよな。人間が場所を決めて、精霊を押しつけた」

「そうだ」ウィークは静かに言った。「その違いが——百年間の歪みを作った」

 道が変わっていった。

 ミミールの湿った土が、徐々に岩交じりになっていく。低木が減り、剥き出しの岩が増える。空気が乾燥してくる。そして——遠くに、山が見えてきた。

 大きな山ではなかった。しかし、存在感が違う。


「あれが——ファフニール山脈か?」ラベルが聞いた。

「ファフニール山脈の前衛だ」ウィークは言った。

「本体はその奥にある」

「竜の国……」

「ファフニール王国は、竜と共存してきた国だ」ウィークは続けた。

「千年以上前から、人間と竜が同じ地に住んでいる。世界でも珍しい」

「竜って——凶暴じゃないの?」エラが少し不安そうに言った。

「凶暴な竜もいる。しかし——ファフニールの竜は違う」ウィークは言った。

「長年の共存で、互いの在り方を理解している。竜は人間を単純に食わない。人間は竜を単純に狩らない」

「それって——どうやってそうなったの?」ラベルが聞く。

「最初の竜契だ」ウィークは静かに言った。

「千年前、ファフニールの初代王と大竜フレイムの先代が、誓いを結んだ。竜は人を守護し、人は竜の住処を守る——それが千年間続いている」

「フレイムの先代……じゃあ今のフレイムは?」

「二代目だ。千年近く生きている」

「千年!?」ラベルが目を丸くした。

「竜は長命だ。フレイムはまだ若い方だと、竜の世界では言われているらしい」

「若い方で千年……」ドノヴァンが腕を組んだ。

「俺の感覚じゃ理解できないな」

「人間には理解できなくていい」ウィークは言った。

「ただ——千年生きた存在が、どれほどの何かを内包しているかを、敬うことだ」

一 ファフニール王国・竜の都ドラケン

 ファフニール山脈の麓に広がる城塞都市——ドラケン。

 城壁が高く、石造りの建物が密集している。しかし——ラベルが最初に目に入ったのは、建物ではなかった。

 空を舞う影だった。


「竜……!」


 複数の影が、山脈の稜線に沿って飛んでいた。翼の幅が、馬車ほどもある。日の光を受けて、鱗が鈍く輝いている。


「ファフニールでは日常的な光景だ」ウィークが言った。


「日常なのか……」ラベルはしばらく見上げていた。


「ラベル」カイが言った。


「なに?」


「口が開いてる」


「しょうがないだろ、竜だぞ!?」


城門を抜けると、街の中心に——広場があった。


 その広場に、竜が一頭、横たわっていた。


 青みがかった灰色の鱗。折り畳んだ翼。目を閉じて——眠っているのか、休んでいるのか。人々がその周囲を普通に歩いていた。市場の賑わいの中に、竜がいる。


「本当に——共存してるんだ」ラベルは呟いた。


「百年間、そうやって生きてきた」


「帝国に邪魔されなければ——精霊と人も、こういう関係になれたのかな」


「なれる可能性はあった」ウィークは静かに言った。

「しかし——可能性は今もある。お前がやっていることが、その可能性を取り戻すことだ」


二 ヴァルド王

 王宮への謁見は、その日の午後に行われた。

ヴァルド王。

 五十代。体格がよく、肩幅が広く、全身から力強さが漂っている。しかしその目に——深い疲労の色があった。


「創音王国の一行か」ヴァルドは一行を見回した。その目がラベルで止まった。

「ソナーレの末裔——本物か?」


「はい」ラベルは答えた。

「ラベル・ソナーレです」


「ノエルを持っているな」ヴァルドはラベルの背中の楽器を見た。

「本物のノエルだ。ということは——本物か」


「確認の方法があるのですか?」ウィークが聞いた。


「竜が反応する」ヴァルドは静かに言った。

「ソナーレの血を引く者には、竜が反応する。古い縁があるからだ」


「縁?」ラベルが問う。


「千年前——ファフニールの竜とソナーレの王家の間に、音楽を通じた交流があった。ソナーレの音楽は、竜が好む旋律だったという記録がある」ヴァルドは言った。

「竜は音楽を聴く生き物だ。その点で、ソナーレとファフニールは古くから縁があった」


「それが——今回の試練に関係しますか?」


「大いに関係する」ヴァルドは立ち上がり、窓の外を見た。

「聞いてくれ。私には——問題がある」


三 フレイムの問題

「フレイムは——三度、私を拒んだ」

 ヴァルドが静かに言った。


「三度……?」ラベルが聞いた。


「竜契だ」ヴァルドは続けた。

「千年前から、ファフニールの王とフレイムは竜契を結んできた。しかし——三年前、先代の竜契が切れた。私が新たな竜契を結ぼうとした時、フレイムは三度、拒否した」


「なぜ拒んだんですか?」


「わからない」ヴァルドは苦い顔をした。

「フレイムは理由を言わない。ただ——来るなと言った。それだけだ」


「竜が人間に理由を言わない、か」ドノヴァンが腕を組んだ。


「フレイムは怒っているのか? それとも別の理由があるのか——私には読めなかった」ヴァルドは言った。

「だから——ダンジョン「ファーレン」の攻略も、できていない。フレイムがファーレンを守護しており、フレイムを通過させてもらわなければ、深部に入れない」


「フレイムがダンジョンの番人でもあるのか」ウィークが確認した。


「そうだ。ファーレンはファフニールの精霊石が最も豊富なダンジョンだが——三年間、誰も入れていない」


「帝国は?」


「帝国の部隊が何度か侵入を試みた。しかしフレイムが叩き落とした」ヴァルドは言った。

「フレイムは私を拒んでも、帝国は絶対に通さない。そこだけは変わっていない」


「フレイムが人間全員を嫌っているわけではない」ウィークは言った。

「特定の何かを、拒んでいる」


「私を拒んでいる」ヴァルドは静かに言った。

「私の何かが、フレイムには受け入れられない。しかし——それが何かが、わからない」


「書が——何か示しているか」ラベルはウィークに聞いた。


ウィークは書物を開いた。

フレイムが拒む理由——竜契の在り方にある。縛ることを、フレイムは拒んでいる。新たな竜契は、縛らない形でなければならない。


「縛らない竜契……」ウィークは静かに読んだ。


「縛らない?」ヴァルドが眉を上げた。

「竜契は——互いを縛ることで成立するものだ。竜が守護を誓い、王が住処を守ることを誓う。それが縛り合いだ」


「フレイムは——その縛り合いを、拒んでいる」ウィークは言った。

「なぜだと思うか」


ヴァルドは長い沈黙をした。

「……わからない。千年間、そうしてきたのに」


「千年間、そうしてきたから——では?」


ヴァルドが、ウィークを見た。


「どういう意味だ」


「千年間続けてきた在り方に、フレイムが疑問を持った。縛り合うことが本当に正しいのかと」

ウィークは静かに言った。

「書はそれ以上は示していない。しかし——フレイムに会えば、わかると思う」


「フレイムに会えれば——だ」ヴァルドは言った。

「三度拒まれた私では、もう難しい」


「私たちが——会いに行きます」ラベルは言った。


「お前たちが? 竜に拒まれれば、命はない」


「拒まれないかもしれない」ラベルは言った。

「ソナーレの音楽を、竜が好むなら——まず話を聞いてもらえるかもしれない」


ヴァルドはラベルを見た。

 長い間、見ていた。


「……賭けになるぞ」


「賭けでいい」ラベルは答えた。


四 ファーレンへ

 翌朝、一行はファーレンへ向かった。

 ヴァルド王も同行した。


「止めましたが、聞かなかった」ウィークがラベルに小声で言った。


「王が来てくれた方が、フレイムも話を聞きやすいかもしれない」ラベルは言った。


「……なるほど。その判断は正しいかもしれない」


 山脈の中腹へ続く道。整備されているが、勾配が急だ。息が切れる。


「ラベル」カイが隣を歩きながら言った。


「なに?」


「竜が怖いか?」


「怖い」ラベルは正直に言った。

「でも——ミザレで古老を起こした時より、怖くない気がする」


「なぜ?」


「ミザレは——何があるかわからなかった。今回は——フレイムに会いに行く、とわかってる。怖いけど、目的がはっきりしてる方が動けるな」


「そうか」カイは前を向いた。

「俺も同じだ。父さんのことを知って——何のために剣を振るのかが、はっきりした。明確な目的がある方が、動ける」


「カイは——水流剣第十七型を使ってみたか?」


「昨夜から練習している」カイは言った。

「まだ体に入りきっていない。しかし——父さんが設計した型だ。必ず体に入れる」


「俺が音楽を弾きながら練習の方がいいか?」


「……頼む」カイは短く言った。


「喜んで」


五 フレイムとの対峙

 山道を一時間登った先——岩場が開けた。

 そこに、フレイムがいた。

 大きかった。

 ラベルが想像していた「大きい」の三倍は大きかった。全長五十メートルを超える。鱗が深い金色で、目が——金色の瞳が、こちらを見ていた。


全員が、思わず足を止めた。


「……でかい」ドノヴァンが珍しく、率直に言った。


「ありがとう」セシルが静かに言った。


「なんで礼を言う?」


「でかい、という言葉が出てきたということは——見た目の迫力に飲み込まれていないということです。安心しました」


「……まあそうだな」


フレイムの金色の瞳が、一行を見回した。そして——ラベルで、止まった。


           グォォォォン——

 鼻腔から、低い音が出た。

 

ラベルは動かなかった。

(怒ってる? それとも——確認している?)


「ラベル、ノエルを出せ」ウィークが静かに言った。


「弾くの?」


「出すだけでいい。フレイムが認識するかどうかを見る」

ラベルはノエルを背中から降ろした。


フレイムの金色の瞳が——ノエルを見た。

          

             グォ……

 今度は低く、短い音。

(違う。さっきと違う))


「ウィーク」ラベルは小声で言った。

「今の音——変わった気がする」


「変わった」ウィークは全言語習得で分析しながら答えた。


「最初の音は——確認の音だ。お前たちが何者かを確かめていた。今の音は——」


「なんだ?」


「驚きだ」ウィークは静かに言った。

「フレイムがノエルを見て、驚いている」


「ノエルを知ってる?」


「千年前の記録に——ノエルの記憶があるのかもしれない。竜は記憶力が長い」


フレイムが体を起こした。

 地面が揺れた。全員が体勢を整えた。

 しかしフレイムは攻撃してこなかった。


 ただ——ラベルを見ていた。

(……音楽師……ソナーレの……)


「聞こえるか?」ウィークがラベルに聞いた。


「聞こえない。でも——なんか来てる気がする」


「竜語だ。私の全言語習得が、翻訳している。フレイムはお前を、ソナーレの音楽師と認識した」


「音楽師……」ラベルはその言葉を繰り返した。

(音楽師。王ではなく——音楽師と認識した)

(それって——いいことなのかな?)


「弾いていいか?」ラベルはウィークに聞いた。


「弾け」


六 竜への音楽

 ラベルはノエルを構えた。

 フレイムを前にして。千年生きた竜を前にして。

怖かった。


でも——弾かなければ、話が始まらない。

(竜が好む旋律——ヴァルド王が言っていた。ソナーレの音楽を、竜は好むと)

(好む旋律って——どんな旋律なんだろう)

(わからない。でも——今の俺が弾ける、一番誠実な音楽を出すしかない)


弦を鳴らした。


建国の楽曲「創音」の第一節から——静かに弾き始めた。


フレイムが——動いた。

 攻撃ではなかった。


 頭を下げた。巨大な頭が、ゆっくりと、地面に近づいていく。


「……伏せてる」カイが言った。


「敵意がない」ウィークは確認した。

「フレイムが——旋律を受け入れている」

ラベルは弾き続けた。


第一節が終わり、第二節へ。


フレイムの目が閉じた。

(眠った? いや——聴いている)

(竜が、目を閉じて音楽を聴いている)


第三節——カリンからもらった楽譜の旋律が流れた。


フレイムの鱗が——光を帯びた。金色の鱗が、旋律に合わせて輝く。


「フレイムが——光ってる」エラが息をのんだ。


「竜は音楽に共鳴する生き物だ」ウィークは静かに言った。

「竜の鱗が発光するのは——強い感情の表れだ」


「強い感情……」

第六節——今日のために補完した、霧精霊の旋律が流れた。


フレイムが——目を開いた。


           グォォォォォン——!


 大きな音が、山全体に響いた。


全員が身構えた。


しかしそれは——咆哮ではなかった。

(旋律に——応えた)

(竜が、音楽に応えた)


「鳴いた」ラベルは弾きながら言った。


「歌っている」ウィークは静かに言った。

「フレイムが——お前の音楽に合わせて、声を出している」


「竜が歌ってる……!」

フレイムの声が、ラベルの旋律に重なった。


人間の声でも、精霊の声でも、楽器の音でもない——しかし確かに、旋律があった。


カルテットが、その竜の声を聴きながら——静かに声を重ね始めた。


ラベルのノエル。フレイムの竜声。カルテットの四声。


三つが重なった時——山が震えた。


七 縛らない竜契

 音楽が収まった後、フレイムは静かにラベルを見ていた。

(……久しぶりだ……あの旋律が……)


「ウィーク、翻訳できるか?」ラベルが聞いた。


「している」ウィークは続けた。

「フレイムは——百年前のソナーレの音楽を、覚えていると言っている」


「フレイムも?」


「竜の記憶は長い。千年前の音楽も、覚えている」

(……ヴァルド……)

 フレイムが、ヴァルド王を見た。


ヴァルドが一歩、前に出た。

「フレイム——三年間、申し訳なかった。なぜ拒まれたのかが——今日、少しわかった気がする」

(……わかったか……)


「縛る竜契が——間違いだったのかもしれない」ヴァルドは言った。

「千年間、そうしてきた。しかし——お前が拒んだということは、それが正しくなかったということだ」

(……正しくないとは思わなかった……ただ……変えたかった……)


「変えたかった」ウィークが翻訳した。


「何を変えたかったんだ?」ヴァルドが問う。

(……約束の形を……縛り合うのではなく……選び合う形に……)


「選び合う……」ラベルが繰り返した。


「縛るのではなく——選ぶ」ウィークは静かに言った。

「竜が人間を守護することを選び、人間が竜の住処を守ることを選ぶ。お互いが、自分の意志で選ぶ形の竜契」


「縛らない竜契だ」カイが言った。


「縛ればその瞬間から、選択の自由が消える」ウィークは続けた。

「しかし——選び続けることは、消えない。每日選び直す。それが、フレイムの望む在り方だ」


ヴァルドは、長い間、フレイムを見ていた。

「……難しい在り方だ」ヴァルドは静かに言った。

「縛らなければ——お前がいつか、別の場所に行くかもしれない。守護をやめるかもしれない」

(……そうかもしれない……しかし……縛って守護しても……心がなければ……意味がない……)


「心のある守護——か」ヴァルドは言った。


(……そうだ……千年前の初代王は……竜に選択を与えた……私もその王を選んだ……だから千年続いた……しかし……代を重ねるうちに……縛りだけが残った……)


「千年前の形に——戻したいということか」

(……形ではない……精神を……)

ヴァルドは目を閉じた。


長い沈黙。

「わかった」ヴァルドは目を開けた。

「フレイム——新しい形で、誓いを結ぼう。縛らない。しかし——私はお前の住処を守ることを、毎日選び続ける。お前が守護することを選ぶ限り、私もそれに応え続ける」


フレイムが——頭を上げた。

               グォォォン。

        (……ヴァルドよ……お前も……成長したな……)


「成長した、と言っている」ウィークが翻訳した。


「三年かかったが」ヴァルドは苦く笑った。


(……ソナーレの者よ……)


 フレイムがラベルを見た。


(……お前の音楽が……私に気づかせた……感謝する……)


「俺の音楽が——フレイムに気づかせた?」

(……縛らない在り方……帝国は精霊を縛ろうとした……しかしお前の音楽は……縛らなかった……精霊に選ばせた……だから精霊が応えた……それを見て……私は……思い出した……)


「精霊に選ばせる——か」ラベルは呟いた。


(……ファーレンへ……入れてやろう……道を開く……)


八 ファーレンの攻略

 フレイムが道を開いた。

 山腹の岩壁が——フレイムの一声で動いた。巨大な石扉が、音もなく開く。


「ダンジョンの扉が……竜の声で開くのか」ドノヴァンが言った。


「フレイムがダンジョンの番人という意味が、これでわかった」ウィークは言った。

「フレイムが認めなければ、物理的に入れない構造になっている」


「帝国の部隊が突破できなかったわけだ」カイが言った。


「そうだ」


ファーレンの内部は——岩と炎の世界だった。


 溶岩が床を流れ、炎の精霊が無数に飛び交い、熱気が肌を刺す。しかし——ウハツラ峰の火精霊とは違う質の熱さだった。


「この熱さは——怒りじゃない」ラベルは感じた。


「そうだ」ウィークは言った。

「ファーレンの炎は、竜の熱だ。怒りではなく——命の熱だ」


「命の熱……」


「竜は体が熱い。その熱が、このダンジョンに染み込んでいる」


攻略は——これまでのダンジョンとは様相が違った。


 魔物との戦闘はあった。しかし精霊は——敵対しなかった。フレイムが道を開いたことで、ファーレンの精霊たちも、一行を敵とは見なさなかった。


「フレイムが通してくれている」ラベルは感じた。

「精霊たちに——俺たちを受け入れるよう、伝えてくれてる気がする」


「竜は精霊に近い存在だ」ウィークは言った。

「フレイムの意思が、精霊に伝わっている」


第十二層——ファーレンの最深部。

 そこに、帝国の採掘装置があった。


「ここにも……」ラベルは拳を握った。


「三年間、フレイムが守ってきた理由がこれだ」ウィークは言った。

「フレイムは——帝国の採掘装置の存在を知っていた。それを守るために、ダンジョンを閉じた」


「ヴァルド王が入れなかったのも——」


「装置を知ってほしくなかったからかもしれない。知らせれば、帝国に漏れる可能性があると判断したのかもしれない」ウィークは続けた。「しかし——縛らない竜契で結んだ今、フレイムはヴァルドを信頼した。だから道を開いた」


「信頼——か」ラベルは言った。


装置の破壊は、ドノヴァンが担った。

 精密な五指の展開が、帝国の採掘装置の核心を一点から崩壊させた。


ガガガン——!


装置が砕けた。


炎精霊が——解放された。


ラベルはノエルを構えた。


炎精霊への音楽——命の熱に合わせた旋律を。


カルテットが声を重ねた。


解放された炎精霊たちが、ラベルの旋律に応えた。

カタログ化完了——炎精霊・竜種共存型。


「珍しい個体だ」ウィークは書物を見た。

「竜と共存したことで、通常の炎精霊とは異なる性質を持つようになっている。これは——貴重なカタログだ」


九 フレイムの竜歌

 ファーレンを出た時、フレイムが待っていた。

(……終わったか……)


「終わりました」ラベルは言った。


(……装置が消えた……感じる……よかった……)


「三年間——守ってくれていたんですね」ラベルは言った。


(……守った……しかし……一人では限界があった……お前たちが来てくれてよかった……)


「フレイム」ラベルは言った。「一つ、お願いしていいですか?」


(……なんだ……)


「竜が歌う声——もう一度、聴かせてもらえますか?」


フレイムが——ラベルを見た。


それから、空に向かって——声を上げた。


            グォォォォォォン——

 ただの咆哮ではなかった。

 

旋律があった。竜の歌だった。


ラベルはノエルで、それに応えた。


カルテットが声を重ねた。


ファフニールの山脈が——音楽で満ちた。


街の方から——人々の声が聞こえてきた。


ドラケンの街の人々が、広場に集まって、竜の歌を聴いていた。


子供たちが、指を差しながら笑っていた。


老人たちが、目を閉じていた。


「三年ぶりの竜の歌だ」ヴァルドが静かに言った。

「三年間——この街の人々は、この音楽を待っていた」


「フレイムが歌わなくなってたの?」ラベルが聞いた。


「竜が歌う時は——心が平和な時だ」ヴァルドは言った。

「三年間、フレイムの心に平和がなかった。だから歌わなかった」


「縛られていたから——」


「そうだ。縛りが、歌を奪っていた」

フレイムの歌が、続いていた。


ラベルは——弾き続けた。

(これが——音楽と竜が共鳴する瞬間か)

(師匠が言ってた。縛らない在り方——精霊に選ばせる在り方。それがソナーレの本質だ)


(フレイムも——縛られないことで、歌えるようになった)


十 ヴァルド王の謝罪と承認

 翌日、ヴァルド王への報告の場で——ヴァルドはラベルに深く頭を下げた。

「昨日、フレイムと話して——わかったことがある」


「なんでしょう?」


「三年間、私はフレイムを理解しようとしていなかった」ヴァルドは言った。

「拒まれた理由を、感情ではなく理屈で考えていた。しかし——フレイムが求めていたのは、理屈ではなく、在り方だった」


「在り方を——変える決断は、難しかったでしょう」


「千年続いてきた形を変えることは、恐ろしかった」ヴァルドは言った。

「しかし——お前の音楽を聴いて、フレイムが歌ったのを見て、わかった。音楽は縛らない。精霊に選ばせる。その在り方が——フレイムが求めていたものだった」


「俺は——ただ弾いただけです」


「それが——大事なことだ」ヴァルドは言った。

「ただ弾いた。見返りを求めず、縛らず、ただ音楽を届けた。それがフレイムの心を動かした」


ヴァルドは立ち上がった。

「ラベル・ソナーレ——ファフニール王国として、創音王国を正式に承認する。そして——」


ヴァルドは窓の外を見た。

 外を——フレイムが飛んでいた。

 三年ぶりに、自由に。


「フレイムが言っていた。創音王国の戦いを——空から支えると」


「フレイムが?」ラベルが驚いた。


「縛らない形での支援だ」ヴァルドは言った。

「命令ではなく、フレイムが選んで、支えてくれる」


「ありがとうございます。フレイムに伝えてください」ラベルは言った。

「俺も——フレイムの歌を、また聴きたいと」


「伝える」ヴァルドは微かに笑った。

「竜に、音楽家が礼を言うなど——千年の記録にも残っていないだろうが」


「新しい記録ですね」ラベルは言った。


書物が、光を放った。

第四の試練、クリア。ファフニール王国、創音王国の承認。


十一 夜の野営地

 ファフニールを出た夜。

焚き火を囲んで、全員が座っていた。


「四つ終わった」ラベルは空を見た。

「残り三つ」


「ソラス、ラエール、シルベルト」ウィークは書物を確認した。


「次のソラスには——母さんがいる」ラベルは静かに言った。


「そうだ」


「会える?」


「会えるはずだ」ウィークは言った。

「書が示している——ソラスのダンジョン内に、ルーナがいる」


「生きていた……」ラベルの目が、熱くなった。


「生きている」

カイが静かに言った。


「俺の父は——まだわからない。しかしラベルの母は見つかる。それだけでいい」


「カイ……」


「俺の父は——ハフト・ハーンが終わった後に探す。ウィークが約束してくれた。それを信じる」カイは淡々と言った。

「今は——残りの三つを越えることだ」


「カイが俺を励ましてる」ラベルは少し笑った。


「励ましていない。順序の話をしている」


「順序で励ましてる」


「……うるさい」


ドノヴァンが笑った。


「フレイムの竜声——あれは圧巻だったな」ドノヴァンは言った。

「俺の精霊たちも、あれには驚いていた」


「竜と精霊は——近い存在と言ってたな、師匠は」ラベルが言った。


「そうだ」ウィークは言った。


「じゃあ——最終的に、竜もセレスティアル・フィルに加わるかもしれない」ラベルは言った。

「フレイムの歌が、楽団に入ったら——すごいことになりそうだ」


「セレスティアル・フィル——世界楽団」セシルが静かに言った。

「いつかそれが実現する日が来るんでしょうか」


「俺は——来ると思う」ラベルは言った。

「フレイムも、精霊たちも、レゾナントたちも——全員が一緒に音楽を奏でる日が。それが創音王国の目指す世界だから」


ウィークは書物に目を落とした。


未来予見パッシブが——何かを映した。

(……セレスティアル・フィル……最終決戦の前夜に……全員が集まる……その日は——必ず来る……)


「師匠、何が見えた?」ラベルが聞いた。


「未来予見だ」


「何が?」


「……来ると思う、という言葉が——正しい」ウィークは静かに言った。


「それだけ?」


「それだけで——十分だろう」

ラベルは笑った。


空を見た。


ファフニールの山脈の向こうに、フレイムの影が飛んでいた。


月明かりを受けて、金色の鱗が光っていた。

(縛らない。選ぶ。それが——在り方だ)

(俺も——音楽でそれをやり続ける)


ノエルを一度、鳴らした。


遠くから——竜の声が、微かに応えた。


第14話 了


次話予告

 第15話「第五の試練——A級ダンジョン「ソーン」と、母の影」

 ソラス王国——光と影の均衡の国。

 エイランが待っていた。

 「ルーナを、ずっと匿っていました」

 A級ダンジョン「ソーン」の深部に——ルーナがいる。

 五年間、帝国から逃げ続けた母と、

 ラベルがついに再会する。

 その時——ラベルの音楽は、どう変わるのか。

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