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第12話 第二の試練——A級ダンジョン「レノス」と、帝国の刃

幕間 道中の練習

 アルメアを出て、二日。

 ラベルは楽譜と格闘していた。

 第三節——カリンからもらった楽譜の最初の部分。音符の配置を目で追い、ノエルで確かめ、また楽譜に戻る。その繰り返し。

「難しい……」

「どこが?」セシルが隣に座って覗き込んだ。

「ここの転調」ラベルは楽譜の一点を指した。

「急に音域が変わるのに、旋律が途切れちゃいけない。どうやって繋ぐのかが——」

「ここは声で言うと、地声から裏声に移る感覚に似ています」セシルは言った。

「弦で言えば——」

「移弦だな」ロクが低音で言った。

「一拍前から次の弦に触れておく。そうすれば音が途切れない」

「一拍前から?」

「やってみろ」

ラベルはやってみた。


最初は失敗した。二度目も失敗した。


三度目——繋がった。

「——できた!」

「そうだ」ロクは短く言った。

「どうしてわかったんだ?」ラベルはロクに聞いた。ロクは普段あまり話さない。

「低音は——繋ぎが命だ。途切れた低音は、全体を壊す」ロクは言った。

「だから繋ぎ方には、一番うるさい」

「ロクさんが一番うるさい、か」エラが笑った。

「うるさくない」ロクは静かに言った。

「厳格なだけだ」

「同じことだよ」エラが続ける。

「違う」

ティアが静かに言った。

「ロクの厳格さが、私たちの声の土台になっている。うるさいのとは、違う」

ロクは何も言わなかった。しかし——その耳が、少し赤くなっていた。

「ティア、たまにそういうこと言うよな」エラが笑った。

「……事実だから」

ラベルはその会話を聞きながら、もう一度第三節を弾いた。


繋がった。今度は、一度で。

(少しずつ、体に入ってきてる)


一 レプラカン王国

 レプラカン王国の国境に着いたのは、三日目の昼過ぎだった。

 国境の門番の制服が——アルメアと違った。

ラベルが違和感を感じた理由が、すぐわかった。


「……帝国の紋章が、入ってる」ラベルは低い声でウィークに言った。


「見えている」ウィークは静かに答えた。

「レプラカンは帝国との合同国境管理を採用している。帝国の兵士が、レプラカンの国境を管理する権限を持っている」


「それって——もう、ほぼ帝国の支配下じゃないか」カイが言った。


「実態はそれに近い」ウィークは続けた。「ただし——ガルヴィス王は、完全な服従はしていない。綱渡りをしている状態だ」


「通行許可を取れるか?」ドノヴァンが問う。


「取れる」ウィークは書物を取り出した。

「コメット辺境伯の書状と——新たにアルメアのカリン女王の書状も、今回から加わった。二つあれば、帝国も無視できない」


ウィークが門番に二つの書状を示した。


帝国の兵士が、書状を確認した。その目が、鋭くなった。

「……創音王国? 初めて聞く国名だが」


「アルメア王国が承認した国家だ」ウィークは淡々と言った。

「通行を拒否する理由があるなら、アルメアとの外交問題になるが」

兵士が隣の上官と耳打ちした。


しばらくして——

「通れ。ただし——目的地と用件を申告しろ」


「ガルヴィス王への謁見。用件は、外交的な訪問だ」


「……通れ」

キャラバンが、動き出した。

________________________________________

二 レプラカンの街

 国境を越えると、雰囲気が変わった。

街道が整備されている。商人が多い。荷物を積んだ馬車が行き来し、活気がある。しかし——その活気の中に、どこか息苦しさがあった。


「帝国の旗が多い」カイが言った。


「街の三十パーセントほどの建物に、帝国の旗が掲げられている」ウィークが義眼で確認しながら言った。

「商業施設の多くが、帝国の資本に買収されている」


「住んでいる人たちは、それでいいと思ってるの?」ラベルが聞いた。


「複雑だ」ウィークは言った。

「帝国の資本が入ることで、街は豊かになった。商売が繁盛し、生活水準が上がった面もある。しかし——その代わりに、主権が少しずつ削られている。豊かさと引き換えに、自由を失っている」


「それって——豊かなのか、貧しいのか」


「判断は難しい。しかし——精霊が苦しんでいることは、判断できる」ウィークは言った。

「精霊石採掘が、この地でも行われているはずだ」


街の中を進みながら、ラベルはノエルを感じた。

(精霊の気配が——少ない。いないわけじゃないけど、ブランガやザザントとは比べ物にならないくらい少ない)


(精霊が苦しんでいる、というより——精霊が逃げている感じだ)

________________________________________

三 ガルヴィス王

 レプラカンの王宮は、商業都市らしく、実用的な造りをしていた。

 装飾よりも機能性。広さよりも効率。そういう印象の建物だった。


謁見室に入ると——ガルヴィス王が待っていた。


年齢は六十前後。小柄だが目が鋭く、落ち着いた物腰の中に、商人のような計算高さが見えた。しかし——その目の奥に、何か疲れたものが宿っていた。


「創音王国から、か」ガルヴィスは一行を見回した。その目がラベルで止まった。

「……ソナーレの血、か。本当に戻ってきたんだな」


「はい」ラベルは答えた。「ラベル・ソナーレです」


「アルメアから連絡が来ていた。第一の試練をクリアしたと」ガルヴィスは少し間を置いた。

「率直に言う。私は今、難しい立場にいる」


「聞かせてください」


「帝国から圧力がかかっている」ガルヴィスは続けた。

「創音王国なる新興国家を認めるな、と。認めれば、レプラカンへの経済的支援を止めると言ってきた」


「帝国が直接、圧力を?」ウィークが確認した。


「三日前に使者が来た。お前たちが来ることを、帝国は知っていたようだ」

(帝国の情報網が——動いている。アルダが言っていた通りだ)


「ガルヴィス王」ラベルは言った。

「正直に聞きます。王は——どちらを選びたいですか?」


ガルヴィスは、ラベルを見た。その目が、少し変わった。

「選びたい、という話をするなら」ガルヴィスは静かに言った。

「私は——帝国ではない方を選びたい」


「理由は?」


「精霊だ」ガルヴィスは言った。

「私の国の精霊が、帝国の採掘によって年々減っている。最初は経済的な利益があると思っていた。しかし——精霊が減れば、農地の豊かさが失われる。海の恵みが減る。長期的には、この国が滅ぶ」


「帝国はそれをわかって採掘しているのか?」カイが言った。


「わかっているかもしれないし、わかっていないかもしれない」ガルヴィスは苦い顔をした。

「しかしどちらにせよ——私の国が滅ぶ未来は、私には受け入れられない」


「では——試練を課してください」ラベルは言った。

「第二の試練を。俺がそれを越えれば、帝国への恐れより、創音王国への信頼の方が大きくなる」


「威勢がいいな、若者は」ガルヴィスは少し笑った。

「しかし——問題がある。レノスは既に帝国の管理下にある。攻略しようとすれば、帝国と直接衝突することになる」


「避けるつもりはありません」ラベルは言った。


「ふむ」ガルヴィスはしばらくラベルを見ていた。

「……わかった。試練を承認する。しかし一つだけ条件がある」


「なんですか?」


「帝国の駐留部隊を、無力化してくれ。殺すな——ただし、動けなくしてくれ。それがレプラカンへの帝国の影響力を、一時的に削ぐことになる。その隙に、私が国内の親帝国派を説得する」


「承知しました」ウィークが即答した。

________________________________________

四 レノスの構造

 ガルヴィス王との会談の後、ウィークが全員に状況を説明した。


「レノスは——海底洞窟系のA級ダンジョンだ。地下に海水が入り込んでいる複合構造で、水精霊と海流精霊が中心になっている」


「ブランガやザザントとは違うのか?」ラベルが聞く。


「規模が違う。A級は、B級の比ではない」ウィークは続けた。

「そして帝国が既に第一層から第三層を管理下に置いている。彼らの部隊を突破した上で、さらに深部の精霊石採掘装置を壊し、精霊を安定させる必要がある」


「帝国の部隊は何人いる?」ドノヴァンが問う。


「ガルヴィス王の情報によれば——精鋭が五十人。さらに音殺しの呪奏者が五人いる」


「音殺しの呪奏者?」ラベルが聞いた。「何それ?」


「音楽を沈黙に変える呪術の使い手だ」ウィークは静かに言った。

「ラベルの音系創造魔法への、帝国の対策だ。彼らがいる限り、ラベルの音楽が精霊に届きにくくなる」


「それは——厄介だ」カイが言った。


「まず音殺しの呪奏者を排除する。それが最優先だ」


「どうやって?」ドノヴァンが問う。


「私が対処する」ウィークは言った。

「デッドロック・フラッシュが最も有効だ。呪奏者は魔術を使うが——物理的な接続を断ち切れば、呪術は機能しなくなる」


「五人同時に?」


「場所によっては、分散している可能性がある。その場合は順番に対処する」


「ラベルは?」カイが確認した。


「呪奏者が無力化されるまで、ノエルを温存する」ウィークは言った。

「その間、精霊が攻撃的に動く可能性がある。カルテットのボイスプレイで対応できるか?」


「試みます」セシルが頷いた。

「ただし——完全な対応は難しいかもしれません。音系の干渉がある状態では、ボイスプレイの効果も落ちます」


「わかった。そこはカイとドノヴァンで物理的に対処する」


「了解」カイが短く答えた。


「承知」ドノヴァンが続く。

________________________________________

五 レノスへ

 翌朝、一行はレノスへ向かった。

 海岸線に沿って進む道。潮の匂いが強くなり、海鳥の声が遠くから届いてくる。


「ラベル」

カイが隣に並んで歩きながら言った。


「なに?」


「今回は——俺が前衛に出ることが多くなる。お前を守りながら、だと動きが制限される」


「俺が足手まといになる、ということ?」


「そういう意味じゃない」カイは静かに言った。

「俺が動きやすい配置を作ってくれ。お前がいる位置によって、俺が守るべき方向が変わる」


「俺の動き方が、カイの動き方に影響するのか」ラベルは考えた。

「どこにいれば一番いい?」


「ドノヴァンの後ろ」カイは即座に答えた。

「ドノヴァンの五指は広範囲をカバーできる。その後ろにいれば、俺は前と側面だけを意識すればいい」


「わかった。ドノヴァンさんの後ろにいる」


「それから——音楽を使う時は必ず声をかけろ。俺が周囲を固める」


「なんで?」


「お前が音楽に集中している時、外部への注意が落ちる」カイは言った。

「覚醒が浅い今は特に。その間、俺が守る」


ラベルはカイを見た。

(こんなに細かく考えてくれてたのか)


「……ありがとう」


「礼はいい」カイは前を向いた。

「俺が守る間、お前は思い切り弾け。遠慮したら意味がない」


「わかった。遠慮しない」


「その返事でいい」

________________________________________

六 第一層:帝国との衝突

 レノスの入口——海岸線の岩壁に、大きな裂け目があった。そこから海水が引いていく音がする。潮が引いた時間帯に入ることができる構造だ。


入口に——帝国の見張りが二人いた。

「止まれ。ここは帝国の管理区域だ」


「知っている」ウィークは外套を払った。

「しかし通らせてもらう」


「拒否する。武力を——」


ドノヴァンの小指が、軽く動いた。


土精霊の召喚が走り、二人の足元が揺れた。


ズン。


「——眠れ」ウィークが静かに言った。スキルβ崩壊の最小出力が、二人の意識に触れた。

二人が、音もなく崩れ落ちた。


「殺していないか?」カリンの時のように、ラベルが確認した。


「眠っているだけだ。一時間後に目が覚める」


「よし」

一行は入口を通り抜けた。

________________________________________

 第一層から第三層は——帝国の兵士で溢れていた。


しかし今回の帝国の布陣は、前回よりはるかに組織的だった。魔術式の盾を展開した前衛。後方には支援呪術師。そして——五人の音殺し呪奏者が、等間隔に配置されていた。


「音殺しの効果が来る」セシルが声を落とした。

「声が——詰まる感じがします」


「俺のノエルも」ラベルはノエルの弦に触れた。

「光が、薄くなってる」


「予想通りだ」ウィークは冷静に言った。

「作戦通り——私が呪奏者を優先的に無力化する。ドノヴァン、前衛の足止めを」


「任せろ」


五指同時展開。

炎、雷、風、重力、土精霊——五種の紋様が空中に走った。


帝国の前衛が、動きを制限される。魔術式の盾がいくつか崩れる。


その隙間を縫って——ウィークが動いた。


人間の速度を超えた機動。サン・アポロニウスの機動性が、帝国の陣形の間を通り抜ける。


一人目の音殺し呪奏者が気づいた時には——デッドロック・フラッシュの超微細装置が、既に全身に貼り付いていた。


フラッシュ。


一人目が倒れた。


二人目——ウィークがすでに次の位置に移動していた。


三人目、四人目——


五人目が、慌てて呪術を強化した。


「お前を——最も強い音殺しで!」

音の殺傷波動が、ウィークに向かって放たれた。


ウィークは外装でそれを受けた。音楽的な効果は、機械の外装には通じない。

「私には——音楽の素養がない」ウィークは静かに言った。

「だから音殺しも、効かない」

五人目が崩れ落ちた。

________________________________________

七 解放された旋律

「呪奏者——全員無力化!」ウィークが叫んだ。


「今だ! ラベル!」カイが叫んだ。


ラベルはノエルを構えた。


音殺しの効果が消えた瞬間——ノエルの光が戻ってきた。弦が輝く。精霊の気配が、一気に近づいてきた。

「セシルさん!」


「はい!」

カルテットの四声が、全力で重なった。


ラベルのノエルが、その声に応えた。


旋律が——解き放たれた。


今まで抑えられていた分が、一気に溢れ出すように。音楽が、ダンジョンの空間全体を満たした。


精霊たちが——応えた。


苦しんでいた精霊たちが、ラベルの音楽に引き寄せられた。攻撃的だった精霊が、旋律を受け取って動きを止めた。


帝国の兵士たちが、音楽の中で動揺した。精霊を利用して戦っていた者たちが——精霊がラベルに従い始めたことで、力を失い始めた。


「精霊が——敵に向いてる!?」帝国の指揮官が叫んだ。


「向いてない」カイが静かに言いながら剣を振った。「精霊は——苦しみから解放されて、感謝しているだけだ」


水流剣が、指揮官の剣を弾いた。


戦闘が、決定的に傾いた。

________________________________________

八 深部の採掘装置

 帝国の部隊を無力化した後、一行は深部へと進んだ。

 第六層、第七層——A級の深部は、B級の最深部よりさらに広く、複雑だった。


「精霊の苦痛が、ドランより強い」ラベルは言った。

「ここの方が——長期間採掘されていたのかもしれない」


「記録によれば五年以上だ」ウィークが確認した。

「ドランの三年より長い」


「五年……」ラベルは唇を結んだ。


第八層——最深部に、採掘装置が二基設置されていた。


 ドランより大型だ。そして——複数の精霊が、同時に縛り付けられていた。


「複数いる」セシルが言った。

「同時に安定させることは——」


「一体ずつでいい」ラベルは言った。

「時間がかかっても、一体ずつ丁寧に」


「しかし帝国の増援が来るかもしれない」カイが言った。


「カイに任せる。俺は精霊に集中する」


「わかった」

________________________________________

 ラベルは最初の精霊の前に立った。


ドランの核心精霊より小さいが——怒りと苦痛の密度が、高い。長期間苦しめられてきたからだ。

(怒っているのは当然だ)

(五年間も、苦しめられてきた)


ラベルは弦を鳴らした。


怒っている精霊に、怒りを鎮める音楽を弾こうとした。


しかし——届かなかった。


精霊が、攻撃的に反応した。ラベルに向かって、光の槍が飛んできた。


「ラベル!」カイが飛び込んで、剣で弾いた。


「大丈夫!」ラベルは体勢を立て直した。

(駄目だ。落ち着かせようとしている音楽が、精霊には——押しつけに聞こえてる)

(テレーズが言ってた。誠実な音楽——感情をそのまま出せ)

(今の俺の感情は——怒りだ。帝国に対する怒り。精霊を五年間苦しめてきたことへの怒り)

(精霊の怒りと、俺の怒りは——同じ方向を向いている)


ラベルは目を閉じた。


怒りのまま——弦を鳴らした。


激しい旋律ではない。しかし——熱い旋律だった。

(お前の怒りは、正しい。帝国がやったことは、間違いだった)

(俺も怒っている。一緒に怒っている)

(だから——俺を、信じてくれないか)


精霊が——動きを止めた。


攻撃が来なくなった。


その大きな目が、ラベルを見ていた。


ゆっくりと——光の強さが変わった。怒りの光から、何か別の光へ。

(共感した——)

(怒りを否定しなかったから)


ドノヴァンが装置に向かった。

「今か?」


「今!」ラベルが答えた。


五指が動いた。精密な魔術が、装置の核心を貫いた。


ガガガガン——!!


装置が砕けた。


精霊が——解放された。

________________________________________

九 二体目の精霊

 一体目の精霊が安定した後、二体目の精霊の前に立った。

こちらは——絶望的だった。


怒りではなく、諦めの光をしていた。五年間苦しめられ続けて、もはや解放を望むことすら諦めたような——そういう光だった。

(辛い……)

(絶望した精霊——どんな音楽が届く?)


ラベルは考えた。

(怒りには、共感できた。でも——絶望には?)

(俺は絶望したことがあるか?)

(——ある)

(廃村に一人でいた時。記憶が切れた時。何もなかった時)

(あの時の俺は、絶望していたのかもしれない)


ラベルは目を閉じた。


あの頃の感覚を——思い出した。


何もない。音楽もない。仲間もない。師匠もない。名前だけがある——そういう時間。


その感覚のまま——弦を鳴らした。


静かな旋律だった。


怒りもない。喜びもない。ただ——在る、という旋律。

(俺も、同じだった。でも——今は違う)

(一人じゃなくなった。音楽がある。精霊が応えてくれる)

(だから——もう少しだけ、待ってくれ)


精霊の光が——揺れた。


絶望の光が、少しだけ変わった。


カルテットが声を重ねた。四つの声が、ラベルの旋律に寄り添った。怒りでも喜びでもなく——ただそこにある、という声が。


精霊が——応えた。


光が、温かくなった。


「——今!」

ドノヴァンの五指が動いた。二基目の装置が、砕けた。


二体目の精霊が、解放された。

精霊石採掘装置、全基破壊完了。

________________________________________

十 レノスを出た後

 ダンジョンを出た時、夜になっていた。

全員が疲れ果てていた。


しかし——ラベルは、今日の戦いで何かが変わった感覚があった。

(怒りの精霊にも、絶望の精霊にも——音楽が届いた)

(感情を押しつけるのではなく、共感することで)

(テレーズが教えてくれたことの意味が——今日、少しだけ深くわかった気がする)


「ラベル」ウィークが言った。


「うん?」


「今日——二体目の精霊への音楽が変わった。何をした?」


「自分の絶望を——思い出した」ラベルは答えた。

「廃村にいた頃の。共感しようとして」


「なるほど」


「だめだった?」


「そうではない」ウィークは静かに言った。

「精霊への対処の選択肢が、増えた。それは成長だ」


「師匠が成長って言った」ドノヴァンが後ろから言った。


「珍しい」カイが続けた。


「事実を言っただけだ」ウィークは言った。


「師匠はいつも事実を言う」ラベルは笑った。

「でも——今日は、ありがとうって素直に受け取る」


書物が、光を放った。


第二の試練、クリア。レプラカン王国、創音王国の承認。


「二つ目」ラベルは空を見た。

「残り五つ」


「ガルヴィス王が喜ぶだろうな」ドノヴァンが言った。


「帝国の部隊を無力化したことで——国内の力関係が変わる」ウィークは言った。

「ガルヴィス王が動ける余地ができた」


「俺たちが戦うことで——帝国の影響力が下がるのか」ラベルは静かに言った。


「そうだ」ウィークは続けた。

「武力だけではない。しかし——時に、武力が必要な場面がある。今日がそれだった」


「師匠は——武力より音楽の方が、強いと思ってる?」ラベルが問うた。


「どちらが強いか、ではない」ウィークは答えた。「どちらが必要か、だ。今日は両方必要だった」


「そうだな」ラベルは頷いた。

________________________________________

十一 ガルヴィス王への報告

 翌日、ガルヴィス王への報告を行った。


ガルヴィス王は、報告を聞き終えた後——長い沈黙をした。


「帝国の部隊を五十人、無力化したか」


「殺していません。全員、眠らせただけです」ウィークが答えた。


「それが——より効果的だ」ガルヴィス王は頷いた。

「死者が出れば帝国に口実を与える。無力化だけなら、帝国も強く出にくい」


「そのように判断しました」


「……賢い」ガルヴィス王はウィークを見た。

「そして——精霊が解放されたことで、この国の農地と漁場の精霊密度が回復し始めている。既に農民から報告が来ている」


「早い回復だ」ウィークが言った。


「精霊が本来の場所に戻れば、すぐに効果が出る」ガルヴィス王は立ち上がった。

「ラベル・ソナーレ——創音王国を、レプラカン王国として正式に承認する。そして——帝国との取引を見直す交渉を、私が始める」


「危険ではないですか?」ラベルが聞いた。


「危険だ。しかし——精霊が消えた先に、この国の未来はない」ガルヴィス王は静かに言った。

「お前たちが身をもって示してくれた。精霊を守ることが、国を守ることだと」


「ありがとうございます」


「礼はこちらが言う」ガルヴィス王は手を差し出した。

「これからも——頼む」


ラベルはその手を、握り返した。


「はい。必ず」

________________________________________

十二 旅の夜に

 レプラカンを出た夜。


野営地の焚き火の前で、ラベルは今日の戦いを反芻していた。

(怒りの精霊。絶望の精霊。二体とも——共感することで、届いた)

(精霊の感情と、俺の感情が——同じだった)


「ラベル」エラが声をかけた。


「うん?」


「今日の音楽——前と変わった気がした」


「何が変わった?」


「以前は——精霊を落ち着かせようとしていた。今日は——精霊と一緒にいた」エラは少し考えながら言った。

「落ち着かせようとするのは、どこか上からの視線がある。一緒にいるのは——対等だ」


「対等……」ラベルはその言葉を繰り返した。


「精霊は——見下ろされることが嫌いだと思う」ティアが静かに言った。

「精霊は人間と対等だと、自分で思っている。だから——対等に来た者を、受け入れる」


「帝国が精霊を資源として扱うのは——見下しているからだ」カイが言った。


「そうだな」ラベルは頷いた。

「精霊と対等に在る——それが、ソナーレの在り方だったんだ」


「百年前から、そうだったんだろう」ドノヴァンが言った。

「だから帝国が怖かった。自分たちが精霊を支配しているはずなのに、ソナーレは精霊と対等に在っていた。その違いが、帝国には理解できなかったんだろう」


「理解できないものは——消そうとする」ウィークが静かに言った。

「帝国がソナーレを消したのは、力の差ではなく——在り方の差が、怖かったからかもしれない」

(在り方の差)

(精霊を支配する在り方と、精霊と対等に在る在り方)

(俺は——後者でいたい)


「師匠」ラベルは言った。


「なんだ」


「俺の音楽が——精霊と対等でいられているうちは、続けられると思う」


「どういう意味だ?」


「精霊を利用しようとした瞬間に——音楽が嘘になる気がする」ラベルは言った。

「テレーズさんが言ってた、誠実な音楽と不誠実な音楽。精霊に対して誠実でいることが——音楽を本物のままにする条件だと思う」


「……そうだな」ウィークは静かに言った。


「その考えを——忘れるな」


「忘れない」

ラベルはノエルを一度鳴らした。


旋律が、夜の空気に広がった。


遠くから——レノスで解放された精霊たちが、応えた。


その光が、海の上を走って——夜空に消えた。

(残り五つ。一つずつだ)

________________________________________

第12話 了


次話予告

 第13話「第三の試練——A級ダンジョン「ミザレ」と、霧の記録」

 ミミール王国——霧の国。  七百年の記録を保管する老王エルドゥが待っていた。


 「ソナーレの記録も、ここに残っている」  

 

A級ダンジョン「ミザレ」は霧に覆われた迷宮。  そこに眠る霧精霊は——記憶を持つ精霊だった。  そしてカイは、ミミール王国の記録の中に——  父の名前を見つけた。


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